帰郷 早朝の冬空には真っ白く光る雲がいくつか浮かんでいた。
人を詰め込んだ新幹線がトンネルに入る。途中駅で乗り込んできた家族連れの頭の上からひとつ飛び出す、白っぽい髪の毛を生やした顔が窓に映り込み思わず目を逸らした。車内はデッキまで、大量の荷物を持った客でごった返している。
駅に行く道すがら取った自由席のチケットをコートのポケットに突っ込み、あとはひとつの財布しか持っていない大男はある意味で目立っていたかもしれない。
着の身着のままで来た、と言うと自分がまるで大慌てでここまで来たようで抵抗がある。実際、猶予は数日もあったのだ。
しかし、よく考えてみればマフラーくらいは持ってきてもよかっただろう。自分の腰あたりに頭のある子供のふくふくに膨れたダウンジャケットを見ながら、ぼんやりとそう思った。
大晦日である今日の夜から正月にかけての予定は埋まっていて、今年の株式市場は昨日の夕方に幕を閉じた。ルーレットで決めた関西風の雑煮の準備はできており、あとは友人らが尋ねてきた時に温めて餅を入れてやるだけだ。奴らの半数はお節料理など食べないので、ある程度の量を作って残りは雑用係に持って帰らせた。雑煮だけでは飽きるからと、餅につけるあんこや黄粉の準備もできている。
今夜までに、自宅に帰りつくことが出来れば良いのだ。
『年の瀬に失礼いたします。わたくし◯◯県△△警察署の者ですが——』
税金対策として一応法人化してあるだけの自宅の電話は、専ら勧誘の窓口として使われるのがほとんどだ。聞き飽きたそれと違い、クリスマスも終わり年末が足早に近付いてくる最中、見覚えのない市外局番からの電話に出たのはおそらくそれが違和感そのものであったからだろう。
正直に言って、その言葉を聞いた時に最初に思いついたのは自身の決して明るくはない過去の罪についてだった。大きな事件を起こしたことはなく、名前が長く残るような真似をした覚えはないが、ここに来るまでに関わった世界も、人も、清廉潔白には程遠い。
それは今も同じことだが。
「……人違いでは?」
『あー、すみません、あなたのお名前は獅子神敬一さんでお間違いないです?』
「そうですが……」
滑舌が悪いのか、面倒くさがっているのか、相手の言葉はどうにも聞き取りづらい。
『でしたら合っています。実はですね、今回お電話さしあげたのは、先月の二十三日に発見された身元不明者についての照会でして——』
そこは覚えている限り、縁もゆかりもない土地だった。東京よりは寒いのだろう。雪が降っているかも知れない。山の中で、薄着でいたのならさらに——。
ふわふわとした「北国」のイメージが頭の中で浮かんでは消える。
『こちらまでいらしていただく必要はないんですが、その場合年明けに書類を郵送いたしますので……』
「行きます」
『大丈夫です?』
「そちらは年末年始もやってるんですか?」
『いやぁ、さすがに二十九から三が日はお休みをいただいてますよ』
「そうですか……」
『……まぁ一応、緊急用として窓口は開いてますんで……』
あからさまに面倒くさそうな反応をよこしながら、電話の向こうの警察官は窓口を教えてくれた。最寄りの駅からは車で三十分程度はかかりそうな所にある、古そうな建物だった。駅前はそこまで栄えている訳でもなく、レンタカーはない。代わりにタクシー乗り場がありそうだ。
「なら、すみませんが、年末のうちに伺います」
『はいはい、お名前言ってくだされば、通るようにしておきますので』
言葉が聞き取りづらかったのは、相手が懸命に「東京のことば」を話していたからだと気付いたのは、電話を切って一時間程度が経った後だった。
長いトンネルだった。腰のあたりにいる子供が「耳が痛い」とぐずり始めている。ぼんやりと頭の中にある「北の方」のイメージが真っ暗に置き換えられていく。
その時、ポケットの中のスマートフォンが数度震えた。メッセージの受信だった。手慰みにそれを開くと、相手は少し予想外の男だった。
『不在なのか』
時刻はまだ午前七時を回ったところで、昨日から続けて仕事だと言っていた彼は、いつもであればまだ職場にいるはずの時間だ。
『あれ、うち来てんのか?』
『仕事が早く終わった』
『悪いけど不在だから一旦家帰ってくれ』
これはタイミングが悪い。当直明けの疲れた顔を引っ提げて、たとえば寝落ちによる今日の集まりへの遅刻を恐れて、自宅ではなくわざわざうちの方向に来たのだとすれば哀れそのものだ。先に言ってくれれば、というのも本音のところだが。
『どこにいる?迎えに行く』
『なんでおれが車じゃねえって分かんの』
『門扉の霜だけが取れている』
『なるほど』
さすがの観察眼と推理力。拍手のスタンプを送ると、返事は数秒だけ止まった。
『どこにいる?』
録音かよ。
簡単に誤魔化されてくれるとは思っていないが、相変わらずの様子に胸中で笑う。
ここはどこなのだろう。外は相変わらず真っ暗で、次の停車駅まで何分かかるのかも分からない。車内はぎちぎちで、電光掲示板を見に行く余裕などない。
窓を眺めてもそこには陰鬱そうな顔をした男が一人いるだけだった。
『夜には帰る』
『どこにいる?』
オレ、どこにいるんだろうな。
スマートフォンが震えた。見覚えのある名前が画面に表示されている。
その画面をただ眺めていると、振動は数回で止まった。代わりにすぐにメッセージが送られてくる。
『電話に出られる状況になったら出ろ』
『マジで大丈夫だから』
『こちらはいつでも電話に出られるようにしておく』
『はよ帰って寝ろ』
どうにも今日は心配性の日なのか、または謎が解けないことに苛立っているのか、粘り強い問答はそこでようやく一旦の落着を見せた。へんなやつ。
タイミングが良いのか悪いのか、そこで新幹線はようやくトンネルを抜け出した。眩しい光の中、空に浮かぶ雲が増えている。
そういえば傘を持っていないことにも今更思い至った。
新幹線駅から在来線に乗り継ぎ、最寄りと思われる駅に降り立つ。途端にさぁ洗礼だと言わんばかりの、全身が痛くなるような冷たい風が体に吹きつけた。空は鈍色で、辺りには雪がちらついている。
一緒に降りたここらの住人であろう数名の老人が、じろじろと見慣れない若い男を眺めて歩いていく。
駅前には何もなかった。あるのは道路の脇に少しだけ積もった雪と客待ちのタクシーくらいで、その他にはコンビニすらない。思わず駅舎にある自動販売機でホットココアを買う。こんな甘ったるいものを好き好んで飲みたい訳ではないが、コーヒーや茶ではお手洗いが近くなってしまっていけない。
駅舎から出ると、タイミングよくスマートフォンが震えた。
これで四回目だったが、メッセージの画面を見るのはもうやめていた。
「△△警察署まで、あとその途中にコンビニがあったら寄ってください」
「おい」
どう聞いても「はい」ではなく「おい」にしか聞こえない返事が了解の意であることに気付くまでは数秒かかった。確認のやりとりもない。こちらが目を瞬かせているうちに、そのままタクシーは駅前のロータリーから身を滑り出した。
一応ナビアプリで警察署までのルートを表示させながら、窓の外の景色を眺める。
どちらの方向を向いても山がある土地のようだった。人の家があるが、一軒一軒の距離が遠く、広い家ばかりだった。玄関の手前にもうひとつ玄関があるのはどうしてだろうかと思った。あんなプラスチックかガラスでもう一枚隔てたところで、この寒さの対策になるのだろうか。それとも別の意味があるのだろうか。
初めて聞いた市で、何が有名であるかも分からない場所だった。どの山で、どのように、どうして——そんなことを考えるのは、あまりに栓のないことだった。何より、もしかすると「発見」された「身元不明者」は自分とは赤の他人で、これはただの気ままな日帰り旅行になるかも知れないのだ。
ダサいとかそういったものは置いておいて、全身いたるところにコンビニで購入したカイロを貼り、ようやく降ろされたのは三階建ての建物の前だった。暗い色の空に灰色の壁の色が溶け込み、なんとも陰鬱な空気を演出していた。
教えられた通りの窓口に行くと、守衛のような男が椅子にかけている。男は突然現れた金髪の男に一瞬だけ目を見開いた。
「どうしたが?」
「すみません、えーっと、呼び出し……?で来ました、獅子神敬一と言いますが……」
なんと声をかければ良いのか迷った挙句、半端な言い回しで言葉を重ねていると、胡乱げな男の顔はようやく合点がいったように頷き、茶色い歯をこぼした。
「おー、東京がらよぐ来だない」
東京、というよりどうぎょう、のような言葉以外を上手く聞き取れないまま、曖昧に笑みを浮かべて首を傾げているうちに、相手はどこかに電話をかけている。内線のようだった。
もう少し待っていてくれ、いま迎えが来るから。
そのようなことを言って、男は不器用そうな笑みをこちらに向けた。
署を出る頃には、鈍色ながら白さを残していたはずの空がどんよりとした濃い灰色に変わっていた。時刻は午後を回っている。
何も要らない何もしないと言っても、調書を作るというのは案外手間と時間のかかることのようで、本来ならば休日である日にそのような仕事をさせてしまったことに少しの罪悪感が首を擡げた。
全く休めない仕事をしている訳ではない。雑用係に任せられないほど重要な局面である訳でもない。来ようと思えば、海を越えるわけでもないのだから、すぐに来ることが出来たのだ。
それなのに、自分は。
いや、そうではない。葬式などしたところで誰も来ない。供養してやるほどの面倒見の良さも自分は持ち合わせていない。インテリアにも間取りにも拘ったあの家に汚い骨を持ち帰るのだって御免だ。あれの面倒を見るのに、仕事を休むなんて馬鹿らしい。
何より今まで渡してきた金で、バカみたいに長い戒名をもらう事も、ド派手な葬式もできたはずだ。その前借りをしてギャンブルに全てを溶かしたのだから、その末にどうしたのかは分からないが、山の中で最期を迎えたのだから、そんなもの自業自得というより他ないのだ。
だから。だから。
署の中は暖房がしっかり効いており暑いくらいで、手前で貼りに貼りまくったカイロの存在を恨むほどだった。人の良い警察官がしきりに「署でタクシーを呼ぶ」と言ってくれたのを断り、最寄りのタクシー会社の連絡先を聞いて歩き出す。ほてった頬に、冷たい風が今は心地よかった。
通りは人一人歩いていない。それどころか、車さえも一台も通っていなかった。代わりに家々に、暖かな灯りがともっている。
そこで、そういえば今日が大晦日であることを思い出した。よく見れば、家々の駐車場に停まる車には他県のナンバーが多い。
今日はそういう日なのだ。
警察署の人々がいやに優しく、いやにこちらのことを憐れんでいた理由に合点がいって、思わず大きなため息を漏らした。
その通り、あの人らが想像したであろう「可哀想」の通りのものを提供してしまったのだと思うと、それがなんとも悔しいような心地だった。不幸と罪は常に隣り合わせにある。それをよく知ってあるであろう彼らは、喜んでそんなものを食う奴等ではないと思うが。
どこかの家からほのかに宴会騒ぎの声が聞こえる。今日は夜中まで馬鹿騒ぎをしても許される日だった。
皆が想像する「可哀想」なシナリオの通り、東の空から忍び寄るしじまは、温かそうな一軒家から香る飯の匂いは、オレに切ない憧憬よりも行きどころのない自分の絶望を思い出させる。
オレ、なんでこんなところにいるんだろう。
ここはどこだろう。
「なら、帰ればいい」
帰るってどこへ?
膝を抱えうずくまる自身の背中を蹴り、ポケットを探る。道中で通過したドラッグストアが見えてきた。そこを目印にタクシーを呼べば良い。
そうして開いたスマートフォンの通知にうっかり目を見開いた。
電話、電話、メッセージ、電話、メッセージ、メッセージ、電話……
受信しかしていないこちらのスマートフォンの電池が半分以下になっているのも恐ろしい。メッセージの他、直接電話をかけて留守電まで入れる徹底ぶり。一時間とおかずに繰り返されるそれは、せっかく早く仕事を終えて帰宅したはずの彼が、まともな睡眠もとれていないということを示していた。
タクシーを呼んでから、さすがに慌てて電話をかける。ほんの2コールで相手はそれをとった。
『獅子神あなたどこにいる!』
「おわっ」
そう大きくしていた訳ではないスピーカーがざわざわと音をたてるくらいの大声が耳をつく。声デカ。オレが言えた義理ではないが。
「ど、どこって……えっと、◯◯県……」
『なぜ?』
「ちょっと、えー、あー、親族のあれこれで……」
『今朝になって急に決まったのか?』
「いやそういうわけじゃ……」
『ならなぜ事前に言わない……!』
え、なんでオレ怒られてんだろ。なんで?
こんなに直接、誰かから怒鳴られて叱られるというのが久々すぎて、ぽかんと呆けてしまった頭はなかなか元に戻ってきてくれなかった。
「事前に言うのおかしいだろ……」
『おかしくなどない、なぜ今朝の私の質問に答えなかった?』
「いやそれは、まだ確定してなかったからで……」
『確定とは?』
東北の山の中で首吊ったまま腐った遺体が自分の母親かどうかが確定してなかったから。
なんて、さすがに今ここで口に出すべきではないことくらい分かっていた。
なにせ今日は大晦日で、ダチが全員で集まってパーティーをする予定なのだから。
「え、え、何だよもしかして、オレが自殺とか失踪でもすると思ったのか?」
確かにシチュエーションとしてはありがちというか、物語っぽいとは思うが、オレだぞ。誰がするかよ。お節も雑煮も作ったし、今日刺身とかも頼んでるし、ステーキも焼くつもりだし。
「……そんなことは思っていないが」
はぁー、と大きなため息が向こうで聞こえる。下手くそな誤魔化しが効いたとは思わないが、とりあえずこの小旅行のことを追及するのはやめてくれたようだった。それから何かに言い淀むように、微かな呻き声をあげてから彼は、村雨は再び口を開く。
「……心配くらいする……」
「えぇ……え……?」
予想していなかった言葉に、口からは空気が抜けるようにマヌケな声が漏れていった。
そんな、だって、なんで。
呼んでいたタクシーが近付いてきている。わかりやすいように店の自動ドアの前に立って片手を上げる。
せっかく外の空気で冷まされた頬が再び火照りはじめていた。指先はとうにかじかんで、感覚すらなくなっているくせに。
つえーけど怖いしたまに意味が分からんし我儘だし自由人だしやっぱり意味の分からん男ではあるが、村雨礼二という男はいつもピカピカしていた。当たり前のようにすげーモノをたくさん持ったままツンとして、当たり前だという顔をしているあの男は、それを惜しげもなく(こちらが理解できる範囲を守りつつ)与えてくる存在というのは、あまりに眩しいピカピカそのものだった。
そしてまた、こいつはピカピカのひとしずくをオレの掌の上に落っことした。
それは太陽の下で温まるような、火照った体を冷たい風で冷ますような、途方もない遠くから降り注ぐ恵みのようなものだった。
「すぐ帰るって言ったじゃん」
『信じるに足る理由を用意してから言え』
「どんな理由だよ」
ぴたり。一瞬だけ、電話の向こうが無音になる。
彼の声はピカピカの声だと思った。電話越しにでもそう思った。今もなおぐちゃぐちゃの泥の中にいるくせ、その声が聞けたことが嬉しいと思った。
彼の打つ文字はピカピカの文字だと思った。それを分け隔てなく誰にでも与えてしまえる強さがピカピカだと思った。
彼そのものがピカピカしているのだから、出てきたものもすべてピカピカしているのに違いない。
実の親を無縁仏にしてきたオレは、無責任に、温かいタクシーの中で、夢見るようにそう思った。
雪は激しさを増している。滑りそうな道を、しかしタクシーは危なげなく進んでいく。
『……あとで直接言う』
「なんだよ、別に大丈夫だから答えろよ」
『あなたタクシーか何かに乗っているだろう?後でだ』
「別にいいけどよー、」
浮かれ切ったオレの声に、タクシーの運転手はちらりとこちらを見てからすぐに目の前に視線を戻した。
幸せそうでごめんな、オレ今ピカピカの人と話してんだ。
帰りの新幹線は指定席が空いていた。しかも早いやつだった。集まりには遅刻してしまうが、それも少しで済みそうだ。全員には開始時間を遅らせることをすでに伝えている。
途中でまたコンビニに寄ってポータブル充電器を買った。先ほどの電話と、まだ鳴り止まない通知でスマートフォンの電池は瞬く間に減っていた。
『今何駅にいる?』
『金と銀ならどちらが好みだ?』
『一月四日の予定は?』
そんなよく分からない質問を受けながら、温かい席に座って体をくつろげる。行きと違い二席分のチケットを購入したので、最初から最後まで快適な旅だ。
心配事がひとつ減ったような気がする。立会人として署名する時も、調書に署名する時も、動揺することはなかった。あの人からの連絡は最近ぱたりと途絶えていたので、心のどこかで分かっていたのかもしれなかった。それに、そんなに重い心労だと思っていたことはないが、あの人の名前からメッセージが届く度に、胸にいやな動悸が走っていたのは事実だった。
天涯孤独、なんて大層な言葉は相応しくないと思う。どちらかというとこれは、解放に近い。今から年越しパーティーが待っている。目指すモノもある。一歩、泥沼から抜け出せているような錯覚。
きっと、恋焦がれるピカピカの人と沢山話したからだ。
彼がオレの想像しうる限り最大の「ピカピカ」のうちのひとりであることは、この男に恋をして良いと許されたのと同じことだった。見える範囲にピカピカは複数いたが、それは空にピカピカの太陽と星と月があり、オレはその中では比較的星が綺麗だと思うのと同じだった。
ただ上を見て、そこにあるのを見て、泥だらけの自分のことを忘れて、あぁ今日もピカピカだと思う。
そんな、一方的で、身勝手で、馬鹿らしいほど稚拙な恋をしている。
『薔薇とチューリップではどちらが好ましい?』
『また思いやりクイズしてんの?カンニングやめろ』
『違う
あなたの意見を聞いている』
『オレが好きかどうかってこと?』
『そう』
『たぶん薔薇?どっちでもいいと思うけど』
『了解』
よく分からない会話がひと段落したので、見るともなしに前方にある電光掲示板を眺める。乗っているのとは別の新幹線が運転を見合わせているらしい。年末だというのに大変なことだ。
窓の外はすっかり暗くなって、窓から微かな冷気が流れ込んできている。せっかく窓際の席に座ったというのに、車内の景色が反射してしまって外はなにも見えない。
行く時とは打って変わって、静かな車内だった。乗っているのはスーツを着たサラリーマン風の男性や、すでに土産を持った若い人などだ。
皆、これから自分の家に帰るのだろう。
スマートフォンが再び震える。
『気をつけて帰るように』
『了解』
オレは帰りたいんじゃなくて、ピカピカに向かって進みたいんだけどな。
そんな戯言は胸の中で握り潰した。ピカピカそのものに伝えることではない。
目を瞑る。これから夜更かしが待っているというのに、今日は移動ばかりで少し疲れた。
新幹線は行きの時と同じように、長いトンネルに入った。