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    nattogopan

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    nattogopan

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    「良い子」な👟と、🖋の話。
    CP要素は殆どありません

    #ikeshu

    「シュウってさ、いい子って言われるの苦手?」
    「……なんで?」

    リズム良くキーボードを叩いていた指が、一瞬動作を鈍らせる。

    仕事の会議が済んだ後、いつもの様に各々の作業をしながら通話を繋いでいた僕とアイクは、特に会話という会話をするでもなくただお互いの独り言を共有するような、そんな時間を過ごしていた。


    「なんとなくそうなんだろうなって。だから何って訳でもないんだけど」


    作業しながら宙に投げかける口が気持ち良いだけの呟きではなくて、確信を含んだ僕に対する明確な問いかけ。
    彼は稀にこうやって核心を突くような質問をしてくる。
    いつもの様に「YES」か「NO」で答えればよかったのに、思わず掘り下げるような返しをしてしまったことに今更後悔した。


    「別にそんなことないよ。というか、好きとか嫌いとか考えたことなかったかも」


    嘘じゃない。かといって好きかと聞かれれば返答に困ってしまう。
    小さな小さな解れに指を引っ掛けてしまったような感覚がして、なんとなくぎゅっと手のひらを握り込んだ。
    アイクはというと、ただ「ん〜」と喉を鳴らすだけの返事をしながら淀み無く目の前の作業をこなしているようだった。

    暫くするとカチャリという音と共に可愛らしく伸びをする声が聞こえてきて、随分と長い時間集中していたことに気づく。名前を呼ばれたような気がして「ん?」と促すと、何度か小さく咳払いをしてアイクは口を開いた。


    「これだけ一緒にいるとさ、なんとなくだけど皆がどんな表情で喋ってるかなんて声だけで想像できちゃうものだよ。シュウは他の人より感情を抑えるのが上手だから、そうなるまでに少し時間がかかったけど」


    少しマイクを近づけたのかそれともアイクが近づいたのかは分からないけど、先程よりもぐんと近くなった声に自然と耳を集中させながら言葉を待つ。


    「それで最近気づいたんだ、僕やヴォックスが『いい子だね』って褒めると君は決まって悲しそうな顔で笑うよね」


    「え、本当に?僕ってそんな顔してた?」


    無意識だった。
    言われてみれば何となく心当たりが有るような、無いような。遠くを思い返す程に淡く混ざり合う記憶の中で、嫌に滲んでしまったのはどこだっただろうかと少しずつ辿ってみる。
    それにしても、まさかそんな風に気を遣わせてしまっていたとは情けない。変なの、お腹空いてたのかな、なんておどけて笑ってみるけれど相手はアイク、それが通用する男ではなかった。


    「シュウ、あのね。意外とこういう小さな蟠りって溜まっていくものだよ。トラウマって言うと大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、例えば幼少期の何気ない体験だったり音、景色、匂い、どんな小さなことでも君のプレッシャーになり得るんだ。
    もしそれがこの言葉に関係するのなら、君にストレスを与えてしまう前に教えてくれないかな」


    もちろん言える範囲で構わないよ、と。
    まるで小さな子供を宥めるように、偶にルカやミスタに語りかける時のような柔らかな口調でゆっくりと言葉を並べてくれるアイクに、少しだけ落ち着かない気分になる。

    さて、なんて答えるのが正解なのだろうか。優しい君からの言葉がストレスだなんてとんでもない。むしろ僕は昔からずっと「良い子」で在ることに努めてきた。
    良い子でいれば大人は皆褒めてくれたし、僕のせいで揉め事が起こることも無くなった。必要としてくれて、許してもらえた。我ながら上手くやってきたなと、そう思っている。
    悲しむようなことなんて、ないんだけど。

    結局どうにも上手い模範解答が見つからなくて、彼の優しさにいっそ申し訳無さを感じながらも「どうだったかなぁ」なんて中身の無い言葉を並べて笑うことしか出来なかった。
    そんな僕の様子を見兼ねたアイクは少し困った声で「シュウ〜?」と呼んだあと、それならばと質問を変える。


    「それじゃあさ、いい子ってどんな子だと思う?」

    「あぁ、えっと…そうだね。気立てが良い子、大人の言うことをよく聞いて」

    「まって。スマホは置いて、君の考えを聞かせて」


    こっそり『良い子 意味』で検索をかけながら読み上げていたのがバレていたらしい。あは、と誤魔化しながら大人しくスマホは伏せて、改めて頭を働かせながら思いつく言葉を口に出していく。


    「愛想が良い子、丁度良い子、都合が良い子…とか」

    「…君、そんな風に思ってたの?」


    褒め言葉、嬉しい言葉、そうやって認識していた筈なのに、いざカタチにしてみるととても人にはぶつけられないようなものも混ざってしまって心なしか語尾が震える。


    「うーん、あんまり気持ち良い言葉が出てこなくて僕も少しびっくりしちゃった」


    沈黙を埋めるように、ごめんねと続ける。
    「良い子」、異常な程に耳馴染みの良いこの言の葉は時間をかけて胸の奥の方に少しずつ降り積もって、蟠って、いつの間にかどんなにひどい悪口なんかよりも上手く消化できなくなってしまっていたみたい。


    「謝らないでよ!はぁ…君がどうしてあんな反応をするのかようやく理解できた。ただ、ねぇシュウ。もしかして僕達がそういう意味も含めて君に『いい子だ』って言っていたと思っているの?」

    「そうなの?」

    「そんなわけないでしょ?!!」

    「んはは、冗談だよ。分かってるって」


    アイクがあんまり悲しそうな声で言うからだとかそんなことは関係なく、同僚であり、友達であり、今では家族のような彼らのこと。僕だって分かっているつもりだ。
    ただ、今までぼんやりと思い描いてきた「良い子」を良きものとしないのならば、アイク達は何を感じてその言葉をかけているのだろう。


    「君はどう思うの?よく言うでしょう、良い子だって」


    無意識にもその言葉に執着を感じていた僕自身、アイクに聞かれるまでは輪郭さえボヤけていたのだ。彼もあまり深く考えているわけでは無いだろう、それでもただ単純に文字を紡ぐ者の表現に興味があった。僕だってさっき答えたんだから聞く権利くらいはあるよね。


    「うーん、いざ聞かれてみると…」


    ウンウンと喉の奥で唸る声。想像通りの様子に思わず緩みそうになる口元を隠して「ねぇ、どうなの」なんて茶々を入れながら言葉を待った。
    揶揄うのも程々に、ふと中断していた作業があったことを思い出してゆるくマウスを動かす。カチカチと何度かクリックをしたところでようやくアイクは口を開いた。


    「広義で考えると難しいから、君へ向ける時に限定して考えてみたんだけど」


    なぜだか「君へ」という言葉に変に緊張してしまって、相槌も頷くだけで上手く声にならなかった。確かに、さっき調べていたサイトの検索結果には片手じゃ収まらない程の言葉が羅列していたっけ。


    「かわいい子、ノリが良い子、頭がいい子、気前が良い子、愛おしい子、あとは」

    「…んえ?!ちょ、ちょっと待って」


    時間をかけて開いた彼の口からは、予想外に甘い言葉が聞こえてきて思わず言葉を遮る。
    君、さっき僕へ向ける時って言ってなかったっけ?


    「それは少し、違う気がするんだけど…」

    「違わないよ、全部含めて『いいこ』なんだから。可愛いと思った時、優しさを感じた時、感動した時、きっと全ての言葉を毎回並べてたら君はうんざりしちゃうでしょう?」


    僕はいくらでも伝えられるけどね、なんて真剣な口調で言うものだからいよいよ頭をかかえる。


    「言葉不足だったけど、僕はいつもこんな風に思っていたよ。伝わった?もしまだ抵抗があるようだったら言葉を変えるし。例えば、そうだな…」

    「アイク、アイク。ありがとうちゃんと伝わったから」


    勘弁して、と訴えるように繰り返す。
    アイクから次々に贈られてくる言葉達を一つ一つ噛み砕いていく内に、僕のちっぽけなキャパシティは呆気なく限界を超えてしまった。
    言葉を紡ぐことを職とする彼は、それでも足りないと続けようとするから堪ったものじゃない。自分の世界に言の葉を掻き集めに行ってしまう前になんとか引きとめる。


    「…君ってちょっと、変わってるよね」

    「そう?君ほどじゃないと思うけど」


    職業柄なのか人の言動をよく観察していて、とにかく感情の機敏を捉えるのが上手い。だからこそ大事に言葉を選ぶことができて、寄り添うことができるんだろうなぁなんて、今更ながら彼の優しさの底に触れた気がした。
    靄がかかったようにぼんやりしていた頭も、時節穴を埋めるようにギュッと小さくなる心も、数分前じゃ考えられないくらいに解放されていた。

    敵わないなぁと笑いながら感謝を伝えると、思ったことを言っただけだと何でもないように答える。


    「それで、アイク。僕っていい子なんだっけ?」


    少し調子に乗った僕は揶揄うようにそう尋ねると、小さく笑う声が聞こえる。


    「うん。誰よりもね」

    「…んへへ、そっか」


    自分から聞いたくせになんだか落ち着かなくて、堪らなくて、通話画面から目を逸らしながら意味もなく指を遊ばせる。
    アイクがすぐにまた「そうだよ」なんて返事をするものだから、僕はもう一度「そっか」と口の中で呟いた。



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