六月の除霊 静かなチャペル。雲の薄いところから差す一筋の陽光。夜露に濡れた木々の葉はその匂いを濃くし、間もなく訪れる夏への予兆を感じさせた。
今は六月。ジューンブライドという言葉があるように、このチャペルも本来ならたくさんのカップルの門出を祝う場所となる筈であった。
「結構いますね、悪霊」
茂夫は数を数えることを諦め、それだけ伝えた。悪霊が見えていない霊幻は、それでも話を合わせて「なるほど、やはりな」と意味深に答えた。だが、霊幻のことを世紀の霊能力者だと思っている依頼人は縋るような目で霊幻を見た。
依頼人はこのチャペルを所有するブライダル会社の社長である。一か月ほど前から、式を挙げようとすると様々なポルターガイスト現象が起こるようになったという悩みを霊とか相談所に持ち掛け、あとは『その依頼、この霊幻新隆が引き受けた!』という流れである。
「霊幻先生、どうぞよろしくお願い致します!結婚式という大切な思い出を作る場所ですので、悪霊などというものに蹂躙されるのはとても我慢がならないのです!」
「ええ、ええ、よくわかりますとも。ここは本来新郎新婦と、その幸せを祈る方々が集まり祝福されるべき場所です。それを邪魔する悪霊など、私も許せません!しかし、これだけ凶悪な悪霊が数多くいるとなると、こちらもかなりの力で必要となりますので…」
「わかっております!除霊して頂けたなら報酬は上乗せさせて頂きます!それから例の件もまた力を入れさせていただきますので!私どもは浅ましくもこのような形でしか協力できませんが、どうか、どうか…!」
「おお、そこまで言って頂けるとは!ご安心下さい、この霊幻新隆が完膚なきまでに悪霊どもを祓ってみせましょう!では、ここより先は危険ですので、どうかお下がり下さい。除霊が終わりましたらまたお声がけ致します」
「はい、よろしくお願い致します!」
依頼人は何度も頭を下げ、離れた事務所へと戻っていった。
その後ろ姿が完全に見えなくなってから、茂夫は霊幻を見た。
「師匠、いいんですか。あんな風に言って。数は多いですけど、そんなに時間とか掛かりませんよ」
「いいんだよ。間違ったことは言ってない。まさかどれだけ危険な悪霊がいても、お前が居れば一瞬で片が付くなんて、素人にはわからないさ。それより、交渉が上手くいきそうなんだから少しは喜べよ」
「まあ、それはそうですね。安く済むに越したことはないですからね」
「そうだろ、そうだろ。向こうはここが除霊されてまた使えるようになって有難い上に、新しい試みの紹介にもなる。俺達は式費用が安くなって財布が助かる。誰もが平和になるってもんだ」
実は、この除霊が成功したら茂夫と霊幻は自分達の挙式をここでやらせてもらえないかという報酬も約束していた。相手方としても同性カップルの挙式という新しいビジネスの第一歩として踏み出すための良い例になる。それに二人がここで式を挙げれば、悪霊が出るという嫌なイメージがついたこのチャペルが再び無事に式を挙げられたという実績もつくようになる。
「という訳で、気合い入れて除霊しろよ!窓とか部屋の隅とか、一つも残すなよ!」
「そんな、掃除みたいに言わないで下さいよ」
そして茂夫は両手をかざした。一瞬ブワッと強い風が吹いたかと思えば、
「終わりました」
これで、今回の除霊は終了となった。
その後、二人はそこで結婚式を挙げた。出席者は家族、仕事仲間、少しの友人と、人数こそ絞られた小さなものだったが、とても大きな祝福に包まれたものとなった。
二人は誓いのキスをし、お互いを見つめて幸せそうに笑うのであった。
なお余談であるが、二人がキスをした瞬間に曲がったスプーンが床に落ちたという不思議なことが起こったが、これは悪霊ではないという報告がなされたという。