欲しがりの、ずるい顔にキスをした__
「で、結局昼間のアレなんだったわけ?」
不意に悠が口を開く。明日は運良くふたりともオフの日で夕飯も風呂も終わってソファで寛ぐ22時半。なんの前振りも主語もない問いに俺は思わず方眉をあげた。その反応に「わかってないの?」と更にふてくされた顔になった辺りで思い出しすかさず弁明する。いや、弁明もなにも悪いことをしたつもりは一切ないんだが。
「ああ……、アレのことか。ラビチャの話題になったんだよ。なんでもメンチ切りゲーム……?というのが流行ったらしい」
「メンチ切りゲーム……?」
「ほら」
言葉で説明するよりも簡単だと思いスマホを操作して昼間やり取りしていたグループの画面を開いて渡しては操作権を委ねる。なになに、と他人のスマホだというのにも関わらず慣れた手つきでスイスイとスクロールして目を通す姿を隣で待つ。
「へー、……」
最初は何食わぬ顔で見ていたはずの悠の表情がすぐに曇ったことに気が付いた。曇った……というより明らか拗ねている……?なぜだ。先ほどと違って一切思い当たる要素がなくひとまず名前を呼んでみる。ちらり、と横目にこちらを見る表情は変わらずに俺を捉えているだけで弁明の余地がない。おもむろに己のスマホを取り戻し改めてやり取りを確認してみれば悠との昼間の会話を実況していたことに気が付く。なるほど確かにこれは無断で本人の居ないところで話していたということを知ってしまえば無理もない。
「悪かった。悠と会話していた内容を本人に許可もとらないで――」
「それはまあ、別にいいけど!そうじゃなくて!」
なに、ちがうのか。いよいよ分からなくなった。眉をしかめて黙って考える俺に見兼ねた悠が手元にあるスマホを奪い取って下へと数回スワイプして画面を見せつけてきた。
「こ れ ! なに、キュートとか言われちゃってんの!?」
「……は」
間の抜けた声が出た。言っている意味が分からなく真剣に問い詰める姿とスマホに映し出された会話を交互に見やる。デカい溜息を吐いた悠が、座っているソファの上に俺のスマホを無遠慮にポイっと後ろの方へ投げ捨てて身体をこちらへと向け、手持無沙汰となっていた俺の手に指先を絡めて握る。拗ねた感情が現れているのかいつもより握る力が強い。
「……虎於がかわいいとか当たり前のことなんだけど。なんだけど!……他のヤツに言われるのは、……なんか違うじゃん」
尖らせた唇で右斜め下へと視線を落としながら吐き出された言葉にはっとする。
「妬いているのか、悠」
「っ、……そうだよ!」
図星だった悠の頬は沸点に至ったのか耳たぶまで紅く染めた。張り上げた声の勢いのままに、更に力が籠る握られた手はそのまま後方へと押しやられ怪我をしないようにと重心の向く背後へと身を預ければ簡単に押し倒されてしまった。見上ろし眉を吊り上げる悠の表情は拗ねた子供のくせに、可愛い、だけの感情だけでは留まらず嫉妬されていた事実が相俟って鼓動が速くなる。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、なんだよ……」
俺の返答に対して、さして興味がないと解釈されたのか大好きな主人に構ってもらえない子犬かのように眉を下げて呟く。ころころと表情の変わる様子に思わず目尻が緩んで口角があがった。握り込まれた手指を五指でしっかりと握り返し空いたもう片方の腕を伸ばして、人差し指の背で優しく頬を撫でる。擽った気にするもおとなしく瞳細め撫で受ける彼が愛おしくて抱きしめたくなった。自然と優しくなる声色で口を開く。テレビもつけていない静かな部屋に響くのは徐々に速度が重なっていくふたつの心臓の音。
「そんなことだろ。……だって、俺の本当の“かわいいところ”を知ってるのはあんただけなんだからな」
これは弁明なんかじゃない。じゃなければなんだ?と聞かれれば、そうだな……誘い文句、ということにでもしておこう。だってほら、見上げ覗き込んだ彼の金色の瞳は、影が落ちることもなくぎらりと光って揺れたのだから。