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    kaperaozoz

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    kaperaozoz

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    lrkiが成人して酒を飲んでいます。
    ナチュラルに同棲して数年経っています。突然連絡もなくlrzさんが出ていった後の話。
    ジャズバーっていいよね。カクテルもそれぞれ意味があっていいよね。

    誰が振り向くか時は午後九時半ばを過ぎた頃。
    黄金と群青を携えた男は6月の湿気を振り切るように店の前で頭を振った。何故この時間にとある店の前にいるのか。平日の夜とあって物静かな酒通りは、物思いに耽る客や作曲、インスピレーションを深めようと街に出た客がぽつりぽつりと飲み更かしているだけだった。その中でも橙色のウォールランプを店先に下げた古めかしい造りのジャズバーからはスロウテンポの曲が窓から漏れ出ていた。そんな、まるでジュークボックスのような店の前に黄金と群青を携えた男、ミヒャエル・カイザーは立ち往生していた。

    「はぁ、ックソ」

    カイザーは誰にも届かない悪態を吐き出しながら小さく踵を鳴らす。ポケットからはみ出た親指で居場所のないむず痒さを逃がすためにジーンズをザリザリと引っ掻きながらカイザーは星空を見上げた。湿気の多さで星が潤んでいた。何故、ここにいるのか、と問いかけられたら、答えはきっと「なんとなく」になるだろう。本当になんとなくカイザーはこの店の前にいた。ただ、なんとなくここに足を運んだのか、と問われれば、答えは違う。

    「なんであいつの事でここまで」

    痺れを切らした結果。切り揃えられた後ろの髪束を一掴みし、カイザーは店のドアを開けた。


    カランとドアベルが二往復揺れた後にゆっくりと店へ入る。客は4人いた。1人はテーブルで一人酒、2人は迎いあっていたが、静かに演奏をするジャズへと目を向けていた。そしてもう1人。目当ての人物はカウンター席でこちらに背を向けていた。その奥にいるバーテンダーとちらりと目が合う。目は口ほどに物を言うとは誰が言ったのか。察しの良いバーテンダーは手前に座る男の方を見た後、磨いていたグラスを置き、酒を作り始めた。
    なるほど、隣に座れとは。カイザーは無表情のまま、目的の男が座るカウンターの隣へと向かった。

    波打つ髪を抑えつけるように右へと流している座高の高い男は、近づいてくる気配に気が付いているはずなのに、振り返ることはしなかった。

    「なに、やってんだ、お前は」

    カイザーも目を合わすことなく、隣に座る。スネアが静かにリズムを刻む中、気付いていたはずの男が漸くこちらを見た。しかし、依然、目は合わない。

    「あァ~、ミヒャ、なんでいんだ、ここに」
    「は?」

    なんでここにいるんだ、ではない。どんな気持ちでお前を探して、見つけて、この店まで足を運んだのだと思っている?と、線の長い身体を不自由そうに折り曲げてグラスをぶら下げるように持っている男、ドン・ロレンツォに浴びせたかった。しかし、カイザーは寸での所で言葉を溜息に変換し、吐き出した。
    隈が色濃く縁取るその眼球がいつもこちらに向いて弧を描くのに、3日ぶりに見る粘膜はこちらを一度も見ずにアルコールを張って揺れるだけだった。

    カイザーは理解してしまった。
    見られていないことがこんなにも不快で、不安だと言うことを。自らその瞳を求めるために横顔を直視してしまったことを認めたくなく、若干後悔したが、もうこの感情は隠せなかった。

    「…なんで急に出て行った」
    「…だぁー……」

    いらないことも全てベラベラと吐き出すロレンツォは歯切れ悪く問いを濁した。いつもの口癖を言っただけマシか、とカイザーは思い込むことにした。伊達に数年間不本意ながらも同じ玄関の鍵を回していない。嫌でもお互いの癖や感情を言わずとも敏感に感じ取ってしまう性格同士なのだ。まだ話してくれるだけこちらを見ていない訳ではなかった。

    「クソもどかしい、早く言え」
    「…あァー」

    ほぼ溜息に近いテノールを口元に近づけたグラスに混ぜてロレンツォは飲み込んだ。氷の傾く音がグラスを鳴らし、それと同時に頬杖を付いているカイザーの方に琥珀色の気泡が小さく上へ上へと弾けているカクテルが出された。カイザーは顔を動かさずに目だけでバーテンダーの方を見れば、静かに軽く頭を下げキッチンに当たる裏へと引っ込んでいった。どこに行ってもそうだが、察しの良すぎる人間は見ててクソが付くほど腹立たしいとカイザーは一瞬眉間に皺を寄せた。


    「…出ていったのはよォ、お前の為なんだぜ?ミヒャ」
    「嘘付くな、お前は常に自分の為に動いている癖に」

    静かなサックスの寂しく掠れる音を耳に流しながらたっぷり沈黙してから漸くロレンツォが口を開いたかと思えば、今のカイザーから見たら分かる明白な嘘だった。嘘かどうかを確かめる術はなかったが、お互い自分の為に動く、誰かの為ではなく、自分の存在や価値を証明していないと生き方なんて分からない二人だ。それが嘘だと言って何が悪い。

    「意地悪するなよ、泣きそうなんだから」
    「…だから嘘付くな、って、」

    その時カイザーは今までで一番この男の顔をよく見たかもしれない。そして同時に酷く動揺した。アルコールにはまだ口を付けていないはずなのに、心臓が早鐘を打つ。内臓がぐずりと動いた気がした。

    あのロレンツォが本当に泣いている。

    カイザーは見てはいけないものを見てしまったかのように反射的に目を逸らしてしまった。ここで本当に泣く奴がいるかと、どこか遠くで毒づきながら、出されたカクテルのグラスにカイザーは軽く触れた。

    「…本当に泣く奴がいるかよ…」
    「…あァーらしくねえよ、なぁ、」

    心の声をそのまま吐き出せば、ロレンツォは長い指で目元を軽く拭った。簡単に蒸発していくその涙は最初からなかったかのように消されていった。
    カイザーは一度、ロレンツォの涙を見ている。白いスーツの上で泳いでいた時に、カイザーの上で彼は泣いた。まだ同棲を始めた頃だった。不本意と嫌悪感、不快感のまま過ごしていたあの部屋で、彼は本当に悲しそうに泣いていた。その顔をあの時も直視こそしたものの、瞳の中まではよく見ていなかった。だから、今回アルコールと涙で濡れる彼の瞳を見た時に、これまた不本意だが綺麗だと思ってしまった。今目の前で弾けているカクテルがそのまま肉体に繋がるガラス玉の中に閉じ込められたかのような瞳が、綺麗だと思ってしまったのだ。カイザーはらしくないと言う彼の言葉には返さず、この時始めて出されたカクテルに口を付けた。口内で弾ける気泡とほんのりと甘いブランデー。さっぱりとした中にじんわりと後を引くアルコールの味に、視神経が引っ張られたような気がした。

    「これ飲んだら帰る。ミヒャもOK」
    「…ほんとクソ不快」

    理由なんていらない。カイザーは舌に塗られていくブランデーに厚塗りをするかのように細かく数回に分けてカクテルに口を付けた。いつもの自論をぶつけ有無も言わせないような疑問形を言った時のロレンツォは本当にいつものロレンツォに戻っていた。どこからが本当でどこからが嘘なのか分からないこの男の目にはもうカイザーしか映っていなかった。

    「見るな、飲みづらい」
    「そんなこと言うなよ、それ、アプリコットフィズだろ?俺の好きな酒だぁ」
    「やらねえ、見るな」

    小さく舌打ちしてカイザーはわざと大きく煽って喉を鳴らして酒を飲み干した。いつものその金色が三日月を描いてないと気持ち悪いんだよ、とは言わなかった。
    グラスを静かに置いたカイザーは席から立ち上がり、青い二本の尾羽を揺らしながら大股で店の扉へと歩いていく。そろそろ終わりを告げようとしているジャズとのBPMは合わない。
    それをロレンツォは静かに目で追い、静かに瞬きをした。
    カイザーは振り向くことはせずに耳のいいロレンツォにしか届かない言葉をジャズに乗せた。

    「待ってる」

    カイザーが入ってきた時と同じ音程でドアベルが二往復し、扉はパタリと閉まった。
    ロレンツォは目の前に広がるカウンター越しの酒瓶達を流して垂れさがる蜂蜜色の照明まで目線を上げ、首を傾けた。アルコールに濡れる二酸化炭素を軽く吐き、いつものように口角を上げた。




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    kaperaozoz

    MOURNINGlrkiが成人して酒を飲んでいます。
    ナチュラルに同棲して数年経っています。突然連絡もなくlrzさんが出ていった後の話。
    ジャズバーっていいよね。カクテルもそれぞれ意味があっていいよね。
    誰が振り向くか時は午後九時半ばを過ぎた頃。
    黄金と群青を携えた男は6月の湿気を振り切るように店の前で頭を振った。何故この時間にとある店の前にいるのか。平日の夜とあって物静かな酒通りは、物思いに耽る客や作曲、インスピレーションを深めようと街に出た客がぽつりぽつりと飲み更かしているだけだった。その中でも橙色のウォールランプを店先に下げた古めかしい造りのジャズバーからはスロウテンポの曲が窓から漏れ出ていた。そんな、まるでジュークボックスのような店の前に黄金と群青を携えた男、ミヒャエル・カイザーは立ち往生していた。

    「はぁ、ックソ」

    カイザーは誰にも届かない悪態を吐き出しながら小さく踵を鳴らす。ポケットからはみ出た親指で居場所のないむず痒さを逃がすためにジーンズをザリザリと引っ掻きながらカイザーは星空を見上げた。湿気の多さで星が潤んでいた。何故、ここにいるのか、と問いかけられたら、答えはきっと「なんとなく」になるだろう。本当になんとなくカイザーはこの店の前にいた。ただ、なんとなくここに足を運んだのか、と問われれば、答えは違う。
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