【地獄の業花(ごうか)】純愛系バラードで売り出したモブは伸び悩んでいた。失恋系バラードで売り出していた0(レイ)に、何をしようと追いつけなかっなからである。
そうこうしている間に、彼は歌の舞台から姿を消した。
周りからも恋愛系バラードのライバルとされてきたモブにとって、これ以上ショックな事はない。
やれ恋人だ、失恋のショックだ、いいや事故だと噂されたが、熱心なファンの間で噂された、彼の師匠である歌手、エクボが亡くなったからだというそれが、モブにとって何故か一番納得できた。
納得できたからこそ、更にショックをうけた。ライバルだと思うと同時に、モブは彼に恋をしていたのだと知った。
そんな話を、穴場である寂れた公園でつい愚痴る。独り言ではない、いつの頃からか通うようになった公園のベンチには男がいた。
フードを目深に被り、サングラスをかけ、マスクをして、じっと同じ楽譜を何度も読んでいる男だ。
どうやら肌が白いので日焼けしやすく、真夏でも似たような格好をしていないと全身真っ赤になってしまうらしい。そう言っていた。
時折、酷く優しい鼻歌を口ずさむ。手にした楽譜の曲のようだった。
調子はずれに聴こえるが、わざとやっているのが分かる。上手いのだ、妙に。
もしかしたらモブと同じか、それ以上だと、少しでも音楽をやっていれば気づく。だからモブは、この男を勝手に師匠と呼んでいた。
実際、煮詰まったりしてフラッと足を運ぶとアドバイスをくれる。自分より上手い相手だと自分で認めた男の言葉は、誰よりもモブを元気づけた。
歌と、男との日々。それは間違いなくモブの癒しであったが、やはり0(レイ)の存在は引っかかっていた。
恋を自覚したと同時に失恋したのだ、いっそ失恋バラードでも歌おうかとも思った。お前はそのままでいいよと男が言ってくれなければ、確実に路線変更していただろう。
そのくらいには0(レイ)に恋をしていたし、男の事も信用していた。
だから、男が0(レイ)本人で、消えた理由が本当に師匠であるエクボが亡くなったからだと知ったその日。
純愛を心から信じていたモブの中にあった、美しいだけの花は焼け落ちた。
モブには見えていたのだ、男の傍(かたわ)らにいつも寄り添う、緑色の人魂が。
モブの師匠、フードの男には自分の存在を内緒にして欲しいと、小さな手を合わせて頼み込んできた彼がエクボと名乗った時、すぐにフードの男と0(レイ)が結びつかなかったのはきっと。
彼には死してなお寄り添う恋人がいると、信じたくなかったから。
そうだ。男、0(レイ)が、会う度に大事に読んで口ずさんでいたあの楽譜。あれは生前のエクボに見せてもらった事がある。
大事な人のためだけに書いたから誰にも知らせない、親友のお前にだけ特別だぞと、強面が売りだった彼が恥ずかしそうに笑って見せてくれた楽譜(ラブレター)。
さぁ、花(あい)を焚(く)べよ。地獄の業歌(ごうか)で焼け堕ちるのは誰か────。