【get close】いつもの様になんでも屋の依頼を終え、街をぶらぶらと歩いてあちこちからのスカウトを断り、いつもの様に発展場の待ち子に声をかけた。
つもりだった。
しかし、振り向いたのはいつもと違う、壮絶な美人ちゃん。
ウェーブのかかった銀色の長髪。切れ長の瞳は銀と紫のオッドアイ。雪の様な白い肌と、女性と見紛う肢体。
完全に見惚れていた。見惚れて固まっていた。
「すまない。先約があるんだ」
困った様に微笑む彼の柔らかい声で我に返る。何だこのギャップ。クールビューティー系とは思えない。可愛い。お持ち帰りしたい。是非。
「俺も相手してもらえる?えーっと、」
「銀華(ぎんか)」
彼と話せる機会を逃したくない一心で、つい身も蓋もない聞き方をしてしまった俺に気を悪くした風もなく、きょとんとした後、名前を問われたと気付いた様ですんなり教えてくれた。
「ギンカ?」
「銀色の華で銀華」
「ああ」
銀色の長髪。雪の様な白い肌。銀と紫のオッドアイ。本名なのか通り名なのか分からないが、酷く納得して思わず感嘆の声が漏れた。
「レイってアンタ?」
「そうだ」
名前まで美人な彼は競争率が高そうだ、どうしたら時間を作ってもらえるかと思考している内に声がかけられた。
それに反応した彼に目を見開くと、シーっと人差し指を唇に当てる仕草をする。お茶目なところも可愛いなと思いながら、銀華は本名でレイが呼び名なのだろうと気付いた。
銀華が通り名ならば露骨に初めましてという態度の男に隠す理由が無い。だからと言って同じく初めましての俺に本名を名乗ってくれる理由も分からないのだが。
自慢じゃないが少しはこの界隈での人気がある。彼も俺を気に入ってくれたと思っていいのだろうか。
緩みそうになる頬を引き締めながら様子を窺(うか)がっていると、彼の顔がみるみる青白くなっていく。真っ先に病(やまい)を抱えているのを疑ったがどうもそうでは無い様だ。相手が待ち子だとしたってどうかと思うくらいべたべたと体中を触られている。
見ているだけで気分が悪くなる扱いを止めに入ろうと手を伸ばすとひんやりとした指先がそっと触れた。遠慮気味に手を重ねた彼はふっと微笑んで首を横に振る。
「ありがとう。退屈せずに待っていられた」
「ちょ、何」
何を言っているのだ。彼は。何故救いを求めないのだ。彼は。
気付いた筈だ。俺が彼を助けに入ろうとした事に。
顔面蒼白になる程、男に触られ続けるのが辛い癖に。
彼の“ありがとう”はそれに対する礼だ。同時に危険だから関わるな、面倒事を背負込むなという優しさだ。
柔らかい光を湛(たた)えた、銀と紫の双眸(そうぼう)が、そう言っている。
分かっていてそれでも引き留めるべきか悩んだ挙句、場所を変えるという彼らを見送るかたちになってしまった。
これで本当に良かったのか。たった今ほんの少し話しただけの相手だ。
けれど。それでも。
「一目惚れした相手を放置は無いよなぁ」
―――――
罠だと分かっていた。探っていた殺人犯の情報が都合良く転がり込んできたのだから。
俺の手首を頭上で一纏(ひとまと)めにしているのは発展場で待ち合わせた男。後ろに三人程、下卑(げび)た笑い顔が並んでいる。
足元に転がる二人はのこのこと人気のない場所について来た俺に奇襲をしかけ、返り討ちにあった連中だ。仲間内では華奢(きゃしゃ)だなんだと言われるが見た目ほど弱いつもりは無い。強いと言い張るつもりも無いが。
とは言え壁に押し付けられてしまっていては説得力が皆無だ。待ち合わせ場所で無遠慮に撫で回され、その続きとばかりに男の舌が体中を這い回っている。
頭が割れる様に痛い。吐き気がする。
凄く熱くて凄く寒い。息が出来ない。
あの男。
発展場で声をかけてくれた彼。
柔らかそうな肩までの茶髪に、穏やかな茶色の瞳。一見遊び人だったが少し話しただけでお人好しなのが透けて見えた。
彼が差し伸べてくれた手を。その優しさを。求めていれば。
いや。駄目だ。
それは許されない。人殺しの関わる危険な任務になんて巻き込めない。
なにより。
“俺は救われてはならない”。
俺を犯した義父は殺された。俺を殺そうとした義母も殺された。俺を守ろうとした相棒も殺された。俺に関わる人達は殺されていくのに、俺は生きているなんて喜劇だ。
服を引き裂かれ快感を煽られても、同時に呼吸は弱まって意識が保てない。
苦しい。くるしい。
―――――コロシテ。
バキッッ。
鈍い衝撃と共に銀華を襲っていた男が一人、吹き飛んだ。