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    涼之介

    らくがきとか短いのとか整えてないのとか支部に投げるようなのじゃない文章とか投げる。

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    涼之介

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    書きたいんだけど全然進まない書き途中のやつをあげるこころみ。神ミキなるはなしリベンジ。

    じっとりとした空気の漂う夜だった。
    急な欠員が出たからと頼まれて予定になかったスーパーでの仕事をこなした後、急ぎ足で次の仕事場であるバーに向かう。まあまあ融通が効く働き馴染みのあるバーで、仕事中毒の自分を知っているので、少し遅れる旨の連絡に、心配する返事があるくらいだ。
    息を軽く整えてそっと裏口から入り、スタッフルームで着替えをしていると聞き覚えのある声が耳に入った。
    「実際どうなん、いい人とかおらんの」
    「いやあ今はまだ……描くのに集中してたいですし……」
    高校から付き合いのある漫画家と、その担当編集の声だった。一瞬手が止まった。聞き耳を立てるのも良くないと思いながら、衣擦れの音すら立てないよう白いシャツに腕を通す。
    「まあ今波に乗ってきとるしな〜。せやけど一人おると生活潤うで〜?」
    「普通恋人は一人では……そういうクワバラさんはどうなんですか」
    「おっちゃん? おっちゃんは仕事一筋やから〜!」
    いくらクワバラさんがいるとはいえ、酒に強くないのにこんな所に来るなんて珍しい。しかも恋バナなんぞをしている。いつからいたのだろうか。今は何杯目なのだろうか、と余計なことを考えながらベストを羽織る。
    「可愛い彼女欲しいとか思わんの?」
    「……うーん、高校ぐらいから手紙もらったりとかはたまにありましたけど……ダンピールが珍しくて声掛けてきた子がほとんどでしょうし……」
    いたいたそんなの。香水臭い女子に手紙を渡してくれと頼まれたり、下駄箱に差出人不明の手紙があって挙動不審になる姿を揶揄ったり。告白されてオロオロするのを見て偶然を装って乱入し、それとなく誘導してその場で断らせたりしたこともあった。
    「ああ、でも、」
    思い出したという風に言って、続けられた言葉に頭が真っ白になった。
    「片想い、ならしてる、かも、ですね……」
    「エッ!! なんやそれ聞きたい!!」
    「嫌です。クワバラさんでも教えられません」
    ――知らない。そんな話は知らない。シンジに、好きな人がいる……?
    今まで聞いたことがないし、そんな素振りも無かったはずだ。俺の知らない、あいつの想い人。
    心臓のあたりが冷たくなって、指先が動かなくなって、薄暗いスタッフルームが世界から切り離されたような感覚がする。
    なぜ、自分はこんなに動揺しているのだろう。別に、シンジが誰を好きだろうが、誰と付き合おうが関係ない……全部ちゃんと、祝福できる。そうだろ、友人なんだから。心を乱す必要なんてない、ないったらない。冷や汗が流れる。
    「伝えようとか思わんの?」
    「……いいんです。片想いって言えるかどうかも微妙な感情だし、お互い変に気を遣いそうで。生活能力無い僕に付き合わせちゃいそうなのも嫌で」
    ……俺なら、うまくやるのに。自分の仕事もして、その合間に飯の用意とか掃除とか喜んでやるのに。アシだって出来るし、お前が万全の状態で漫画を描けるように何でもするのに――違う、これは違う、確実に友達の範疇を超えている。頭の中がぐるぐる混ざって、何が正解か――何処が友達の枠に収まれる位置なのかがわからない。
    友達は、きっと普通片想いを応援したり背中を押したりするものであって、尽くすとか俺の方がとか張り合うのはおかしい。よし、大丈夫、蓋は閉じられたままだ。大丈夫だ……。
    「――――くん、三木くん」
    「――っ! あ……、すみません」
    思考の渦に飲まれて随分停止してしまっていたらしい。バーの店長が名前を呼んでいた。彷徨わせた視線は気取られなかっただろうか。
    「大丈夫? 具合悪いなら無理はしないでね」
    「大丈夫です、ありがとうございます。ちょっと考え事しちゃって……すぐ入ります」
    ベストのボタンを留めて小さな鏡を見る。いつも通りの顔が映っている。乱れがないことを確認してからカウンターの方へ出た。
    にこりと笑顔を浮かべて、まるで今来たばかりで何も聞いてないように話しかける。
    「あれ、シンジにクワバラさん、こんばんは」
    カウンターの木目でも見ていたのか、俯いていたシンジがぱっと顔を上げた。バーの証明に照らされた金色の瞳は酒のせいか潤んで見える。
    「ミッキーだ!」
    にへらと笑ったシンジの頬は赤く、既にそれなりに酔っているようだ。クワバラさんも同じく赤い顔をしている。
    「珍しいな、バーに来るのなんて」
    「えへへ」
    「えらいオススメやって見かけたから連れてきてん」
    「なるほど、クワバラさんの見立てでしたか。どうぞご贔屓に」
    自分がいつもと変わらぬ調子で話せていて内心ほっとした。このまま別の話題に切り替わってくれればいいものを、クワバラさんが蒸し返す。
    「それより三木クン知っとる? 神ちゃん好きなコいるんやて」
    「ちょ、ちょっとクワバラさん!! 好きというかなんというか気になるってだけで別にどうこうなろうとかじゃなくてぇ……!」
    友人に内緒にしている片想いを勝手にばらされそうになっている漫画家は、わたわたと両手を振り早口で言い訳じみた弁明をする。
    ……今の俺は一店員。たまたま客と友人で、他愛もない話をするだけの、ただの店員。自分に言い聞かせてから息を吸った。
    「――いやぁ聞いたことないですねぇ。……おいシンジ、面白そうなことは共有しとけよ」
    茶化すように言えば、シンジが一瞬視線を逸らした。へにゃりと困ったように笑う。
    「ぜんぜん面白くないよ……ほんとに。恋愛とかするような、柄でも歳でもないじゃん」
    そう言ったシンジの顔は、照れているような、恥ずかしそうな顔で。心がざわざわする。
    「惚れた腫れたに歳関係ないやろ。ええやんか、好きなんやろ?そないな顔して、隠せとらんで自分」
    「好きなんて言ったら終わりな気がして……止めましょうよこの話」
    シンジは顔をもっと赤くして半泣きで、揶揄うクワバラさんを止めようとしている。
    気が遠くなりそうだ。好きな人がいる。シンジに、俺の知らない、好きな人が。そんな顔するような相手が。そればかり駆け巡って、叫び出しそうな心を鎮めるのに必死だ。
    だって、俺の方が、ずっと――――
    がたりと蓋が外れた音がした。仄暗い感情が顔を出す。
    「応援してやるから、今度こっそり詳細教えろよな」
    「…………そのうち、うまくいったらね」
    ずっと前に厳重に蓋をしたのに。こんなタイミングで開いてしまうのか。
    このパンドラの箱には希望なんてものは入っていない。
    あるのは暗くて痛くて辛い、絶望だけだ。
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