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    gryclwn_66

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    gryclwn_66

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    WWSTの後日談。ネタバレあり。

    揺れる陰影 昼間の喧騒が嘘のように引いた閉館後の水族館は、薄暗い静寂に包まれていた。メインの照明はほとんど落とされ、水槽の中を照らす淡い光だけが、通路にぼんやりとした陰影を落とす。どこからともなく聞こえてくる浄水器の低い稼働音が、ひっそりとした館内に規則的なリズムを刻んでいた。
     日中は多くの来場者の視線を集めていた魚たちも、今は岩陰で身を寄せ合うように休んでいたり、あるいは昼間はあまり姿を見せなかった夜行性の魚が、ゆらゆらと水槽の中を泳ぎ始めている。ジャックはそんな、昼間とはまるで違う顔を見せる夜の水族館の雰囲気が好きだった。生き物たちの本来の姿が垣間見えるようで、心が落ち着くのだ。
     館内の見回りを終え、スタッフルームのソファに深く身を沈めたジャックは、ようやく訪れた一息つく時間に、無意識に深く息を吐き出した。
     その静寂を破るように、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。扉が勢いよく開き、息を切らしたケイトが飛び込んでくる。その額にはうっすらと汗がにじみ、髪も少し乱れていた。館長になってからというもの、ケイトは常に何かに追われているようだ。以前は閉館後に一緒に食事に行ったり、他愛ない話をしながら帰路についたりしたものだが、最近は館内でさえろくに顔を合わせることも少なくなっていた。
    「ジャック、まだいたんだ。お疲れ様」
     ケイトはそう言いながら、散らかった机の上から書類の束を引っ掴む。その動きの一つ一つが、時間の惜しさを物語っていた。
    「今、終わったところ。ケイトこそ、まだ仕事残ってるの?」
    「うん、それがもう大変でさ!あっちの書類にサインして、こっちの業者さんと連絡取って、それから明日の打ち合わせの資料を…」
     次々と口から飛び出すタスクの多さに、ジャックは眉を下げた。だが、ケイトの表情には疲労の色が濃いながらも、どこか充実感が漂っている。大変だと言いながらも、その瞳はきらきらと輝き、館長という立場を心から楽しんでいることが伝わってきた。それは、かつて万波元館長が犯した過ちを乗り越え、WWAを新しい形で守り、発展させようと奮闘するケイトの覚悟のようにも見えた。
     ジャックの胸に、ふと温かい感情と、それを掻き消すような一抹の寂しさがよぎる。
    「…もしよかったら、この後、ご飯でもどうかな?」
     ほとんど無意識に、そんな言葉が口をついて出た。しまったと思ったときにはもう遅く、ケイトの手がぴたりと止まる。言ってしまってから仕事で疲れてるのに、とか迷惑じゃないだろうか、とか次々と湧き上がってくる言葉を飲み込み、じっとケイトの答えを待つ。書類の文字を追っていたケイトは、その動きを止めてジャックへと振り向いた。
    「え、いいの?久しぶりだね!行こう!どこにする?最近できたパスタの店とかどうかな?あそこのカルボナーラが絶品だって…」
     弾んだ声で、ケイトが笑顔を向ける。持っていた書類を鞄にしまい込みながらスタッフジャンパーに手をかける。久々に見るその表情に、ジャックの心は安堵とともにわずかに浮き上がった。しかし、その刹那、ケイトのズボンのポケットから軽快な着信音が鳴り響く。
     ケイトは一瞬、眉をひそめたが、すぐに申し訳なさそうな顔でスマホを取り出した。画面に表示された相手の名前に、ケイトの眉間にしわが寄る。
    「もしもし、はい…え、今日中にですか?はい…はい、わかりました。すぐに取りかかります」
     通話を終えたケイトは、がっくりと肩を落とした。肩まで脱ぎかけていたスタッフジャンパーを慌てて羽織り直すと、再び書類を抱え、その視線はジャックへと向けられる。
    「ごめん、ジャック。スポンサーさんからで、どうしても今日中にって。急ぎの企画書を作らないと…」
    「…そっか、あまり無理しちゃだめだよ」
     ケイトは何度も「ごめん」と謝りながら、スタッフジャンパーの裾をひるがえし、スタッフルームを慌ただしく飛び出していった。その背中を見送るジャックの胸には、複雑な感情が渦巻く。ケイトが忙しくしているのは、WWAのため、そして何より館長としての責任を全うするためだ。彼が輝いている姿は、ジャックにとって誇らしくもある。しかし、以前のように気軽に声をかけることもできず、ゆっくりと話す時間すらままならない現状に、寂しさが募っていく。
     頑張っているケイトの邪魔をしてはいけない。そう頭では理解していても、心の中にはもやもやとした感情が澱のように溜まっていった。ジャックは、誰もいなくなったスタッフルームで、再び深く息を吐き出した。
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