おとに、なる。耳をすませば聞ける音。
そばだてなくても届くこえ。
ふと目が合って驚いた。
ギターの弦に落ちていた、その目は何かに気づいたように持ち上がったから。
きょとり瞬いた。その瞳は不思議そうに眺めて。
「なに?」
不機嫌にも似た声が飛んできた。
「なにも…」
声にも出してないじゃないか、と。
口にしかけて首を傾げた。
「そっちこそ」
何よ?
こちらの方こそ不思議であると態度で示せば、ほんの少しだけ彼は逡巡したようである。
「なにが?」
「声」
「なに?」
「…しなかったけど」
「はぁ?」
「顔、あげたじゃない」
「…呼…んでねぇけど」
「誰が?」
「…誰でもいいだろ」
「何よー」
むぅ。と、頬を膨らませれば肩の上で相棒が「キィ」と鳴いてくれた。
彼の目がグババを撫でて、ぼりぼりと少し乱暴に彼の手が後頭部の辺りをかいている。
「気のせいだろ?」
「気のせいだけど…」
「なに?」
「何でもないわよ!」
またぷぅと、己の頬が膨らんだような気がするし、肩の上のグババは、また「キィ」と鳴いている。
「グババが」
「なに?」
「呼んだの?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「だって」
あたしは呼べてない。
言葉にならずむぅと口を曲げると、彼は少しだけ視線を手元に落として。
グババが「キィ」と、肩の上で鳴いている。
「お前だろ?」
「なにがよ」
「呼んだの」
「呼んでないわよ!!」
声になどなりようもないのだから。
言い掛かりへの反応にも似た声は宙返りするようにまろびでて。
言葉をうまく繋ぐこともままならない。
「…呼べてないもん」
「なにが?」
「何でもない」
「…何でもないって顔じゃねぇだろ」
それ。
彼が顎で示すと同時、肩の上でグババが「キィ」と鳴いて。
二対一の比率が変わったことに気が付いた。
「グババ」
「キ」
「もう!」
触れていたベースケースの魚を見下ろして、ほんの数瞬言葉を探した。
突き詰めれば簡単で言葉にするのは難しい。
どうでも良いことではあるし、どうでも良いわけでもない。
叶うならと願う言葉はきっと音にもなれず渦巻いて。
「練習」
「…」
「練習するんでしょ?」
「…お前が遅れるからだろ?」
「あんたが速いんじゃない」
いつもをなぞるだけで精一杯だ。
画面越し、彼の顔を眺める。
「…何?」
「なんでもない」
「そーかよ」
「…そーよ!」
触れることもままならない。そんな距離さえ。
彼には然程の障害にもならない。
「ねぇ、バサラ」
「んー?」
ギターに視線を落とした、彼の睫毛を眺めように目をふせた。
「呼んでたかもしれない」
「なにが?」
「なにか」
「─なに?」
「歌になる前の音」
「─ふぅん」
届くかどうかもわからない、そんなおとを。
「なら、歌えよ」
ジャラリ。音は弾かれて。
「うん」
届くまで。
紡げるまで。
響くように。
その、おとを。
「いくぜ」
「うん」
すぅと吸い込んだ空気は喉を通って。
吐き出す音にするりと溶け込んだようだった。