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    toko_dono

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    toko_dono

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    探偵五と依頼人乙くんの五乙未満です
    主人公は伏くんです
    モブだらけの〇人事件の話ですが有りえんトリックを採用しています
    突っ込まないでいただけると助かります

    探偵パロ「伏黒君、お願い、助けて」

    伏黒恵は唯一尊敬する先輩である乙骨憂太からの電話をアルバイト先の事務所で受け取った。その声音は今まで聞いたことのないような弱弱しく、今にも泣きだしそうなものだった。だからすぐさま伏黒は事情を聞きつけて、彼のアルバイト先のボスを引き連れ乙骨の元へと向かった。

    「な~んで僕がこんな離島に来なきゃなんないの~」

    手ぶらでアロハシャツを着たグラサンこと五条悟は浮かれ切った格好のくせして不機嫌そうに嘯く。そんな様子に苛立つが今回ばかりは五条に来てもらわねばならない。なんせ彼こそが乙骨の求める助けに必要な伏黒のボスであり名探偵五条悟なのである。ちなみに五条が手ぶらなのは伏黒がすべての荷物を運んでいるからだ。背中には大きなリュック、両手には大きなトランク。伏黒の荷物は肩にかけたスポーツバック一つだから残りはすべて五条の荷物だ。お前は女優かと言いたい気持ちをぐっとこらえる。

    何と言っても伏黒の尊敬する先輩は今、殺人事件の容疑者とされているのだ。

    「てかさ~恵の先輩運悪すぎじゃない?リゾートバイトで殺人犯にされるなんてなかなかないよ?」
    「乙骨先輩の運が悪くても俺が助けるんで問題ないです」
    「いやいや助けるの僕でしょ?」

    乙骨は夏休みを利用して離島にある別荘で使用人のアルバイトをしていた。期間は2週間で掃除洗濯ベッドメイクなど別荘の所有者たちが快適に暮らせるように努めていたらしい。そこに舞い込んだ殺人事件でやってもないのに決定的な証拠が出てきたという理由で殺人犯の第一容疑者にされているらしいのだ。

    五条のいうように運が悪いとしか言いようがない。だが、運が悪いのはいつものこと。海や山や遊園地に行こうとするといつも雨。ついでにスピードを出しすぎた車が通って全身びしょぬれになるまでがデフォルトだ。買い物に行けば目の前で目当てのものは売り切れ、食事に行けば注文した品は食材切れで終わっていたなんてのもよくある話。

    そんな不運にばかり見舞われているのに乙骨はいつも笑っている。「僕で良かった」って言ってしまえる善性がいつだって悔しくて愛おしい。そんな伏黒の先輩がとうとう犯罪に巻き込まれてしまったのだ。気に食わないバイト先のボスに頭を下げて頼み込むくらいなんてことない。いや、少しばかり嫌みったらしい態度に腹が立つが。

    「ここです。藻部山家の別荘」
    「ちっさ!」

    五条はそういうが、それは彼の実家が城だからだ。白亜の壁にオレンジの屋根。大きな窓のある平屋だ。バルコニーにはビーチチェアが2脚ある十分に広い別荘だ。離島にまで来ておいて未だにぶつくさ文句を言う五条を放っておいて伏黒はトランクから手を離して呼び鈴を押す。五条探偵事務所のものだと告げれば門扉は開いた。

    「伏黒君!ごめんね、本当にありがとう」

    玄関扉を開けた先に飛び込んできたのは乙骨だ。本当に申し訳なさそうな、今にも泣きだしそうな表情で乙骨は伏黒と五条を出迎えた。すぐさま「持つね」と伏黒の大荷物へと手を伸ばしたのだが、その荷物は五条が手を取った。それに驚いた乙骨が視線をあげる。サングラスを外した五条が乙骨を見つめて言った。

    「大丈夫。僕が持つからね。それより中を案内してもらえる」

    にっこり笑った五条の顔に、伏黒は嫌な予感がする。なんせこの無駄に整った顔を前面に押し出すのは、それを武器と確信しているとき。つまりは好みの女を落とすとき。乙骨は女性ではないが整った可愛らしい顔をしている。この人、男もいけるのか。そんな驚愕の事実に打ちのめされている伏黒をよそに、乙骨は五条が今まで狙った女とは異なる反応を示す。

    「いえ!僕の仕事なので荷物も運びますよ」

    にっこり笑って伏黒の運ぶトランク×2とスポーツバックをさっと奪って歩き出す。ぽかんと口を開けた五条に伏黒はそっと告げる。

    「乙骨先輩、虎杖にステゴロで勝てますよ」
    「うそ!あんな可愛いのに!」

    やはり乙骨を狙っていたようだ。油断も隙もない。ちなみに虎杖とは伏黒の通う高専の同級生で「高専の虎」という二つ名を持つほど喧嘩の強い男だ。そんな虎杖が喧嘩しているのを簡単に止めたうえで叩きのめしたのが乙骨だ。

    伏黒と五条にはそれぞれ別の部屋が用意された。そのうち、五条の部屋に集まって乙骨から詳しい話を聞いた。現在別荘に滞在しているのは藻部山家の三兄弟、藻部山一郎と二郎と三郎。そして乙骨と同じく掃除洗濯を担当する裳武川明戸という女性と茂分谷長利という料理担当の男だ。

    「殺されたのは藻部山一郎様です。ダイニングメッセージで“乙”って血でかいてて、それで僕が犯人として疑われているんです」
    「先輩、それ多分ダイイングメッセージです」
    「えっ?」

    みるみる内に乙骨は真っ赤になった。しまった、つい本当にことを言ってしまったがここは聞き流すべきだった。伏黒が後悔するより早く五条が動いた。

    「大丈夫だよ乙骨憂太くん。そんなのは全然問題じゃない。それよりもう少し詳しく、そうだな、一郎氏の死んでいた状況とか教えてくれる?」

    青い目を細めて五条は言う。完全に口説きモードだ。だが伏黒の尊敬する先輩はそんなものに気づくことはない。世の中の婦女子なら真っ赤になってしまうようなイケメンのキメ顔にも動じることなく「はい」と返事をする。

    「一郎様はご自分の部屋で死んでいました。ドアの付近に額が血だらけのうつ伏せ状態で倒れていたんです」
    「その部屋って見える?」
    「はい。ご案内します」

    五条の要望にすぐさま乙骨は答える。そして一郎の部屋へ向かうべく席を立ったのだが、そこで恵は五条に別行動を言い渡された。この野郎、本気で先輩を口説くきだな、と思ったのだが二手に分かれて捜査した方が手っ取り早いと言われればその通りだ。早く乙骨を安心させることが伏黒の最優先事項だ。

    一郎の部屋に向かう五条と乙骨を少々不安に思いながらも見送る。まさかいきなり押し倒したりはしないだろうが、あんなに素顔をさらす五条を伏黒は初めて見た。普段はしているサングラスを乙骨に出会ってから彼は一度もしていない。

    以下は伏黒のまとめた証言である。

    裳武川明戸の証言
    刑事さんは午前10時から12時までの犯行だって言っていたわ。私はそのころ屋上で洗濯物を干していたの。洗濯と掃除は私と乙骨君で担当していたのだけれど、じゃんけんの結果、私が洗濯、乙骨君が屋上以外のお掃除担当になったの。洗濯と屋上清掃が終わったのは12時前よ。それまでに乙骨くんが二郎様と三郎様に昼食の連絡をしていたわ。一郎様はお部屋にいなかったみたいね。ノックしても返事がなかったって言ってたわ。12時からは乙骨君と一緒に昼食の給仕をしていたわ。いつまでたっても一郎様が来ないから二郎様が三郎様と一緒に呼びに行ったの。そしたら一郎様が・・・。私も一人で洗濯をしていたから犯行時刻のアリバイはないの。ダイイングメッセージがなかったら私が犯人にされていたかもしれないと思うとぞっとするわ。

    茂分谷長利
    私は朝食の準備が終わった午前8時から本土へ行っていました。給仕は乙骨君と裳武川さんがしてくれますから。明日は次郎様がお友達を連れてくるということで本土で明日のディナーの食材を探していたのです。11時には戻って昼食の準備を始めました。11時から12時まではアリバイはありません。一人で調理していたものですから。凶器は鈍器のようなものと聞いています。ここにある包丁だったら私が疑われていたでしょう。変わったことと言えば一郎様は最近物音に悩まされて眠りが浅かったようです。よく眠れるように庭で育てているカモミールを使ったハーブティーをご用意していました。

    藻部山二郎
    俺はずっと庭にいたよ。今DIYに凝っててさ。椅子を前に作ったから今度はテーブルを作ろうと思ってさ。庭で自作してたよ。乙骨君が12時前に呼びに来てくれて昼食が始まったんだけど兄さんが全然来なくて弟と様子を見に行ったんだ。そしたら扉を開けようとすると何かに引っかかって全然開かなくてね。それで窓側から弟と兄さんの部屋に入ったんだ。兄さんの手元には血で書いたのか“乙”ってラグには書かれてたよ。その字は俺が最初に見つけたよ。えっ?窓は閉まってたけど鍵は開いてたな。

    藻部山三郎
    僕は自室でネットゲームをしてたんだ。窓を開けていたから庭からギコギコのこぎりの音が聞こえたっけ。多分二郎兄さんだと思う。最近DIYに凝ってるし。12時前には乙骨が昼食だって呼びに来たな。その時に兄さんたちの居場所聞かれたから二郎兄さんは庭にいるっ伝えたっけ。そのあと食堂にいったけど、一郎兄さんがこなくてさ。二郎兄さんが呼びに行こうって言ったから一緒に行ったんだけどドアが開かなくて、二郎兄さんと窓から中に入ったら一郎兄さんが死んでたんだ。二郎兄さんが一郎兄さんの指先に“乙”って字を見つけたんだ。ねぇ乙骨が犯人でしょ?なんでまだ捕まんないの?

    七海健人刑事
    大変ですね伏黒君。あの人のお守りは。事件については調査中としか言えません。凶器?まだ見つかってませんよ。

    一通り関係者の証言をまとめて伏黒は五条のいる犯行現場である一郎氏の部屋へと向かった。多分、いや、間違いなく五条は乙骨を口説いているだろう。だからノックをして部屋に入る。

    「五条先生、関係者の話まとめてきました」
    「ありがと恵。こっちも大体分かったよ」

    ドアを開けてすぐに話で聞いた通りの血文字の「乙」とその付近が血だまりになっていることから、来訪者を迎えるためにドアを開けてすぐ何らかの鈍器で殴られ後方へ倒れたと推察する。そんな凄惨な現場で乙骨の肩を当然のように抱く五条は何なのだろうか。百歩、いや一万歩譲って容疑をかけられ不安がる乙骨を慰めていると思えなくもない。いや、思えない。なんせ乙骨が困り顔だからだ。この顔はプードルに吠えまくられたときの顔だ。あのとき乙骨はプードルに触りたかったはずだ。

    「先生、セクハラですよ」
    「何言ってんの恵?僕ら仲良しだもん。ねー憂太」

    いつの間にか名前呼びになっている。乙骨は困ったように、むしろ助けを求めるように伏黒を見ている。だから伏黒は助ける。乙骨の肩に回った五条の手をつまみ上げれば、乙骨はその場を離れた。痛たとわざとらしく手を振って五条は微笑みながら言う。

    「ここは現場だよ。よく見ておきな。もう事件は解決したも同然だ」
    「えっ、もう?」

    乙骨が驚きの声をあげるが、不思議なことはない。話を聞くだけで解決してしまうような安楽椅子探偵ではないが、五条悟は今現在、日本で最も有名な探偵である。その確かな推理力に昔、伏黒も助けられた。

    五条の言葉に従って、伏黒はあたりを見回す。外からも見えたビーチチェアのあるバルコニーにはこの部屋からも行けるらしい。外に出れば強すぎる日差しが伏黒を襲う。時刻は既に16時だというのに、衰えを知らぬ太陽はとても眩しい。

    床に敷かれた大きな丸形のラグの一点には血だまりと血文字。扉付近で殴られて、そのまま倒れたとして、血だまりは倒れた先の頭の位置だろう。その他に血の付いたところはないだろうかと部屋を見回す。

    「こんなところに血が」
    「いい着眼点だね」

    バルコニーへと出られる大窓にかかっているカーテンに僅かながら血がついている。こんなところまで血が飛んだのだろうか。扉とは対面する位置にある大窓のカーテンだ。つまり扉を開けたところを殴られたのであれば、殴られたときにカーテンへは背を向けていたはず。もちろん殴られた額も窓を向いてはいない。

    扉とカーテンまでの距離はそこそこあるが、遮蔽物はない。勢いよく血しぶきが飛べばカーテンにつくのだろうか。首を捻りながら伏黒が窓に近づいてみればバルコニーに置かれた大きなビーチチェア。どうやら脚はビスで固定されているようだ。

    「出てみたら犯人なんか一発でわかっちゃうよ」

    ニヤニヤ笑う五条はいつの間にか救出したはずの乙骨の肩をまた組んでいる。先輩、相変わらず隙だらけですね、と思わないでもないが今は乙骨の救出より犯人捜しを優先したい。それが乙骨のためになるのだから。

    「五条さんは、僕が犯人じゃないって信じてくれるんですか?」
    「僕には真犯人はもう分かってる。そうじゃなくても君じゃないのは分かるよ」

    五条の言葉に呆ける乙骨をおいて、伏黒はがらりと窓をフルオープンにしてバルコニーにでる。ウッドデッキは自然あふれる屋敷によく合う。同じくウッドテイストの長椅子でゆっくりするのはさぞ気持ちよいだろう。そこで伏黒は気づいた。椅子にも少量の血がついていることに。そして見上げた先、大きな窓の上の壁に、不自然に空いた小さな穴。

    「そういうことか」
    「や~っと恵も気づいたみたいだね」
    「えっ?えっ?」

    伏黒に続きバルコニーに出てきた五条が乙骨を伴って傍に来た。結局またしても五条の指導の下、犯人にたどり着いたというわけだ。訳が分からないままの乙骨に伏黒は向き直る。

    「先輩。俺、犯人分かりました。もう大丈夫ですよ」
    「伏黒君・・・」
    「じゃ~関係者全員呼んで犯人当てしよっかー!」

    乙骨が伏黒に何か言おうとするのを遮り、五条は努めて明るく話題を切り替えた。どうせ伏黒を乙骨が褒めようとするのが気に食わないのだろう。五条が顔見知りの刑事である七海に言って、現場である一郎の部屋に全員を集めた。事件現場だからか数人の顔色が悪い。

    「みなさまお待たせしました。この名探偵の弟子が事件の真相を説明するよ。これでみんな安心できるね、犯人以外は」

    にこにこ笑顔で五条は語る。その言葉にかみついたのは三郎だ。

    「犯人って、そりゃそこにいる乙骨だろ?」

    五条の隣に立つ乙骨を指さして三郎は言う。その言葉に七海を除いた皆が同意しているようだ。悪意にさらされた乙骨は俯いてしまうが、隣の五条が安心させるようにサングラスをずらして乙骨へと微笑む。七海は「皆さん落ち着いて」と全員をなだめた。

    「この事件を乙骨くんの仕業と決めつけるのは時期早々です。凶器も見つからずアリバイという点では全員にはありません。強いて言えば庭にいたことが証明されている二郎さんには難しいでしょうが」
    「だけど、兄さんは乙って書いてましたよね?普通、死にかけの人間が書くとしたら犯人の名前でしょう?」

    七海の言葉に今度は二郎が異を唱えた。確かにそれが問題だ。なぜ一郎が犯人でもない乙骨を示す字を残したのか、それは未だ伏黒には分からない。だが、その答えは師である五条があっさり看破した。

    「え~これ乙って字なの~?2って数字にも見えるよ?そーいや二郎って奴いたよね~」

    わざとらしく五条は笑う。先ほど七海が犯行は難しいといった二郎にわざわざスポットを当てる。だがそれもそのはず。その男こそが乙骨に罪を擦り付けようとした殺人犯なのだ。そういえば一郎のメッセージを「乙」と初めに読んだのはこの男だ。

    「何を言っているんですか!俺が無理だってさっき刑事さんが言ったでしょう!ねぇ刑事さん」

    慌てて二郎は七海へと助けを求める。ゴーグルのような眼鏡をくいっと上げて七海は頷いた。

    「確かに、一郎氏は扉を開けたところを襲われている。ずっと庭にいた二郎さんには難しいでしょう」
    「ほら!」

    歪な笑みを浮かべる二郎の言葉に五条は肩をすくめて伏黒を見た。ここからの説明は任せるということだろう。五条の隣で心配そうに伏黒を見つめている乙骨を安心させるように、慣れない笑顔を向けた。そして二郎に向き直る。

    「それは一郎さんが本当にドア付近で殺された場合でしょう。考えてもみてください。一郎さんはドアを塞ぐように倒れていて貴方と三郎さんはドアを少しも開けられなかった」
    「それが何なんですか」
    「確かに言われてみれば可笑しいですね」

    七海は顎に手を当てて思案気だ。その様子に話が見えないという表情の聴衆たちに伏黒は説明を続けた。

    「犯人を招くため内開きのドアを一郎さんが開けたのなら、ドアが開けられない位置に一郎さんがいるのは可笑しいでしょう。部屋のドアは発見されたときは閉まっていた。死人が閉まったドアに近づくはずもないし犯人がドアを閉めてから遺体を近づける必要もない」

    確かに、と裳武川と乙骨の声が同時に漏れた。扉から招き入れた直後に額を殴られたのなら扉を開閉できない位置にいるはずがない。つまりドアから招き入れた時に殺されたのではない。

    「一郎氏はうつぶせで倒れていましたが殴られたのは額です。正面から殺すのは不意を突かねば難しいからこそ扉を開けた瞬間を狙われたかと思いましたが、それがそもそも間違っていましたね」

    七海の解説に伏黒は頷いた。ドア付近で額を殴られていたからドアを開けた時に殴られたと思い込んでいたのだ。

    「一郎さんがドアを塞いでいたから犯人はドアから部屋を出ていない。窓から出たんだ。そして、窓の外にはあなたがいましたよね。二郎さん」

    伏黒の言葉に皆の視線が二郎へと移る。二郎の表情がだんだんと凶悪なものに変わっていく。この瞬間が悪趣味な伏黒の師は好きだと言っていたが、追い詰められた小物に伏黒は興味などない。

    「俺はずっとテーブルを作っていたんだ。その時の音を三郎が聞いていただろう。殺しなんて俺にする暇はないさ」
    「そっ、そうだ。兄さんの出すノコギリの音や釘を打つ音、道具を引きずる音を僕はずっと聞いていた。殺し何て無理だ」

    二郎に次いで三郎も異を唱える。だが彼らの言葉に伏黒は二郎の犯行を確信した。

    「こちらに来てください」

    伏黒は皆をバルコニーへと案内した。そして示すのは窓の上に開けられた穴とビーチチェアの背についた血痕。

    「二郎さんは犯行に振り子を使ったのでしょう。一郎さんを眠らせ椅子に座らせて、その額めがけて振り子で凶器を飛ばした。椅子についた血は振り子の重しがぶつかって付いたのでしょう」

    振り子の支点は当然窓の上にある穴だ。不眠気味の一郎に睡眠薬を飲ませて椅子に座らせた。その椅子は二郎が自作したもので既に解体されているだろうが。そして窓を開けて振り子を振れば、一郎に激突、額が割れて目覚めた一郎が苦しみまぎれに地面へと2という文字を残した。その時の音は釘でも打って誤魔化せるだろう。その後はドアから犯人が侵入したと思えるように一郎が文字を書いたラグごと死体を引きずって発見場所に運んで凶器と椅子を回収した。

    ちなみに一郎が悩まされていた物音は振り子を使ったトリックの練習中に窓に凶器が当たった音だろう。

    伏黒がちらりと五条を見れば満足そうに頷いている。どうやら伏黒の推理は間違ってはいないようだ。だが、追い詰められた犯人はこれでは終わらない。

    「じゃあその凶器はどこだ?凶器が見つからないから乙骨君も捕まえられなかったんでしょ?刑事さん」
    「まぁそうですね。状況証拠だけでは逮捕できませんから」

    にやりと一郎が嗤う。それが問題なのだ。苦虫を潰したような表情を見せた伏黒に一郎は満足そうだ。ここまで来て駄目なのだろうか。考えろ。頭を回せ。不意に、大きな手が伏黒の頭に乗った。わしわしと撫でるそれに目を向けると、サングラスの隙間から五条の青い瞳が漏れた。

    「及第点ってとこだね。でも、良くやった」

    敵わない。この男にはやはり。完全に助けられなかった大切な先輩へと視線を移せば、彼は優しく微笑んでいた。そしていう。

    「ありがとう伏黒君。僕のために頑張ってくれて」

    頑張ったところで足りなかった。全然足りなかった。悔しさに目頭が熱くなるのを乱暴に腕でこすった。こうなれば続きは五条に任せるしかない。

    「七海、その長椅子の下の床、取れるよ」
    「えっ?」
    「やめろー!」

    二郎の言葉を無視して七海は膝をつき固定された椅子の下を調べた。そして手袋をつけてからウッド調の床を剥ぎ、腕を伸ばした。

    「血痕付きの女神像。これが凶器ですね」

    床下からは女神像のほかに解体された椅子の残骸も出てきた。それらは全て鑑識に回されることとなる。この暑い中、汗一つかかずに血まみれになった椅子の解体は難しいだろう。二郎か観念したかのように膝をついた。

    「くそっ!」

    そして事件は幕を閉じた。問題はあと一つだけ。気を抜くとすぐに乙骨の肩に回る五条の腕だ。この男の女性関係はある程度知っている。一夜限りの恋だとか、ワンナイトラブだとか、つまりは性欲処理のための都合の良い人間を好んだ。乙骨はそのようなタイプではない。それは出会ってすぐの五条にだって分かるだろう。

    「五条さん伏黒くん。本当にありがとうございました。お二人がいなかったら僕は逮捕されていたかもしれません。本当にありがとうございます」

    勢いよく頭を下げた乙骨に五条はわざわざサングラスを外して応える。礼など必要ないと、いつもの五条からは考えられないような優しい顔をして五条は告げる。

    「依頼を受けたからだよ。依頼料は100万でいいや」
    「ひゃ・・・ひゃくまん・・・」
    「え~格安だよ~」
    「解決したのは俺です。依頼料はいらないでしょう」

    五条の提示した金額に愕然とする乙骨に伏黒はすかさず反論する。爪が甘い上に五条に助けられたとはいえ解決したのは伏黒だ。伏黒は依頼料などいらないし、そもそも乙骨からそんなもの求めていない。

    「そうはいかないよ。事務所のボスは僕だ。払えないなら憂太、君には僕の事務所で働いてもらっていいかな?」
    「僕が五条さんの事務所で?」
    「そっ!こんな危ないバイトさっさと辞めて僕のとこにおいで」

    五条の慈愛を感じさせるような表情は長い付き合いの伏黒でさえ初めて見た。そんな表情を浮かべているが五条は乙骨に何一つ選択肢を与えてはいない。100万という大金を一介のそれも諸事情により親元を離れている乙骨が払えるはずはない。だから乙骨は五条のもとに行くしかない。

    そんな理不尽に恐らく乙骨は気づいていない。彼のことだ、むしろ依頼料を支払えない己を助ける方法を提示した五条を優しい人と認定している可能性すらある。が、乙骨と同じアルバイトをできるのは伏黒としてもありがたい。巻き込まれ不幸体質の乙骨を守る機会が増えるのだから。

    「分かりました。刑事さんに呼ばれているので、詳しい話はまたあとでいいですか?」
    「うんいいよ。七海のとこに行っておいで」

    にっこり笑う五条に初めて乙骨は頬を染めて再び頭を下げる。まずい。五条の本気顔面に勝てる人物など早々いない上に乙骨は懐に入れたものにはとにかく甘い。五条に落とされる未来が既に見えるが、何としても避けたいとは思う。乙骨が去ったあと、伏黒は聞いた。

    「何で乙骨先輩を気に掛けるんですか?あんたの好みじゃないでしょ」

    伏黒の知る五条のタイプはムチムチボディの胸と尻の大きい女だ。間違っても細身で男の乙骨ではない。睨みつける伏黒に五条は笑いながら言う。

    「憂太は僕のお婿さんだからね。助けるのは当然でしょ!」
    「何言ってんスか?」

    五条は少しだけ寂しそうにして、それから笑う。遠い過去を思い出しながら五条は語る。

    「乙骨家は五条家の遠い分家でね。憂太とは昔あったことがある。そのとき将来僕のお婿さんになってくれるって憂太は言ったんだけど、全然覚えてないみたいだね、あれは」

    肩をすくめる五条に、伏黒は一つ思い出したことがある。それは以前乙骨が言っていたことだ。語る乙骨は過去の出来事に思いを馳せひどく愛らしい顔をしていた。だが、その事実を五条に語る必要はない。いつの日か五条と乙骨が結ばれることが運命だとか天命だとしても認めたくないものは認めたくない。

    「けど、僕はもう十年以上憂太だけが好きなんだよ。僕の呪われた目を綺麗だって言ってくれた初めての子。絶対はなさない」

    自信満々に語る五条に、乙骨先輩も同じ気持ちですよ、とは言えなかった。以前聞いた乙骨のお嫁さんの話を思い出す。

    『小さいころにお城みたいなお家で出会った女の子がいたんだ。巫女の衣装を着ててすごくきれいな舞を踊ってた。僕よりずっとお姉さんだったんだけど、その人が言ったんだ。大きくなったら僕のお嫁さんになってって。でも僕は男だからお嫁さんにはなれないけど、お婿さんにならなれるよって。そしたらお姉さんはじゃあお婿さんになってって言ったから僕はいいよって答えたんだ。白い髪に綺麗な青い目の本当に素敵なお姉さんだったんだ』

    その人のことが今でも好きだと乙骨は語っていた。その人が今でも乙骨を愛してくれていれば最高に幸せだと言っていた。その美しい思い出の人物が、恐らく五条悟だ。五条は乙骨が気づいてくれるように彼が好きだといった目をさらし続けていたのだろう。だが乙骨が気づくことはない。なんせ出会ったのは綺麗なお姉さんであってお兄さんだとはかけらも思っていないのだから。

    運命の出会いは乙骨が5歳、五条が16歳のころだ。十年以上前のことをお互いが覚えているだけでも奇跡だろうに、決定的なすれ違いによって奇跡の再開が気づかれることはなかった。それを正すのが優しさであろうが、そんな優しさは持ち合わせていないので伏黒は一つだけ五条に忠告した。

    「乙骨先輩、俺以外にもセコムいっぱいいるんで気を付けてくださいね」
    「えっ?何それ、詳しく教えて?」
    「嫌です」

    今の五条が過去の五条を上回ったとき、きっと乙骨は悩むだろう。だからその時まで伏黒は乙骨の想い人について口をつぐむことにした。

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