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    mochikuinee

    @mochikuinee

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    mochikuinee

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    3/17 俺の兄者の新刊「眠れぬ夜に一服」のサンプル(仮)です。
    眠れぬ兄者とそんな兄者を見守る弟が夜な夜な茶を飲む話です。全年齢にしようか、成人向けにしようかまだ悩んでいます。

    (膝髭)眠れぬ夜に一服 身動ぐ気配がする。
     既に灯りは落とされ、真っ暗闇に包まれた部屋の中。布団を二組繋ぐように敷いて仰向けになった膝丸は暗闇に小さく漏れる衣擦れの音を聞いていた。
     隣に横たわるのは兄の髭切だ。すっかり布団に包まってしまっていて見えないが、寝ているのか、それとも眠れないのか、枕へ頭を擦り寄せる音や掛け布団の中で手だか足だかを僅かに動かす音が微かに聞こえてくる。寝ているのであれば随分と騒がしい夢を見ているのだろうが、膝丸が耳を澄ますと時折ため息のように重たい呼吸が聞こえてくるので、恐らく眠れないのだろう。
     髭切には時折こうして眠れない夜があるらしい。膝丸が初めにそれに気がついたのは、遠征から帰ってきた日の夜だった。帰りは夜になると伝えてあったので、てっきり先に寝ているものかと思っていた兄が、膝丸が寝る準備をしていると突然むくりと起き出してきたのでぎょっとした。起こしてしまったかと焦る膝丸に、髭切は「なんだか寝付けなくてね」と静かに笑ったので、それはこれ以上膝丸が気にしないようにという髭切の優しさかと思っていたのだが、そういうことが二、三度続いてようやく、ただ本当に寝付けない日があるようだと気がついた。別に日常的に眠りが浅いとかそういうわけではないらしい。一度寝てしまえば、そのあとは朝までぐっすりと寝ているし、更にいうならば別に不眠症というわけでもないようだ。きちんと眠れる日の方が多い。けれど時折こうして眠れない日がある。理由は髭切自身にもよくわからないと聞いているが、体に異常があるということはない。手入れをしても改善するわけでもなく、こうして気まぐれのように不意に眠れなくなるのだそうだ。ただ近くで見ている膝丸が思うには、雨の日の前であったり、朝晩の寒暖差が続いたりとそういう時に眠れなくなっているように思えた。季節の変わり目などは特に、膝丸でも身体の僅かな違和感を感じたりするのだ。そういう違和感が髭切へ眠れないようにいたずらするのだろうと考えることは容易である。
    「ん……」
     膝丸が思考の波に呑まれているうちに、髭切は結局寝ることを諦めたようで、小さく唸り声がしたかと思えばむくりと身体を起こして静かに伸びをした。膝丸はすっかり暗闇に慣れてきた目でその様子をじっと眺める。そうしていると偶然こちらを向いた髭切と目が合って「わ、びっくりした」と言われた。
    「眠れないのか、兄者」
    「ありゃ、起こしてしまったかい?弟」
     髭切に倣って身体を起こすと、少しだけ申し訳なさそうな声に問いかけられる。どうやら自分が身体を起こしたことで膝丸が目を覚ましてしまったのだと思ったようだ。膝丸はそれにゆっくりと首を振ると、
    「いや、俺も寝付けなかったのだ」
     と答えた。すると途端に隣から安堵する気配がして同時に、 
    「そう、ならよかった」
     と聞こえて膝丸も安堵する。ただでさえ眠れないことで疲れているだろう髭切にこれ以上気を負わせることはしたくなかったし、膝丸も部屋を暗くして横になったものの寝ようという意思は実のところそれほどなかった。ここ数日、梅雨の長雨の影響もあってしばらく蒸したり、冷えたりを繰り返していたこともあり「近いうちにまた兄者が眠れなくなるのでは?」と考えた膝丸はその日から寝る前に必ず耳を澄ますと、髭切の寝息を確かめるようにしていたのだ。髭切が寝ていれば自分も寝るし、眠れていないようであれば髭切が眠るまで眠らずに過ごした。声をかけることはしない。あくまで耳を澄ませて、髭切が起きてるのか寝ているのかを確認するだけだ。もし声をかけたタイミングが実はもう少しで眠れそうだった、なんてことになれば居た堪れない。そういうこともあって膝丸は毎夜息を殺しては、穏やかな寝息や退屈そうな衣擦れの音にそうっと耳を傾けていた。
    「お茶でも淹れようかな」
     もぞりと身動きした髭切が枕元にある小さなライトをつけながら言った。行灯のような柔らかな灯りがほんのりと髭切の顔を照らして、暗闇に慣れていた膝丸の目に眩しく映る。きらきらと柔らかな象牙色の髪に、甘そうに蕩ける蜂蜜色の瞳。滑らかな白い肌には毛穴ひとつ見当たらず、愛らしいまなこを縁取る羽のような睫毛が影を落とす。昼間の兄も美しいが、夜にこうして見る兄の艶麗さにはただただ息を呑むばかりだ。
     そうやって見惚れていると柔らかな双眸が緩やかに弧を描く。その甘さに膝丸が面食らっているうちに、ふっくらとした薄紅色の唇が小さく動いて、
    「お前もどうだい」
     と言った。願ってもない誘いに膝丸は無意識のうちに寝巻きの胸元をきゅっと握ると、弾んでしまいそうになる声を潜め「よいのか」と静かに問いかける。
     声は潜められても、どきどきと心の臓はうるさいままだ。ゆっくりと息を吸って落ち着かせようとしても、そんなのは気休めである。耳の先までじわじわと熱くなって、頬は焼けてしまいそうだ。
    「勿論だよ」
     優しく歌うような声が膝丸の鼓膜を撫でて、心の臓はもっともっとうるさくなった。部屋が蛍光灯の灯りでなくてよかったと思う。橙色の灯りは、恐らく不自然なほど熱くなって赤みを増す膝丸の耳の先をうまく誤魔化してくれていることだろう。 

     「じゃあ、用意してくるね」
     そう言って髭切は部屋を出ていった。膝丸も手伝うと申し出たのだが、柔らかに微笑まれ「お前は卓袱台を頼むね」と言われてしまえば部屋に残る他ない。膝丸は言われた通り折り畳み式の卓袱台を持ってくると、空いているスペースへと慣れた手つきで組み立てた。然程大きいものではないが必要な時にだけ出せるのが意外と便利で、顕現してからずっとこの折り畳み式の卓袱台を使っている。食事は基本的に食堂でするし、書き物をする時も部屋の隅には文机があるので実際二振りで過ごしていても日常的にこれくらいで事足りるのだ。とはいえ部屋に立派な座卓を置いている刀もいるので、あくまでも自分たちは、という意味ではあるが。
     立派な座卓といえば、部屋にこたつのついた卓袱台を置いている部屋もあった。髭切がこの本丸で比較的親しくしている鶯丸の部屋もそのうちの一つだ。季節が冬に設定されると髭切は、膝丸が留守の時に決まって鶯丸の部屋に行っては、古備前のものたちや鶴丸、三日月なんかとこたつに入り茶を楽しんでいたりする。具体的に誰が、とかは知らないがこたつを置いている部屋は意外と多いらしい。ある程度、温度や湿度管理がされている室内ではあるが、冬景色となると流石に冷えた。部屋にこたつを置くのであれば申請すれば数日の間に用意されるので、膝丸は一度髭切に「こたつがお好きなのだから部屋においてはどうだろう」と提案してみたことがある。今使っている卓袱台よりも大きくはなるものの、熱源がついているだけで折りたたみ式の卓袱台なのだと聞いて膝丸はすっかりその気になっていた。それにこの部屋にこたつを置けば、何も毎回鶯丸の部屋へ行かずとも、こちらに招くことも出来るだろう。兄者としてもその方が楽なのではと膝丸なりの親切心だったのだが、肝心の髭切は曖昧に首を傾げて、あまり乗り気でないようだった。結局この件は有耶無耶なまま、そのうちに春が来ていつの間にかこたつの時期が過ぎてしまったのだった。
     あの時、どうして頷かなかったのだろう。膝丸は不意に思い出したことが急に気になり始めた。名前同様、髭切はあまりものに対しても頓着がない。あればあるものを使い、なければないなりに過ごしている。だからこそ、膝丸の提案を曖昧にでも蹴るのが不思議だった。普段の髭切であれば「お前に任せるよ」とか「お前の好きにしたらいいよ」だとか、とにかく膝丸がしたいのであればしたらいいというスタンスの兄である。そういえばあんな風に曖昧に誤魔化すような髭切の様子は、なんだかとても珍しかった。
     座布団を用意しながら膝丸は小さく唸る。明確な拒否ではないが、それでもそれに近しい曖昧さだったと、今思い出してみるとそんな気もする。虫の居所でも悪かったのだろうか。考えてもわかるはずのないことを考えて、膝丸は髭切を待った。先に座ることはない。卓袱台の周りを彷徨いて、結局廊下から「弟、開けておくれ」と声がかかるまで膝丸はこたつのことを考えていたのだが、答えは出るはずもなかった。
     戸を開けてやると両手にそれぞれマグカップを持った髭切が柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。横へ退いて招き入れると空気が揺れてほのかに柑橘のような香りが舞う。膝丸は茶を淹れると聞いた時からてっきり煎茶やほうじ茶かと思っていたので、その香りに面食らった。まさか外つ国の茶を淹れてくるとは考えもしなかったし、そもそもその茶は一体どこから拝借したものなのか。茶や珈琲を喫するものが多い本丸ではあるが、大事な茶葉や茶器などは自室で保管が鉄則となっている。茶器はまだしも、茶葉は同じ銘柄を好むものも多いらしく、各々で保管しなければどれが誰のものなのか、たちまちわからなくなってしまうのだそうだ。それに茶器だって、自分以外の不注意で割れてしまっては大事である。とにかくいざこざが起こる前に自分のものは自室で管理することが、膝丸や髭切が顕現する随分と前からこの本丸での決まり事だった。
     膝丸の驚きが顔に出ていたのだろう、髭切は危なげなく卓袱台へマグカップを置いたのち、焦った表情で何て言葉をかけようか迷う弟を見つめると楽しげに笑った。
    「やだなあ、ちゃんとみんなのお茶にあったやつだよ」
    「……そうか」
     その言葉を聞いて膝丸は胸を撫で下ろす。みんなのお茶というのは、その言葉の通り本丸の皆が好きに飲むことが出来るお茶のことである。経費で購入された大量の茶葉が用意されている棚が、いつしか「みんなのお茶」と呼ばれるようになった。髭切が持ってきた外つ国の茶はそこから拝借したものらしい。みんなのお茶には基本的に大きな茶筒と大量のティーバッグが用意されていて、基本的にはみな茶筒に手を伸ばすことが多い。ある程度人数が集まっているのならティーバッグでちまちま作るよりも人数分一気に作れてしまった方が楽なのである。だが、一杯分ずつ作れるティーバッグは、軽く一服したい時なんかに便利で膝丸も何度か利用したことがある。洗い物は減るし、茶葉も捨てやすいから気軽に飲めるのがよかった。そんなみんなのお茶であるが、経費で買うのは煎茶とほうじ茶だ。だからこそ膝丸はてっきりそのどちらかを兄が用意してくると思ったのだが、その読みは外れた。時折あの棚には、茶好きのものがお薦めだと変わった茶葉を置いていったり、万屋街の福引で当たったインスタントコーヒーなどが置かれていたりして、タイミングが良ければ意外にもバリエーションが豊かなのである。恐らくこの茶も誰かしらが置いていったものなのだろう。
    「珍しい匂いがするな、柑橘だろうか」
    「ほうじ茶のような色をしているのに全然違う匂いだねえ」
     マグカップを口元へ持っていくと、柑橘のような匂いの中に茶葉の僅かな香ばしさが感じられる。確かに髭切の言う通り、色はほうじ茶のようであるのに香りは全く違った。そっと息を吹きかけてから口をつけると、微かな渋みと共に柔らかな甘味が広がる。煎茶のような甘味や苦味とは違うし、ほうじ茶のような香ばしさが前面に来るのとも違う。爽やかな香りとほのかな渋みが口いっぱい広がって、ゆっくりと甘さが追いかけてくるように思えた。味わってみると口の中に渋さが残る。なんだか後を引く味だった。
    「うまいな……」
    「おや、気に入ったかい」
    「ああ、俺は好きな味だ」
    「うんうん、僕も好きだなあ」
     ふうふう、ずず。そんな小さな音を立ててマグカップに口をつける髭切が笑う。好きだなあ、の柔らかな声が鼓膜を撫でて、膝丸はどきりとした。髭切の言葉は茶に対してのものなのに、どうしてだかその言葉だけが膝丸の耳にとどまり続ける。
    「……俺も好きだ」
     まるで秘めた恋慕に応えるかのような気持ちで膝丸が小さくいうと、一瞬きょとんと双眸を丸めた髭切がゆっくりと眦を下げて、「ふふ」と空気を揺らした。そうしてまた小さく茶を啜る音がする。静かな夜だ。高鳴る胸の鼓動が、すぐそばの髭切に聞こえてしまわないかと不安になるほどの静寂。虫の音も、どこかの部屋で行われている宴会の楽しげな笑い声も、何も聞こえない。僅かな吐息、衣擦れ、茶を啜る小さな音、それだけだ。けれど心地よい夜だった。眠れない髭切にとっては心地いいも何もないだろう。それでも、膝丸の目には髭切もこの僅かな茶会を楽しんでくれているように思えてたまらない。
    「体がぽかぽかしてきたかも」
    「ああ、温まったな、……眠れそうだろうか」
     他愛もない話を互いにぽつぽつと溢していると、いつの間にやら二つのマグカップが空になる。膝丸が惜しむようにゆっくりとカップを置くと髭切が柔らかく微笑んで頷いた。
    「そうだねえ、今なら眠れそうな気がするよ」
    「そうか、それはよかった。俺も眠れそうだ」
     眠れそうという言葉に、この穏やかな時間の終わりを告げられて膝丸の胸の奥が切なく疼く。もっと兄者と、こうしてふた振りきりで過ごしたいという甘えたこころが、この時間が終わってほしくないと叫ぶ。
    「付き合ってくれてありがとう、弟」
     けれど、こんな風に穏やかに微笑まれ礼を言われてしまっては「もう少しだけ」だなんて子供じみた我儘は言えるはずがなかった。それに肉体のことを考えれば絶対に眠れた方がいいに決まっている。膝丸とて、髭切につらい思いをしてほしいわけではないのだ。ただ、こうして共に過ごす時間が愛おしくて堪らず、終わりの気配に恋しくなってしまった。
    「片付けは俺がするから兄者は先に横になってくれ」
     そんな寂しさを誤魔化したくて膝丸は片付けを買って出た。一緒にしようよという髭切に、相伴に預かった礼だと言えばそれ以上は食い下がってくるようなことはない。
    「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
     と、布団に戻る髭切を横目に膝丸は卓袱台を端へ寄せた。畳むのは明日起きてからすればいい。髭切が横になり目を閉じたのを確認してから膝丸はマグカップを手に部屋を出た。梅雨の長雨の影響か廊下はほのかに冷たくて、湿った空気が肌を撫でる。膝丸にとって今は暑くもなく寒くもないが「ああ蒸しているな」とは思う。人の身はこの湿った空気に弱いらしい。僅かな変化で眠れなくなったり体調を崩す。刀も博物館や宝物庫にある場合は湿度や温度管理をされていて、ずさんな管理をされると傷むのだから、刀剣も人の身もあまり変わらないような気がした。
     まっすぐ厨に向かう。流し台に立ち、マグカップを洗って水切りかごへと置いてから膝丸は茶が常備されている棚を覗いた。先ほど飲んだ茶が一体何なのかが気になったのだ。棚の戸を開くと探さずとも茶の正体はすぐにわかった。いつもの煎茶とほうじ茶のティーバッグが並ぶ箱の隣に、見慣れぬ箱が置いてあったのである。裏返して食品表示を確認すると「紅茶/ベルガモット香料」と書かれていた。膝丸はベルガモットが何かはわからなかったが箱を開けて鼻を近づけてみると、確かに先ほど飲んだ茶の香りに似ている匂いがする。柑橘に似た特徴的な匂い。不思議な匂いだがつい癖になって膝丸はその場で大きく深呼吸をした。茶で飲んだ時よりも少しだけ尖った匂いが鼻腔を撫でて、飲むときに嗅いだ匂いの方が好きだなと漠然と思った。箱は黒を基調にしていて、赤色で縁取られている。目を引くデザインは、この本丸の初期刀や古備前の一振りをなんとなく彷彿とさせた。箱の表面には「万屋ポイントで交換したよ!飲んでね!」と大きく書いた紙が貼られている。どうやら日用品を買う際に貯まるポイントで交換したらしい。となれば特別高価なものというわけではないのだろう。変わった味わいだったが美味しかったので、自分たち用に常備しておくのも良いかもしれない。膝丸はそんなことを考えながら、紅茶の箱を棚に戻すと厨を後にした。特徴的なパッケージだったので、時間のある時に万屋街を見て回れば自ずと出会えるはずだ。
     静かな夜、兄と二振りきりの小さな茶会はまるで二振りきりの秘事のようで、膝丸の胸の奥から臓腑の隅まで柔らかく満たしてくれた。またこんな夜が来るのなら、色んな茶葉を少しずつ試してみたいな、と膝丸は思う。
     部屋に戻ると髭切は既に穏やかな寝息を立てていた。体が温まり入眠しやすくなったのだろう。先ほどまで眠れないと言っていたのが嘘のようにぐっすりと深く眠っているらしい。膝丸も、起こさぬようにそっと横を通り抜け、行灯のような淡い光のルームランプを消してから己の布団へと戻った。目を閉じると内臓がほのかに暖かいような心地がわかる。そうしているうちに、規則正しい兄の寝息と落ち着き始めた己の鼓動がゆっくり、ゆっくりと溶け出して、瞼の裏側で優しく混ざり合うのを見た。そうして膝丸は自分でも知らぬ間に眠りの波を揺蕩って、目覚めるころには消えてしまう夢の世界へと旅立っていた。
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    PROGRESS3/17 俺の兄者の新刊「眠れぬ夜に一服」のサンプル(仮)です。
    眠れぬ兄者とそんな兄者を見守る弟が夜な夜な茶を飲む話です。全年齢にしようか、成人向けにしようかまだ悩んでいます。
    (膝髭)眠れぬ夜に一服 身動ぐ気配がする。
     既に灯りは落とされ、真っ暗闇に包まれた部屋の中。布団を二組繋ぐように敷いて仰向けになった膝丸は暗闇に小さく漏れる衣擦れの音を聞いていた。
     隣に横たわるのは兄の髭切だ。すっかり布団に包まってしまっていて見えないが、寝ているのか、それとも眠れないのか、枕へ頭を擦り寄せる音や掛け布団の中で手だか足だかを僅かに動かす音が微かに聞こえてくる。寝ているのであれば随分と騒がしい夢を見ているのだろうが、膝丸が耳を澄ますと時折ため息のように重たい呼吸が聞こえてくるので、恐らく眠れないのだろう。
     髭切には時折こうして眠れない夜があるらしい。膝丸が初めにそれに気がついたのは、遠征から帰ってきた日の夜だった。帰りは夜になると伝えてあったので、てっきり先に寝ているものかと思っていた兄が、膝丸が寝る準備をしていると突然むくりと起き出してきたのでぎょっとした。起こしてしまったかと焦る膝丸に、髭切は「なんだか寝付けなくてね」と静かに笑ったので、それはこれ以上膝丸が気にしないようにという髭切の優しさかと思っていたのだが、そういうことが二、三度続いてようやく、ただ本当に寝付けない日があるようだと気がついた。別に日常的に眠りが浅いとかそういうわけではないらしい。一度寝てしまえば、そのあとは朝までぐっすりと寝ているし、更にいうならば別に不眠症というわけでもないようだ。きちんと眠れる日の方が多い。けれど時折こうして眠れない日がある。理由は髭切自身にもよくわからないと聞いているが、体に異常があるということはない。手入れをしても改善するわけでもなく、こうして気まぐれのように不意に眠れなくなるのだそうだ。ただ近くで見ている膝丸が思うには、雨の日の前であったり、朝晩の寒暖差が続いたりとそういう時に眠れなくなっているように思えた。季節の変わり目などは特に、膝丸でも身体の僅かな違和感を感じたりするのだ。そういう違和感が髭切へ眠れないようにいたずらするのだろうと考えることは容易である。
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