もしも霊感があるとカミングアウトしたら(三、流)三井の場合
「へぇ、それはすげーな」
ビール缶片手に、ソファに座ってそう言う三井の顔は、例えば知り合いが家を建てたらしい、と伝えたときくらいにあっさりした反応だった。思ったよりも反応が薄いので、隣に座るミシマは拍子抜けしてしまう。
「冗談……だと思ってる?」
「えっ、冗談なのか?」
「違いますけど……」
缶をローテーブルの上に置いた三井は、訳がわからないといった顔でミシマを見る。
「なんだ? 俺、呪われてんのか?」
「いや……」
「じゃああれか? 仕事辞めて実家継ぐとかか? なら引っ越さねぇと……」
「違いますって……」
ミシマの予想よりずれた反応をする三井は、じゃあ何だよ? と聞いてくる。むしろこちらがそう言いたいくらいだと思いながらも、ミシマは冷静に言葉を探した。
「もっとこう……疑いませんか? 頭おかしいんじゃないかとか。病院、行けよとか……」
「はぁ?」
これを伝えるまで、ミシマはドキドキしていた。信じてもらえない、病院をすすめられる、別れを告げられる……ここまで予想していたというのに、まるで雑談みたいに流されてしまっている。
三井はソファの後ろ、ミシマの背中の方に腕を回す。トン、とぶつかる腕にたくさん抱かれてきたミシマだが、未だに慣れず触れた部分に意識がいってしまう。
「じゃあなんだ、お前と一緒にいる俺も頭がおかしいのか?」
「そんなわけ……」
「だいたい、何で今言うんだよ。もっと早くに言えよな」
「……最近、見えなくなったから」
「最近? なんかあったのか?」
ミシマは自分の膝の上に置かれた握り拳に目を落とした。大昔、母に「好きな人が出来たら見えなくなる」、そう言われたのを思い出す。母の言い方も悪いと思うが、かといって直に伝えるのだってアレだから、あんな風に伝えたのだろう。
「……たから」
「あ?」
「……あなたに……抱、かれてから、見えなくなった……」
ミシマは堪えきれずに両手で顔を覆った。伝えてお礼を言おうと決意したはいいものの、恥ずかしすぎる。やっぱり言わなきゃよかったと後悔した。
「……」
「……」
顔を覆っているから、三井の反応が見えない。ミシマはドン引きされているのではないかと怖くなって、顔を上げられないでいた。カタ、とテーブルからビールが持ち上げられる音がする。そしてすぐ後に、ビールを飲み干す勢いの嚥下音がした。
少しして落ち着いて、ミシマは指の隙間から三井を見た。その瞬間、ぐっと肩を押されて倒される。ミシマはソファに背中を預けるようにして、三井に押し倒された。
「えっ、いや、何で……」
「なんだ? 誘い文句じゃねぇのかよ」
「違っ、本気で言って」
何を勘違いしたのか、三井はミシマのシャツに手を滑り込ませて、親指ですりすりと腹を擦る。くすぐったくて身を捩るが、しっかり三井に押さえつけられて、ろくに動けなかった。
「ん、くすぐったい……」
「別にいいじゃねぇか、何が見えたってよ」
上から見上げていた三井が、ゆっくりとミシマの顔に近づいてくる。コツ、と額同士がぶつかると、お互いの息がかかるくらいまで近くなった。
「どんなお前も可愛いぜ、俺にとっちゃな」
「っ……」
「明日はお互い休みだったな。今日は多少無理していいだろ」
そう言って落とされたキスは、最初こそ優しげだったものの、徐々に互いに貪り合うように深まっていく。ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、ミシマは三井の口内のビールの苦味に顔をしかめた。
「……三井さん……」
「ん?」
ミシマが好きな、三井の柔らかな聞き返し方に胸がぎゅっと苦しくなる。暇していた腕を三井の背中に回すと、ゆっくり力を入れた。
「……ソファはやだ」
「仕方ねーな。寝室行くか」
ひょいっとミシマを持ち上げた三井は、スタスタと歩いてリビングの入り口へと向かう。ミシマはしっかり三井の首に腕を回して、幸せを噛み締めながら三井の頬にキスを落とした。
流川の場合
「……」
流川はいつもは鋭い目を少し丸くさせて、パチパチ瞬きした。テーブルを挟んで向かいに座るミシマが、たいそう畏まった様子だったもので緊張していたが、しかしいざ言われた内容に、流川は拍子抜けしてしまった。
「……って、言っても信じない……よね……」
「……」
流川は何かを考えるように視線を落とした。ミシマは今すぐ逃げ出したい気持ちをぐっとこらえて、流川が口を開くのを待つ。壁時計の針の音だけが部屋の中に響いた。
「俺には見えねぇ」
「……」
「から、いるかもしれねぇし、いねぇかも、しれない……お化けってやつは」
大真面目な顔でそう話す流川だが、ミシマは思わずふふ、と笑ってしまった。まさかお化け、という単語がこの男の口から出てくるとは思わなかったのだ。
「む……」
「ごめん……お化け、って可愛く言うものだから……」
「……話はそれだけかよ」
「……流川こそ、もっと私に言うことないの」
こんなことを真剣に伝えたのに、正気を疑ったりしないのか。そういう意味を含んだつもりだったが、流川は別の解釈をした。
「……いつもどうも……?」
「……いや、そうじゃなくて」
「……アイシテル?」
「何でよ。片言だし。私の頭の心配をしないのかってことよ」
そう言えば、流川は不思議そうな顔で首をかしげる。
「俺より頭いいくせに」
「赤点4つには負けるわ……って、違う」
「……」
ミシマは段々何の話をしていたかわからなくなってきて、こめかみを掻いた。彼にはいつも調子を崩されるなと、大きく息を吐き出した。
「でもね、最近見えなくなった」
「よかったっス」
「多分だけど、君に抱かれたお陰だと思うの」
多分とは言いつつ、確信に近かった。恥を忍んで母親にも聞いてみたから、間違いないだろう。
流川は頬杖をついて、何も言わずにミシマを見つめている。何を考えているのかわからない瞳に居心地の悪さを感じたが、目はそらさずに話を続けた。
「私、いきなりこんな事を言い出すような人間だから、一生お付き合いなんて出来ないと思ってた」
「……」
「……君には本当に感謝してる。足向けて寝れないくらい」
「ウソだ。たまに蹴られる」
「慣用句よ。それにわざと蹴ってる訳じゃない。君がくっつくと暑いの……いや、嫌じゃないけど」
そう言うと、流川は僅かに目元を緩めて穏やかな顔をする。自分の前でしか見せないこの表情が、ミシマは何よりも好きだった。
「私の話は以上です。流川くんは何かありますか」
「……ある」
「どうぞ」
流川は椅子から立ち上がって、おもむろにリビングを出ていく。がちゃ、と寝室を出入りする音がしたかと思うと、1分もせずに戻ってきた。てっきり何か持ってくるのかと思いきや、手ぶらである。
「何してきたの?」
「寝支度」
「もう寝るの? 明日休みでしょ?」
「休みだから」
流川はリビングのドアを開けたまま、ミシマを立って待つ。早く来いと目で訴えながら。
「きもちーこと、しようと思って」
「……何それ」
「言わなきゃわかんねぇのか」
「……わかるよ」
やれやれと、照れを隠しながらミシマも立ち上がった。満足そうな顔をしている流川の脇腹を小突いて、ミシマはリビングの電気を消したのだった。