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    straight1011

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    straight1011

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    ホラー

    没のホラー 目が覚めたら知らない駅にいた。
     流川楓は身体を起こし、目の前の人物をぼんやり見つめた。知らない女性だった。
    「生きてたか」
     高校一年の自分と同じくらいか、少し年上くらいだろうか。それくらいの顔立ちをしていた。成人はしていない気がする。流川が目を覚ましたのを見て、彼女はほっと険しい顔を緩めた。
     彼女は流川のそばでしゃがみこんでいたが、やがて辺りを見回した。流川もそれにつられて辺りを見る。田舎の駅のように人がいない。遠くからは蝉の鳴き声と、山にいるような鳥の声もする。
    「……」
     状況が読み込めない流川は立ち上がろうとして地面に手をつく。しかし触れたのは固い地面ではなく、何か丸いもの。視線をやれば、そこにあったのは人の頭部だ。
     頭、だけ。身体は見当たらない。本物かはわからないが、頭から下の床は黒く変色したシミがあり、引きずったような跡もある。流川は後頭部しか見えないその頭をひっくり返そうか悩んだ。表情が見えれば本物かどうかわかると思ったからだ。
     しかしそんな流川を、彼女は引き留めた。
    「やめた方がいい」
    「……」
    「そいつはおもちゃじゃない」
     流川は伸ばしかけた手を引っ込めて、それから立ち上がった。
    「アンタ誰?」
    「そんな睨むなよ。態度悪いな」
    「……」
    「いっとくがその死体、私がやったわけじゃないからな。首見てみろ」
     言われるがままに地面に転がる生首を見る。それは黒く変色していて、おそらく皮であろうところがビロビロに広がっていた。まるで引きちぎられでもしたように。
    「お前、人の頭と胴体引っ張って真っ二つに出来るか?」
    「……」
    「人の仕業じゃないだろうね」
    「…………」
    「…………」
    「………………」
    「……お前、口がついてないのか? それともちびったか?」
     流川の顔を覗き込んでくる女性の顔にはどこか心配が滲んでいた。流川は首を横に振って、それから辺りを見回す。
     駅名がついた看板に文字がある。だがそれを読むことは出来ない。外国語だからとかそんな理由ではなく、脳がそれを拒絶しているようだった。
    「……」
    「……なあ、黙ってるならそれでいいんだが、私は移動するよ」
    「……」
    「お前は隠れてな。下手に動き回ると危険だから。多分ここやばいし」
    「……何が?」
    「何でも」
    「……」
     流川は女性を見た。やはり年齢は自分とさほど変わらないようだが、この状況での異様な落ち着き様は気になる。
    「……じゃ、大人しくしてて」
     そう言って女性は頭から続く黒いシミを追うように駅から出ていった。

    *

    「へぇ、湘北高校の生徒か。一年か?」
    「……っす」
    「部活は?」
    「バスケ部」
     結局女性に着いていくことにした流川に、彼女は何も言わなかった。駅の外には畦道が続いている。人の気配は一切なし。民家も見えない。
    「アンタは?」
    「私? ……学校には行ってない」
    「……」
     彼女はそれ以上何かを言うことはなかった。流川もそれ以上踏み込んでくるなという空気を感じ取って黙っていた。
    「……お前、ここに来る前の記憶ある?」
    「……確か部活終わりで、自転車漕いでて」
    「……」
    「……トラックに轢かれて」
    「…………」
    「起きたらここにいたっす」
     流川は平然とそう話した。彼女はそんな流川をじっと観察していたが、やがてそうか、と頷いた。
    「帰りたいか?」
     ふと、彼女は立ち止まってそう聞いてきた。流川も立ち止まり、それから意味もなく空を見上げた。
    「……まあ……」
    「なんだそれ」
    「…………」
     そんな会話をしてから、再び歩き出す。砂利道を歩き続けると、神社らしきものが見えてきた。木々に囲まれて鳥居があり、廃れている。
     何もあてがないものだから、二人はそれに向かって歩いた。
     鳥居の前まで来て、流川はふぅ、と息を吐き出した。結構長い道のりだったのだ。やれやれ、一体いつ帰れるんだと顔を上げた瞬間、流川はそれを目にした。
     それは鳥居の影にひっそり立っていたが、流川たちを認識して動いたようだった。一見人に見えるそれだが、頭部が明らかに人の形状をしていない。足から上に辿っていけば、頭があるべき場所から触手のような黒い何かが無数にうねっている。
     ポタッ、と触手から液体が落ちた。それは獲物を見つけた獣が涎を垂らすように見えた。触手が中央を捌けるように広がり、その奥に無数の牙が覗いた。
     それはおぞましく、身の毛がよだつような気持ち悪さだった。生物としての本能が危険信号を発している。流川は無意識に後退り、その拍子に不運にも、枝を踏んで音を立ててしまった。
     目がないはずだが、その化け物が流川を見たのがわかった。やばい、そう思ったと同時に化け物がこちらに向かってくる。
    「下がってろ」
     彼女の声がしたと同時に流川は強く後ろに引っ張られた。よろめきながら数歩下がれば彼女が前に出て、何かを構えた。
     パンッ、と乾いた音がした。それは辺りに反響するほど大きな音で、同時に火薬の臭いがした。化け物は首辺りから出血し、膝をつく。
     もう一発、銃声が響いた。それは化け物の頭に命中し、赤い液体を流しながら倒れた。
     彼女は警戒するように銃を下ろさないままだったが、やがて化け物の身体が溶けるように地面に流れだし、異様な臭いを発し始めてやっと銃を下ろした。
    「まずい」
     彼女はそう言って流川に行くぞと急かした。神社の階段を駆け上がりながら、流川は今起きた出来事について考えていた。
    「まずいって何が?」
    「銃声を聞き付けて違う奴がやって来るかもしれない」
    「……あの、化け物と同じ奴が」
    「あれよりやばいかも」
     そう言うわりに焦っているようではなかった。彼女は非常に冷静で、流川はそれに少し安心を覚えた。彼女が自分の味方かどうかわからないが、なんだか無条件に信頼をおいてしまっていた。
     階段をのぼりきったが、そこにあるのは何もない、ただ開けた場所だった。その真ん中に一本の大木がある。だがそれだけ。賽銭箱も何もないのだ。
     そうして辺りを見回していると、不意に流川の背後から足音がした。ゆっくりと、階段をのぼっている音だ。靴の音は様々だ。流川と同じような靴の音の他に、おそらく革靴だろうという音や、ヒールの音も聞こえる。その数を最初は数えようとしたが、やめた。明らかに多すぎる。
     彼女は言っていた。違う奴がやってくるかもしれないと。それが今階段をのぼってきている奴らだろうか。今流川が振り向けば、あのおぞましい化け物が群れをなして迫ってきているのだろうか。
    「振り向くなよ」
     彼女は拳銃の弾数を数えながらそう言った。彼女にも聞こえているはずなのに、一切の焦りが見えない。
    「今お前に気絶されちゃ困る」
    「……」
    「この近くにおそらく小さいほこらがある。もっと奥の方だ。その中に何かあるはずだから探してきてほしい。きっとここから逃げられるはずだ」
    「……アンタは」
    「ここでお前の安全を保障してやる」
     そう言って彼女は行け、と流川の背中を叩いた。足音は、もうすぐそこまで来ている。
     流川は振り返らないまま、走り出した。もっと奥の方に祠があると言った。そうして大木を通りすぎると、五十メートルほど先に小さな、流川の膝元くらいしかない祠が見えた。迷うことなく駆ける。背後から、銃声が聞こえた。
     銃声と共に聞こえてくるうめき声。この世のものとは思えないほどおぞましく、聞くだけでまるで刃物を向けられたような恐怖をおぼえる。息が切れて、心臓がうるさいくらいに鳴っているのはきっと走っているせいだけではない。
     彼女は大丈夫だろうか。あの足音の数だけの化け物をたった一人で倒せているのだろうか。わからない。もし殺されていたら。いや考えるだけ無駄だ。今自分がやるべきことは、あの祠を調べることだけだ。
     祠まで残り十メートルというほどで、銃声が止んだ。何の音もしなくなった。セミの音も、鳥の声も、風のざわめきもない。流川は息を切らしながら祠の中を覗き込んだ。
     何もない。空だった。流川は祠を隅々まで覗き込んだ。背後から足音がする。たくさんする。
     何もない。足音が近い。いくつだろうか。何もない。どこを探しても。彼女はどうなったのだろうか。足音が四つする。ああ、もう近けえ。祠は空だ。
     トンっと、優しく流川の肩に誰かの手が置かれた。頭が真っ白になる。振り向けばあの化け物がいる。脳が停止するみたいに、流川は動けない。
    「何もなかったのか?」
     彼女の声だった。流川は止めていた息を吐き出して振り向いた。
     しかしそこに彼女の頭はなかった。彼女の身体だが、頭部は触手が生えていた。化け物の後ろに、他の化け物もいた。ああこの化け物って、人間の頭を吹き飛ばして寄生していたのかと流川は理解した。理解するとともに、流川の意識は糸が切れるようにぷつっと一瞬で消え去った。



     次に目が覚めたとき、そこは病院だった。腕に違和感があり、見てみると点滴がされている。意味が分からないと思いながら身体を起こせば、誰かがこちらを見ていた。彼女だった。
    「どうした。死人でも見たような顔をして」
    「……」
    「よかったな、戻ってこれて」
     何を言っても無駄かと思い、流川は再びベッドに寝転んだ。もうわけがわからない。考えてもどうせ答えは出ないだろうから、彼女が勝手に喋るのを期待して寝ることにした。
    「悪かったな。最後はびびらせちゃっただろ」
    「……」
    「見舞いの品はそこに置いておく。謝罪と礼の代わりに」
    「…………」
    「もし今後同じ目にあったなら、電話してくれ」
     そう言って彼女が立ち上がる気配がして、流川は目を開けた。彼女はお、と流川を見て動きを止める。しっかり頭が付いていて安心した。
    「結局、アンタ誰」
     彼女はにやっと笑い、懐から何かを取り出した。それからそれを流川の目の前にかざして、こう言った。
    「警察だよ」




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