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    straight1011

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    straight1011

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    これは病んでる夢

     出会ったのは教室。入学式の日、彼は笑顔でこちらに挨拶してきた。とても明るくて、有能感に満ちたようなそんな表情の彼に、私はそっと距離をとる。そういう、いかにも人生充実してましたという人間が苦手だった。眩しい光の中に立つ彼と、日陰で座り込んでいる自分との対比がきつかった。

    「三井、行こうぜ」
    「おお。じゃあ、また明日な」

     別クラスの誰かに連れられて、三井は教室を出て行った。ほっと、息がしやすくなった。あいつがいるだけで息がしづらい。偉い殿様の前で失礼のないようにふるまう庶民みたいな気分だ。
     意味もなくペンを遊ばせる。適当に描いたのはバスケのゴールとボール。三井はバスケ部に入ると言っていた。確かに奴はスポーツが出来そうな顔をしていた。そんなところがまた嫌だ。光がまた濃くなった気がするから。


     三井が足を怪我した。見るからに落ち込んでいる。私は心の中で親近感を抱いた。息もしやすい。殿様が庶民に成り下がったから。
     でもそんな性格の悪い事を言うのはだめだ。それを言ったら、私は庶民以下、クズに成り下がる。どれだけ性格の悪い事を思おうが、蓋が閉じてあればそれは漏れることなく、誰にも気づかれない。

    「大変だね」
    「……大会に間にあっかな」
    「大丈夫だよ。きっと間に合うよ」
    「……そうだよな。ありがとな」

     間に合わないだろうなと本当は思っていた。その怪我について詳しい母に聞いてみた。そしたら随分と大変な怪我らしかった。もっと時間をかけて、下手すれば三年生の時まで満足にプレーができないんじゃないかって、そんな風に言っていた。
     そのくせ私は無責任に励ました。正直三井が可哀想なんて気持ちはみじんもない。ただ彼の隣の席に座るいち同級生の、模範的な返答がこれだと思っただけ。

    「お前、優しいよな」
    「そんなことないよ」
    「いや、まじで今落ち込んでたから、助かった」

     そう笑う三井に私も笑い返す。落ち込んでたのか。まあいいんじゃないか。どうせ三井はずっと順調に生きてきたのだろうから。今落ち込んどけばいいさ。私はいったい何様だよと自分でツッコみ、それからペンを遊ばせた。


     三井をあまり学校で見なくなった。部活にも行っていないらしい。
     あれま、思ったより重症じゃないか。いや膝の話ではない、心の話だ。
     どこまで行っても私は他人事で、ぽっかり空いた隣の席をちらっと見た。可哀想に、何もそこまですることはないだろう。誰の仕業でもないが。
     そんなことを考えていると、誰かに名前を呼ばれた。

    「部活行こうよー」
    「今行くね」

     同じ部活の子が私を誘いに来ていたのだ。私は立ち上がってカバンを持つ。三井より私の方が部活で充実した学校生活を送るなんて、本当に予想していなかった。どこか嬉しさのような、優越感のような気持ちを持って私は友人の元へ向かった。


     三井に会った。髪が伸びていて、なんだか不良みたいになっていた。最初三井だとわからなかったので、黙って通り過ぎた。通り過ぎた後で気づいたのだ。
     少し歩いて振り返ってみると、三井はガラの悪い男どものたばこの煙に包まれていた。あんなに光っていた男が煙に包まれているのをみると、なんだか天気みたいだと思った。この間は晴れ、今は曇り、そのうち雨が降る。きっと土砂降りだ、雷も鳴るかもしれない。落雷は困るので、私は息を潜めてそっと立ち去った。


     雨が降った。ザーザーの雨の日の、じめじめした廊下の隅にある生徒指導室で私は見た。三井が喧嘩して先生に指導されている姿を。頬にはデカいガーゼが貼られている。耳をすませば、何でも他校の生徒が、とか、留年、とかそんなことが聞こえる。
     私はすぐ教室に戻ったが、しばらくして三井が戻ってきた。乱暴に椅子を引いて三井は座った。私は笑顔で話しかけた。

    「元気?」

     三井は視線だけこちらに向け、それからすっと目を細めたかと思うと、舌打ちをひとつこぼした。

    「話しかけんなよ」

     私は頬杖をついて、黒板を見た。やる気のある日直のおかげでピカピカの黒板だ。バカみたいだ、黒板をきれいにすることなんかに体力を使って。隣の男もだ。バスケなんてすぐやめて他の好きなことに時間を使えばよかったのに。大変なことになるまで練習なんかするから、膝と一緒に心が痛くなるのだ。

     
     友人が転校した。別クラスだったが部活が同じで仲良くしていた友人。クラスでいじめられていたらしい。話は聞いていた。私が先生に密告した。本当は話すなって友人に止められていたが、私はそうした。
     特別仲がいい友人はその子だけだった。それを失った私はなんだか腑に落ちない気持ちでいた。転校するなど一言も言っていなかったのに、突然いなくなった苛立ちがあった。

     二人で食べていた昼の時間も一人になった。私は何となく屋上に行った。気分転換のつもりだった。
     屋上には誰もいなかった。空は雲一つない綺麗な状態で、しかし足元に何かが転がっていた。見れば煙草とライターが落ちていた。

     私は弁当を置いてそれを拾い上げた。二本、まだ新しい煙草が入っていた。それとライターを持って、私は屋上入り口のドアの隣に寄りかかった。
     煙草を口にくわえ、カチッとライターを押す。風にあおられ火が揺れるのを、手で守りながらそっと煙草に近づけた。

    「何してんだよ」

     そんな声が聞こえて私の口からぽろっとタバコが落ちた。屋上入り口の死角に、声の主はいた。三井だ。

    「……っくりした」

     落ちた煙草はもう汚くて吸えない。諦めて私はライターをポケットに入れた。
     三井はじっとこちらを見ている。穴が空くくらいじっと。

    「煙草吸うのか」
    「ん?」
    「お前って」

     三井はどこか意外そうな声を隠さずにそう聞いてきた。私はすぐ首を横に振った。

    「ならなんで今……」

     なぜ私の行動をいちいちお前に説明しなきゃならんのだと内心苛立つが、努めて優しい顔のままで私は落ちたタバコを踏みつけた。

    「三井くんは吸ったことある?」
    「……いや」
    「吸わない方がいいよ。たばこを吸うとね、すぐ息が切れちゃうようになるから」
    「……」
    「スポーツやる人にとっちゃ猛毒、最悪の足枷だね」

     そう言えば三井は目を見開き、それからぐっと眉間にシワを寄せた。

    「じゃあ吸ってやるよ」
    「……」
    「貸せ、ライター」

     三井は落ちていた箱から煙草を一本取りだし、私にライターをせがんだ。呆れた男だ。自棄になっている。
     私はライターの火をつけ、差し出した。三井は困惑したように火を見ている。風でゆらめく火の後ろで、三井の瞳も揺れていた。煙草を吸ったことがないから、きっとどうするのが正解かわかっていない。

     私はそんな三井をつい、小馬鹿にするように笑ってしまった。

    「お手本見せてあげようか」

     私は三井の手から煙草を取り上げ、口に加えた。そうして火をつけると、じりじりと火が煙草を燃やしていく。
     吐き出した煙が三井にいかないように、背を向けた。そのまま歩いて、フェンスの方に寄りかかる。先生に見られたらどうするか。ま、言い訳は何個でも思いつく。

    「……知ってる? 吐き出した煙を吸うのもさ、身体に悪いんだよ」
    「……」

     そう三井に言えば、三井は顔をしかめたままこちらに歩いてきた。
     だから私は煙草を落とし、雑に火を消す。煙はとっくにはれていた。

    「こんなの吸ったところで何の意味もないよ」
    「……」
    「吸わないってのが賢い判断。あんたの今後の人生のためにね」

     三井はまだ納得できないといった表情をしている。三井の手に握られた箱はもうからっぽである。それをぐしゃりと握りつぶした彼は、深く息を吐き出した。



     それから三井と私はずっと同じクラスで、私は三井のことをこっそり眺めていた。荒んで鈍くなった光は目に優しい。ああいう奴がいると、自分に安心できる。
     けれど三年の春に、三井が髪を切った。顔に痣をつくって、しかし晴れやかな顔で彼は教室に入ってきた。その手には、一年生の時以来の、体育館用のシューズ袋。
     なるほどな、と私はペンを遊ばせる。面白くないしムカついた。

     バスケ部にはかっこいい一年生と、赤頭の初心者がいるとの噂。戻るのだろうか。戻るのだろうな。
     三井がこちらを見た。私は笑って、小さく手を振った。すると彼も笑顔を見せ、しかし痛みがあるのか顔をしかめ、こちらにやって来た。

    「どうしたの? 男前な傷つくって」
    「いやちょっとな……」

     三井はどこか緊張したような、しかし嬉しそうな顔でシューズ袋を見せてきた。

    「戻ることにしたぜ」
    「ああそう、よかったね」

     自分でも驚くくらいに淡々とした感情のこもらない反応。しかし三井は気にした様子はなかった。
     髪を切った三井を、クラスメートが遠目で見ている。私は溢れる不満を貧乏ゆすりで誤魔化すが、つい力を入れて折れてしまったシャー芯に、また苛立つ羽目になった。











     
     
     
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