はいは一回「あれ、ブラッドお前なんでいるんだ?」
リビングに入るなり目に飛び込んできた見慣れた横顔に思わずそんな声をかけると、その横顔はゆっくりこっちを振り向いて「アキラか」と言った。
ハロウィンからクリスマスまで、まとまった休みもなく働き続けていたところに、年末と年始、サウスセクター研修チームは休暇になったと言われたのは12月もはじめの頃だ。
LOMがある都合上、ホリデー休暇を取れるヒーローは少ない。かくいうオレたちも働き詰めだったわけだが、運よく年末と年始のあわせて4日、久々にまとまった非番が回ってきたらしい。
オレとウィルは実家に顔を出しに行く予定で、確かオスカーもブラッドの実家に行くと言っていた。まさかオスカーがひとりで行くわけもないだろうから、てっきりブラッドも一緒だと思っていたのに。
「俺は休暇中タワーに残る予定だ」
「マジかよ。オスカーはお前の実家行くって言ってたぞ。ひとりで行ったのか?」
「いや。フェイスとふたりで帰っているはずだ」
「……お前、まさかフェイスがいると気まずいから帰んなかった~とか言うんじゃねぇだろうな」
いくら何でもそんな子供のような理由なわけはないだろう。……多分。いや、でもこいつならあり得るかも。
オレが疑っているのが分かったのだろう。ブラッドは「そんなわけがあるか」と少し目を逸らした。
「んじゃ、なんでだよ」
「俺とオスカーと一緒に帰ると、家でも上司に見張られているような気分になって落ち着かないらしいと、キースが」
「……それって、フェイスがか?」
「あぁ。それに、俺はホリデーの少し前に顔を出したばかりだからな。フェイスとオスカーは、最近あまり顔を出せていないと言っていたから、そちらを優先させた」
「それでお前は帰るのやめたってことか?」
「他にも理由はあるが」
「…………」
いや、ガキじゃねぇんだからそんな拗ねてるみたいな、という言葉を何とかギリギリ飲み込んだ。
フェイスが実際どんなことをキースに言ってキースがどういう風にブラッドに伝えたのか知らないが、確かに上司がふたりも家にいたら気は休まらないような気もする。実のアニキでも。
そういえばクリスマスのLOMの前はブラッドもかなり忙しそうにしていたからタワーでやることがあるから実家に帰るのは見送ったというのも嘘ではなさそうだし、変にからかって怒らせるのもいい案だとは思えない。
ふーん、そう。
だからそれだけ言って部屋に戻ろうとしたのに、ブラッドは手に持っていた本をわざわざ閉じて、眼鏡越しにまじまじとオレの方を見た。
「お前は?」
「オレ?」
「レンも併せて休暇を取りたいと申請があったと聞いている。ふたりでお前の実家に帰っていたのではなかったか?」
こういうのをなんていうんだっけか。バケツを掘る? なんか違う気がするけどそういうやつだ。
ブラッドにそのつもりはないのかもしれないが、何となくさっきの仕返しをされているようで面白くない。睨みつけると、ブラッドは少し呆れたようにため息をついた。
「まさか、レンと喧嘩をして戻ってきたわけじゃ」
「ちげーよ! お前じゃねえんだから! ウィルみてーなこというなよ」
「別に俺は喧嘩をしてタワーに戻ってきたわけではないが」
「オレもちげーよ。……なんか、父さん側の親戚が急に亡くなったとかでふたりとも葬式に出るっていうから戻ってきた」
部屋で漫画でも読むつもりだったのに、何となく戻りづらくなってしまった。ブラッドの横に座りながら肩を竦めると、眼鏡越しの目がほんの少し丸くなる。
「親戚にご不幸が? お前はいかなくていいのか?」
「いいってさ。オレは正直顔も覚えてないくらい昔に会ったかも? って程度だから。でも父さんと母さんは相当世話になったんだってよ。ただその人が住んでんの隣の州で、飛行機で行って泊まりとかで……母さんたちはオレとレンのふたりでいてくれてもいいとかなんとか言ってたけど」
流石にそれはオレもレンもごめんだということで、あいつとも珍しく意見が一致して、こうしてタワーにとんぼ返りしてきたというわけだ。あいつも今頃、ノースの部屋で同じような説明をしているのかと思えばちょっと面白い。
「……あ、じゃあお前雑煮食うか?」
「ぞうに?」
後で食べようと思っていたビニール袋をガサッと差し出すと、ブラッドは怪訝そうにその袋の中を覗き込んだ。
オレの家を出て、そのままタワーに帰ってもよかったけど、折角のニューイヤーだ。グリーンイーストでも歩いて、ついでに初詣もやって帰るかってことで、レンを誘って──あいつがひとりで帰れるか不安しかなかったからで、深い意味はない──グリーンイーストに寄って、そこでつきたての餅をふたりで買って帰ってきたのだ。
ノースはレン以外仕事だから全員いるだろうけど、こっちは全員いないだろうからとりあえずオレの分だけ食って、後は冷蔵庫に入れておけば帰ってきた後で焼いて食える……と思っていたけど、ブラッドがいるなら話は別だ。餅はつきたてが一番うまいし、流石のこいつだってつきたての餅を食べた経験はそう多くはないに違いない。
「雑煮……日本で正月に食べる汁物のことだったか」
「そうそう。丁度餅買ってきたし、鳳家秘伝の雑煮をお前にも食わせてやるぜ! 餅以外の材料も買ってきたしな」
案の定、興味があるらしい。袋の中を興味津々と言った顔で見ているブラッドのデコを見ながら、こいつも案外分かりやすいなと思う。一年前なら絶対にそんなことは思わなかったに違いない。
「そうか……ならいただこう」
「任せろよ! 世界で一番うまい雑煮を食わせてやるぜ!」
「期待している」
ふっと笑ったブラッドに思わず息が詰まって、それからちょっと大げさなくらいに頷いてから勢いをつけてソファから立ち上がった。
いつも賑やかなサウスのリビングは、ブラッドが静かに本を読んでいるだけだ。その横顔を見ていると妙に落ち着かなくなって、わざと大きな音を立てて鍋を取り出したらすぐに「大きな音を立てるな」と面倒な小言がソファの方から飛んできた。
面倒なはずなのにそれを聞くとなんだか妙にしっくりきて、だからガキっぽいけどもう一回、今度はでかい声で「はいはい」と返事をしてやった。