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    Nolnol_07

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    Nolnol_07

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    アキブラオンリーのネットプリントぺーパーラリーアンソロ用のアキブラでした。
    アキラ君がルーキーを卒業して数年経っています。

    Be a family with me.「んじゃ、今度のドライブはオレが運転するか」
     ブラッドは瞬いた。
     
     ブラッドが左腕を負傷したのは、今は所属セクターも異なる年下の恋人、鳳アキラとの一か月振りのデートを控えたその四日前のことだった。
     第13期研修チームが解散して早三年。チームの解散と同時に交際を始めたブラッドとアキラの関係も、もう三年目になる。
     はじめこそ同じサウスセクターのヒーローとして研修チームを離れてからも任務で顔を合わせることが多かった二人だったが、ブラッドがノースセクターの所属へ戻ってからというもの、休日が重なることは極めて少なかった。顔を合わせるのは時折タワーですれ違う時や合同のミーティングがあるときか、数少ない休日に互いの家へ訪れるときばかり。ブラッドは何度、一緒に住んだ方が効率的だと言いたかったか分からない。
     ブラッドが初めて出会った頃は生意気なルーキーだったアキラは、今ではレッドサウスを代表するヒーローのひとりと言っても過言ではない程に成長していた。実力はもとより、LOMで発売されるグッズは飛ぶように売れ、街を歩けば記念写真を求められ、式典への参加を乞われる。
     あんまりこういうの得意じゃねぇんだけどなぁと文句を言いながらも、どこか誇らし気にブラッドが選んだネクタイをしめて式典へ出席するアキラを中継で見ながら、ブラッドはどこか誇らしいような、我が事のように嬉しいような、少し寂しいようなそんな気分になったものだった。
    「アキラ、ああいうの苦手なのにブラッドさんみたいだからっていつも張り切ってるんですよ」
     第15期のメンターのひとりとして抜擢され、慣れない日々を忙しく過ごしているらしいウィルは、ブラッドと一緒に談話室のテレビを見上げながらそんな風に微笑んだ。アキラが頑なにレッドサウスの狭いワンルームアパートで一人暮らしを続けているのも、早くお金を貯めてブラッドさんと同じ立場で一緒に暮らせるようにしたいらしいですよ、とそんな話も彼から聞いたのだった。
     そんなことなど気にしなくていい。時は金なり、せっかちかもしれないがこんな職業なのだから時間こそ何よりも大切にするべきだ。そうは思ったが、そんな話を聞いてしまっては無下にもできない。一度それとなく切り出した同棲の話を「ん~もうちょい一人暮らししてぇかも」と断られて以降、その話題はブラッドの中で永遠の保留事項として心の隅に留められていた。
     そういうわけだったので、ブラッドとアキラの休暇が重なり、丸一日を一緒に過ごすことができる日はそう多くはない。通話やメッセージアプリでやり取りをすることはできても、やはり顔を合わせないと話せないことは多い。……満たされないものも。四日後の休暇は、ブラッドの運転でニューミリオン近郊にあるアスレチック施設へ行く予定だった。最新の設備が揃った本格的なボルダリング施設が併設されているとのことで、アキラの希望でその施設で汗を流した後、ホテルへ戻って一泊し、翌朝アキラのパトロールに間に合うようにタワーへ戻ってくるというのがアキラの考案した休日のプランだ。アキラの影響もあり、彼ほどではないがボルダリングを楽しんでいるブラッドにとって不満があるはずもない、最適な休日のはずだった。──今日、コンクリートの塊を左腕に受けるまでは。
    「うーん、全治二週間ってところだね」
    「二週間……」
     ノヴァ博士の診断を半ば絶望的な思いで繰り返しながら、ブラッドは固定された自らの左腕を見下ろした。この程度の負傷なら今までに何度も経験してきた。むしろ、骨が無事なだけ軽傷とすら言える。しかし、タイミングが悪すぎた。
    「とりあえず今日と明日は入院して様子を見てみよう。しばらく痛むだろうから、痛み止めを処方しようか。完全に靭帯が切れたわけじゃないとはいえ、無理せず安静に過ごすこと」
    「……週末に休暇を取っているのだが」
    「あぁ、休暇は予定通り取得して問題ないよ。ただし、安静にして過ごすこと」
     無慈悲な一言を繰り返して、博士は病室から出て行った。様子を見るための入院とはよく言ったもので、つまりブラッドが〈うっかり〉仕事をしないように見張るつもりなのだろう。深くため息をつきながらクッションにもたれかかる。じっとりと左腕に巻かれた包帯を睨みつけるが、無論よくなるはずもない。
     これでは、ボルダリングどころか、ドライブもできないな。
     ブラッドは再びため息をついて目を閉じた。処置の際に打たれた麻酔のせいか、少し眠い。ブラッドが負傷したという報せはブラッド自身が連絡しなくとも、共に任務にあたっていたガストからアキラに伝えられているはずだ。この埋め合わせをどうしようかとそんなこと考えているうちに、どうやらブラッドは眠ってしまったようだった。
     
     +-+-+-+-+-

    「……で、そう……あぁ、オレはそれで……うん……」
     誰かの話し声で、泥の中に沈んでいたような思考がゆっくりと浮上していく。
    「うん……了解。じゃあ……で……おう」
     重たい瞼を持ち上げ、緩慢に瞬きを繰り返す。滲んでいた視界が光を取り戻し、その中心に見慣れた赤色を見つけたブラッドは半分夢の中に沈んだまま「……アキラか?」と呼びかけた。実際には、呼びかけた、というよりも囁いた、というような声量であったが。
    「うぉ、ブラッド? 起きたのかよ」
     こちらに背を向けていたアキラが目を丸くしながら振り返り、横になっているブラッドの顔を覗き込む。それに頷いて身体を起こそうとしたブラッドは、「おいバカ!」とアキラに制止され、むっと眉間にしわを寄せた。
    「ほらクッション積んでやるから無理すんなって」
    「病人じゃないんだぞ」
    「左腕やっちまって絶対安静のくせによく言うぜ。ガストから、市民かばったブラッドにコンクリの塊が直撃したって聞いて、心臓止まるかと思ったんだからな」
     マグカップに注いだ水を手渡され、一息で飲み干す。どうやら自覚していた以上に喉が渇いていたようで、引きつる様だった喉奥に冷たい水がしみた。
    「それはガストの言い方に問題があるだろう」
    「実際激突したんじゃねーか。……骨は無事なんだよな?」
     はぁ、と大きなため息をつくアキラにバツの悪い思いをしながら、ブラッドは包帯の上から左腕を撫でてみた。少々大げさに包帯が巻かれているような気がしてならないが、これも〈うっかり〉ほどけないように、という処置だろう。
    「あぁ。靭帯を痛めただけでそれ以外は特に問題ない。……だが、週末の予定は駄目になってしまったな」
    「しょーがねーだろ。むしろ靭帯痛めただけでよかったじゃねぇか。もっと大けがだったらずっと入院だっただろ? ……一応、家には帰れるんだよな?」
    「休暇は予定通りでよいそうだ」
    「そっか。ならボルダリングは今度にしようぜ」
     ブラッドが頷くと、アキラはさして残念でもなさそうに床に置いてあった鞄から手帳を取り出した。パラパラと薄い紙を捲って予定を確認している横顔に、自己嫌悪にも似た罪悪感が腹の底から湧き上がってくる。
    「……すまない」
    「え? 何謝ってんだよ。別にしょうがねぇだろ? こんなの。オレだって前にデート当日に骨折ったし」
    「ふっ……そういえばそんなこともあったな。ビルから飛び降りたんだったか?」
    「おい、やべぇ奴みたいな言い方すんな」
     しかもあれば待ち合わせ時刻の三十分前だったと記憶している。待ち合わせ場所に向かっている最中に緊急招集がかかったかと思えば、アキラが倒壊寸前のビルから子供を抱えて飛び降りて、足の骨を折ったと聞いたときは耳を疑った。
    「あの時は流石に肝が冷えた」
    「ま、お互いさまってことだな」
     肩を竦めるアキラに、少し気が楽になったことを自覚する。彼は昔からこうやって相手を和ませるのが上手かった。その大半が無自覚なのだから、持って生まれた気質のようなものなのだろう。ブラッドにはない、彼の言葉通りの天才的な気質だ。それに何度救われてきたか分からない。そう言っても、恐らくアキラは怪訝そうな顔をするのだろうが。
    「じゃあボルダリングは今度にするとして……」
     ブラッドの腕が使い物にならないとなれば、ドライブで遠出も延期だろう。
     映画をレンタルしてみるのもよいかもしれない。何か最近の映画でアキラが好きそうで自分も観られそうなものはあっただろうかとテーブルの上に置いてあったスマートフォンに手を伸ばしたブラッドは、
    「んじゃ、今度のドライブはオレが運転するか」
    「……なに?」
     事も無げに言ったアキラに、思わずスマートフォンを手に取ることも忘れて顔をあげた。
     
     
     アキラが譲らないものはさほど多くはないが、そのうちのひとつが同棲、そしてもうひとつが彼の運転する車の助手席だった。
     ルーキー研修の最後の年、アキラは自動車免許を取得した。あの機械音痴が無事に免許を取れるのか、事故を起こさないかとブラッドやウィルをはじめ、ガスト、オスカー、レン、ジェイまで心配していたのだが、アキラは危なげなく仮免許試験に合格し、ストレートで四輪車の免許を取得してしまった。本人曰く、教習所の車はブラッドの車と違ってわけわかんねぇタッチパネルがないから楽勝だった、とのことだった。
     彼はそのまま彼のトレードカラーでもある赤い中古車を購入し、今住んでいるアパートの近くに駐車場を借りて、休日は時折その車で出かけている。……らしい。
     らしいというのも、アキラが免許を取得して四年経った今でも、ブラッドは彼の運転する車に乗ったことがないのだった。ただの一度もである。
     彼がどんな車に乗っているのかは知っている。小回りのきく、少し古いモデルの中古車だ。ガストや昔の仲間たちと買いに行って、万が一のことがあってもいいように中古車を選んだのだというのはアキラ本人から聞いた。
     ルーキー時代のキャンプで同じ班だったグレイやガスト、ジュニアと交代でハンドルを握ってニューミリオンの郊外へキャンプに出掛けたり、ウィルやレンと大型ショッピングセンターへ出かけたりすることもあるらしい。そしてオスカーと一緒にアレキサンダーの新しい飼育ゲージの材料を買いに行ったということも、オスカーから聞いていた。
     なのに、ブラッドはアキラの運転する車の助手席に乗せてもらったことは今まで一度もない。彼とふたりで出かけるときは必ずブラッドの車で、ブラッドが運転手をつとめていた。
     それに不満は当然ない。ドライブはブラッドの趣味でもあるし、愛車を走らせる時間は何よりも爽快で、よい気分転換になる。隣で楽しそうにしている恋人がいればなおさらだ。
     しかしそれとこれとは違うとはよく言ったもので、ブラッドは密かにアキラが彼の愛車の助手席に自分を招待してくれる日を心待ちにしていたのである。……四年間。
     ブラッドさんの運転がものすごく上手だから、アキラも緊張しちゃうのかも……これはウィルの言だ。
     あいつの車は中古車だし、それを気にしているんじゃないか? ……これはレン。
     運転上達するまで待って欲しいんじゃねぇか? ……これはガスト。
     ブラッド自身が気にしていると口にしたことは一度もないが、何故か周囲にはこんなことばかり言われる。
     しかし、ブラッドから「お前の車に乗せてほしい」というのもなんだか変な感じがして、結局今まで一度も彼の車について言及したことはなかった。同棲の件同様、こちらもブラッドの中ではある種のタブーのようになっていたのだが。
    「今、何と言った?」
    「え? だから週末のドライブはオレが運転するって……あ、そりゃアスレチック施設には行けねぇけど、適当に走ってそんでお前の家かオレの……いや待て、オレの家今ちょっと散らかってるかも。お前の家でいいか?」
    「それはもちろん構わないが……その、構わないのか?」
    「へ? 何が?」
     話がいまいちかみ合わない。ブラッドが眉をひそめているのを見て、何故かアキラは部屋が散らかっているのには理由が、だとか普段はもうちょっと片付けている、だとか言い訳を始めている。
    「お前の部屋の話ではなく……お前の運転する車に乗っても構わないのか?」
    「え? 駄目なのか? っていうかそれ聞くのオレの方じゃね?」
    「いや……」
     もしかして、今まで彼のドライブに誘われなかったのには、特別な理由はなかったのだろうか。
     アキラが「ドライブでいいか?」と確認してくるのに頷きつつ、ブラッドは内心首を傾げたのだった。
     
     +-+-+-+-+-
     
     そして、休暇当日。
     アキラの車は、ブラッドの記憶にある通り赤くて比較的小さな車だった。確か最後に見たときには屋根の上に彼の自転車が積まれていたような気がするが、流石に自転車はなくなっている。
    「お前の車より狭いけど」
    「いや、問題ない」
     このままブラッドの家へ行くのだから身軽なものだ。助手席に乗り込むと、アキラは「シートとか適当に調整していいから」と言って慣れた手つきでシートベルトを締めた。
    「……あぁ」
     普段とは反対側から見るその横顔に、何故かブラッドの方が緊張してしまう。動揺を悟られないように頷いてシートベルトを締めると、アキラは頷いて滑らかに車を発進させた。
     
     アキラの運転技術はというと、想像よりずっと上手だ、というのが正直なところだった。もう何年も乗っているのだから当たり前だと言われればその通りなのだろうが、ドアに左腕をもたれかからせるようにして片手でハンドルを握る姿は、いつの間にかブラッドが知っているよりもずっと大人になっていた彼を象徴しているようで、落ち着かない気分になる。
    「……ハイハイ」
     ブラッドがちらちらと見ていたのを勘違いしたのか、少々不満そうにアキラが両手でハンドルを握りなおす。咎めたかったわけではなかったが、素直に見惚れていたというのも少し気恥ずかしくて、ブラッドは黙って視線をそらした。
     代わりに、車内に漂う香りのもとを探してみる。彼が好んでいる香水の匂いとは異なっていたが、よく探すまでもなくダッシュボードの上に置かれた麻の袋が香りの元だと気が付いた。
    「それな、車買ったばっかの頃にウィルが『アキラはちょっと怒りっぽいから~』とか言ってくれたんだよ」
     赤信号で車を停めたアキラが、ブラッドの視線の先に気が付いて小さく笑った。
    「なんかリラックス効果のある匂い? とか何とか。効果切れたらもっと別のかっこいいやつにしようかと思ってたんだけど、なんだかんだ毎回あいつの実家行って買いなおしてるんだよ」
    「いいんじゃないか? これくらい自然な香りの方が落ち着いて」
    「オスカーも似たようなこと言ってたぜ」
     目の前の信号が青に変わり、車が微かなエンジン音を立てて動き出す。特に大きなカスタマイズはしていないのだろう、無骨なデザインの黒いダッシュボードにはその小袋と、以前ブラッドとふたりで出かけたグリーンイーストにある日本の由緒正しき神社の分社だという場所で買った、交通安全のお守りが置いてあった。
    「音楽は何を流しているんだ?」
    「え? あーなんだっけ……なんか前にジュニアにCD借りて、次の貸すときに返してくれって言われたっきりになってんだよな……最近会ってねぇから」
     返さねぇと、と独り言ちている彼にそうか。と頷いて流れている音楽に耳を傾ける。ジュニアに借りたにしては少々静かな曲調のような気もしたが、案外ウィルと同じような理由で選ばれているのかもしれない。
    「最近、13期の皆とはよく会っているのか?」
    「え? あ~……まぁ、たまに? ガストとかジュニアがみんなで集まろうぜって声かけて、八人でメシ行ったりもしてる。普段は所属が違うから全然会わねぇんだけど。ホラ、ウィルとか忙しそうにしてるだろ? この前会ったときなんか、『ブラッドさんたちの苦労がようやく本当に分かってきた気がする』とか言ってたぜ。ちょっとやつれちまってさ。今期のルーキーってそんなに手間かかんのか? オレはあんまり絡みねぇから知らねぇけど」
    「ルーキーはどの世代でも大抵手間がかかるものだ。お前たちの時もそうだった」
     その前のマリオンたちの世代でも、マリオンは言わずもがな、他のメンターたちもそれぞれ苦労していたし、さらにその前にはアッシュが何人もメンターをやめさせている。さらに前になるとブラッドたち自身の世代になるわけだが……ジェイには本当に苦労を掛けたと、ウィルではないがマリオンのメンターになった時に身に染みたものだ。
    「でもオレは全然手がかからなかっただろ? なんたって天才だしな!」
    「お前には特別手を焼いたが?」
    「えぇっ マジかよ!」
     大げさに驚いて、アキラはすぐに笑った。「うそうそ、お前に迷惑かけたのは分かってるよ」と前を向いたまま、ちらりと視線だけブラッドへ投げてよこす。
    「ルーキーの指導を行うことを、迷惑だとは思わない。勿論苦労は多いが、ルーキーの成長は自分のことのように嬉しいものだからな」
    「そっか。そういうもんか? ……オレもそのうち、声かかったりすんのかな」
    「さぁ、どうだろうな」
     実際、今期のメンターを選抜する際にも、アキラの名前は何度か上がったと司令部の知人に聞いている。結局、選ばれなかったようだが。
     今の彼は現場での活躍を期待されている。メンターとしてではなく、ひとつの憧れとしてルーキーに背中を見せることを期待されているのかもしれない。
     と、こんなことを言っても仕方がないことだが。アキラがメンターとして後進を育成する姿に興味がないと言えば嘘になるが、彼がメンターに選ばれれば少なくとも三年、アキラはタワーでの生活が決まってしまう。……そんな私情で彼がメンターに選ばれなかったと知ってほっとしたと言えば、彼はブラッドを軽蔑するだろうか。
     そんなことを話しているうちに、短いドライブはいつの間にか終わっていた。ブラッドの借りているマンションの近くの駐車場に、車はゆっくりと侵入していく。時計を見ればそれなりの時間彼の助手席に座っていたはずなのに、なんだか一瞬のようだった。
     こんな機会はしばらくないかもしれないし、惜しいことをしたかもしれない。ブラッドが小さくため息をついたその時だった。
    「ブラッドわりぃ、ちょっとごめんな」
    「なに?」
     ふわりと柔らかなハーブの香りに、アキラがつけている香水の匂いが入り交じる。彼の骨ばった手が助手席の背もたれにかけられて、ブラッドは思わずドアの方へ身体を引いた。
     助手席側に腕を回し、透明感のあるエメラルドグリーンの瞳が真剣にバックドアガラスの方を見ている。手のひらで右へ左へ器用に回されるハンドルに従って車はスムーズに駐車スペースへ収まっていく。
     一度ギアを戻して切り返したアキラが再度車の位置を修正する横顔を思わずじっと見つめていたブラッドは、「よし」と呟いたアキラと目が合って、慌てて結局一度も使われなかったカーナビゲーションの液晶へ視線を落とした。
    「そ、そんな方法でやらなくても、バックモニターが付いているだろう」
    「あー、それな。一応ついてるんだけどいまいちよくわかんねぇって言うか、距離感つかめねぇんだよなぁ。結局自分で見た方が安心って言うか……お前みたいにモニター見て一発で決められた方が格好いいんだろうけど」
    「いや……」
     それはむしろ……逆なのでは?
     いつか読んだ本に、男性が車をバック駐車している横顔は数割増しで格好よく見えると書いてあったことを思い出した。なるほど、確かに……そうかもしれない。
    「じゃ、いこーぜ。映画観るんだったよな?」
    「あ、あぁ。お前が気になると言っていたアクション映画が丁度レンタル開始になっていた」
    「マジかよやったぜ。あ、でもその前に、ちょっと話していいか?」
    「それはもちろん構わないが……」
     シートベルトを外してエンジンを切りながら、アキラは笑って後部座席に積んである小さな荷物に視線をやった。
    「ちょっとお前に相談したいことがあってさ」
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