拳修小話「……あの坊主に手を出すのか、俺!?」
じわじわと沸上がっていた気持ちに、ふっと冷水を浴びせられたような感覚に陥る。急に、今からしようとしていることが、とんでもなく極悪非道な行為のような気がしてきた。
「あの、今日……隊長の家に行ってもいいスか」
終業後、修兵は顔を俯かせながら伝えにくそうに声をかけてきた。短く整えられた髪から覗く耳は真っ赤に染まり、俺の隊長羽織の裾をクイッと握っている姿はなんともいじらしい。
「あぁ、いいぞ」
と平然を装って答えるが、心臓は暴れだしそうなくらい脈を打っていた。まさか向こうから言ってくるとは思っていなかったが、それだけ修兵に心を許されているのだと思うのは自惚れではないはずだ。
修兵とは恋仲になってしばらく経つ。
最初想いを告げてきたのも修兵からだった。しかし、アイツと来たら「応えてほしいわけではない」だの、「ただ好きでいさせてほしい」だのとこっちにまるで気がないと思い込んで自己完結している始末。先手を打たれたのは不覚であったが、俺だって修兵のことをそういう意味で好ましく想っていること、手放す気はさらさらないことを懇々と伝えた。
自己評価が低く、自分が恋愛対象になっているとは露とも考えていなかったらしい修兵が、必死になって誘ってきたのを嬉しく思わないわけがなかった。
夕食を共にし、風呂に入ろうかとなったとき先にどうかと声をかければ、修兵はあわあわしながら首を横に振った。
「拳西さんの家ですから、拳西さんが先に入ってください。それに……」
「それに?」
「い、いえなんでもないです!!お先にどうぞ!!」
顔を真っ赤にしながら、修兵が風呂を急かす。コイツ大丈夫なのかと心配になるくらいに反応が初々しく、こちらまで恥ずかしくなってくる。
それを誤魔化すように、分かったと風呂場に向かう。なんとなくからかいたくなって、居間を出る間際に一つだけ言い残す。
「出るまでに覚悟決めとけよ」
「!!」
口をパクパクさせる修兵が本当に愛らしく、口の端がにやけるのを堪えきれなかった。
のだが。
「……お風呂いただきますね」
となにやら覚悟を決めた顔をして、風呂に向かった修兵を見送ったところでふとよぎった「現実」。
(いやいやとは言えもういい大人だぞアイツは……!!)
と自分を言い聞かせるが、脳裏に浮かぶのはあの日助けた目いっぱいに泣きじゃくる子どもの姿。
死神に年齢なんてあってないようなものだが、それでも自分より遥かに年若い男を、しかも己を憧れだと言って憚らない男に手を出してしまっていいのか。
(アイツはもう俺のモンだろーが)
挙句の果てに、修兵を大切にしたい自分と全部がほしい自分とが脳内で争いはじめた。
「もうちょっとだけゆっくりしてきてくれ」
自分らしくない悩みに頭を抱えながら、聞こえるはずもない呟きが浴室の向こうに消えた。