2024/3ホワイトデーSS 三月十四日、ホワイトデー。タルタリヤは自身の通う高校の敷地内にある付属中学の正門前に佇んでいた。遠巻きにタルタリヤを見てくる何人かの視線を感じる。直接家へ行った方が良かっただろうかという考えがよぎるが、この手の中の物を妹と一緒に作っていた昨日からずっと、いや、バレンタインのあの日からずっと頭は彼女のことでいっぱいで、いてもたってもいられなかったのだ。ほどなく、彼女は現れた。独りだ、都合がいい。
「蛍」
声をかけると、蛍は驚いた様子だ。久しぶりに見る制服姿の彼女はすぐにタルタリヤの腕を取ってぐいぐいとどこかへ引っ張っていく。ちょ、胸が……当たる、当たってる。
人気のない場所まで引っ張られて彼女を見下ろしたら、なんだか怒っているような顔つきでうつむいている。
「なんで……学校に来たり……何か用?」
「今日、ホワイトデーだろ? だからこれ」
片手で掴んでいた小さなプレゼントBOXを目の前に差し出したが、不機嫌顔は直らない。
「なんで……」
「それはこっちの台詞だよ。……ねぇ、なんで今年はバレンタインのチョコ、くれなかったの?」
幼馴染の蛍からバレンタインデーに毎年欠かさずもらっていたチョコレートが無かった一か月前、タルタリヤはショックだった。それはもう。その日は眠れず、蛍に何かあったのでは無いかと心配で、夜中に彼女の家の前まで行って部屋の明かりがついていることを確認したほどだ。翌日タルタリヤの同級生である空にも彼女の健康のことをそれとなく確認したが、別に何も変わったところは無いという。それどころか空は昨日蛍にもらった手作りチョコがいかに美味しかったかを自慢してくる始末。
タルタリヤの心はその日から荒むばかりで、毎日のように空に彼女の動向を聞いては「いつも通りだ、いい加減にしろ」と言われ、最近では空に避けられるようになってしまった。
箱に視線を移したまま何も言わない蛍に、不安な気持ちがとめどなく溢れてくる。
「あのさ……蛍。まさかとは思うんだけど、好き……な……人でも、出来た?」
「…………」
ビクッと肩を震わせて恐る恐るという風にタルタリヤを見上げた蛍の表情に、子供の頃から知っている彼女とはまるで違う女の顔が見えて……
考えない訳では無かった。毎年欠かさずくれていたバレンタインデーのチョコを、家族には変わらずあげても他人の男には渡さない、その意味。ハハ、と口から笑いが漏れた。
「ねぇ、これ自信作なんだ。昨日トーニャと一緒に作ったクッキーとチョコレート。開けてみてよ」
笑顔を作って彼女の前に箱を突き出すと、蛍はちょっと驚いた風に目をぱちくりさせたが、素直に箱を受け取って包装紙を解き始めた。
「わ、可愛い」
中からは星型のクッキーと鯨を型どったチョコレート。
「だろ? 結構頑張ったんだよ。味も保証するから、食べてみて」
「……うん」
途端に明るい口調で話すタルタリヤに少しだけ訝しげな視線をよこしながらも、蛍は鯨のチョコレートを一つ摘んでポキッと半分、口の中に入れた。
「おいし」
笑顔になった蛍にタルタリヤも微笑むと、半分残った鯨の尾を持つ蛍の手首を掴んだ。
不思議そうにする彼女の手を自身の口元に持っていって、鯨の欠片を口に含む。
「え、タル…」
そのまま蛍の唇に唇を重ね、チョコレートの欠片ごと口の中に舌を入れた。
「んぅっ、タ、ん〜!」
暴れる蛍の身体を抱き寄せて口腔内を貪る。お互いの唾液で溶けたチョコが甘く、舌を絡める度にビクビクと震える彼女が可愛くて、脳まで溶けてしまいそうだ。
ハァハァと肩で息をする蛍から唇を離すと、力が抜けてしまったのか、タルタリヤに全身を預けてくる。
好きでも無い男にこんな事をされてろくに抵抗しないなんて、少し心配になるなこの子、と、自分のした事を棚に上げておかしな兄心が湧いてきてしまう。
「蛍……好きだ。君に好きな奴がいようと、誰にも渡さない」
抱きしめる腕にますます力を込めて想いを伝えた。元から誰にも渡す気なんて無い。ずっと、大切に大切にしていたのに、誰とも分からない男に横からかっさらわれてたまるか。
「ま、待って、タル…」
「嫌だ、俺の気持ちは変わらないよ、蛍。好きな男って誰? 同級生とか? それとも俺の知ってる奴……?」
「た、る……くるし」
抱きしめる力を少し緩めて蛍の肩を掴んで、再び口付けようと顔を寄せた。
「タルタリヤだよ!」
ピタッと、蛍の唇の前で動きを止めて、彼女の顔を凝視した。頬を真っ赤に染めてウルウルと目元に涙を溜めている。
「え?」
「好きな……人。タルタリヤのこと!」
「え、嘘」
「……嘘じゃない。恥ずかしくて……あげられなかったの、バレンタインのチョコ」
思いもよらない告白に自然と顔がにやけてくるのを、口元に手をやって隠した。先程の自分の強引さに、顔が赤くなりそうだ。
「えっと……ごめんね、蛍。……キス、していい?」
「……いいよ」
目尻に涙を溜めてそっと目を瞑った彼女の目元を拭い、タルタリヤは優しく蛍の唇に口付けた。
「箱、落としちゃった。タルタリヤのせいで」
無理矢理キスした時に蛍の手から落ちたプレゼントBOXを拾って、ほとんど全部地面に落ちてしまったクッキーとチョコレートを悲しげに見る蛍に、申し訳ない気持ちが湧いてくる。
「うち来る? 余りがいくつか残ってるよ」
「ほんとっ?」
顔を輝かせる彼女が愛しい。タルタリヤはニコッと微笑んで蛍の手を取った。
「今日、親いないけどいい?」
「え」
蛍はその場で足を止めて戸惑った顔を向けてきた。つい試すような事を言ってしまったが、中学生には刺激が強かったか。
「弟たちと妹はいるよ。何か想像しちゃった?」
「……もう!」
「ハハッ。何もしないよ、おいで」
ぎゅっと彼女の手を握る。一生離すつもりは無いから、焦る必要は無い。