カジノがあるのはホテルの7階で、フロアを隅から隅まで使って展開していた。アキラはライトを改めて誘ってエレベーターへ向かう。カジノ専用になっていて、二階のロビーかさらに上階のレストランフロアにしか行けないものだ。
「あんた、仕事抜けたのか?」「いや、上がったんだよ。もともと僕の契約は二十時までなんだ」
いまは二十一時になろうという頃合いだった。ライトがゆるりと眉を上げる。「あなたとのゲームが楽しくてね。あ、残業も付くから安心してくれ」「…つまり、時間を忘れて楽しんでた、ってことか?」「ふ、そうなるね」「そりゃ嬉しいもんだ。俺も楽しかったからな」「それは、うん、あなた本当に楽しそうだった」
エレベーターが止まった。十一階のフロアにはレストランが二軒と、バーが一軒ある。どれもパノラマ展望が売りで、もちろん味も良い。「料理の好みは?」「なんでも食うが、強いていうなら味は濃いほうがいいな」「お酒は飲まないんだったね。ならこっちにしようか」「ん、あんたに任せる」選んだ店に入りカードを見せた。カジノのスタッフだとわかると、店員があらかじめ押さえておいた席に案内してくれる。夜景が見られるテーブル席だ。ライトがちらりと外を見ている。高いところも大丈夫そうでよかったとその横顔に思った。細められた目は楽しそうだ。
コートを脱いでファーも取った。これはオーナーが決めたディーラー揃いの衣装だ。あのカジノは賭け事をする場にしては「綺麗」なほうで、裏の顔などほぼないに等しい。その中での遊び心と、客の満足度のためにとみな着飾ることになっていた。コートの下のスーツもすこし光沢がありシャツは光の加減できらきらするのだが、まぁ、この店の抑えられた照明であれば普通のジャケットとシャツに見えるだろう。比べてライトはぴたりとした黒のTシャツに革のジャケット、足もすらりとその長さと重さがわかるようなシルエットになっていた。シンプルな格好だが、だからこそスタイルの良さが際立つ。それに、思っていたよりも鍛えられた体で、アキラはついじっと眺めてしまった。気付いたライトがなんだと首を傾げながら椅子に腰を下ろす。「やっぱり格好良いなと思ってね。あなたイケメンだ」「なんだ、いきなり」「おや、照れた?」「馬鹿言うな、照れてない」ずれてもいないサングラスをなおす仕草に笑ってしまう。食事を楽しもうと、乾杯だけ軽いものを飲んだ。
オーナーに言われたんだけれど、って前置きしたらなんだ?って促されて「よく誤解されるんだ」「誤解?」「うん。こういうことに慣れてるってね」ライトの眉が器用に上がる。どういうことだと聞かずにまた促されるのに笑って、肩を竦めた。「僕が慣れてるのはオーナーから学んだディーラーとしてのやり方であって、こんなふうに誰かを誘って食事なんてこと、身内以外では滅多にしない」「――――」相槌もないのにそっと視線を向けた。「あなたも誤解を?」やはりそう取られるのかと軽い溜め息が出そうになったところで、ふるりとあっけなく首を振られる。「いや、そこまで考えてなかった」その答えにアキラのほうがきょとりとしてしまった。途端にライトが少しばかりばつが悪そうな顔になる。「あー…、カジノではあんたとのゲームに夢中でな。その後も一緒にいられるってなればまぁ、あんたのことしか考えてないってわけだ」慣れてるだとかは考えてもなかったと言われ、アキラはむずりと口元を動かす。「……それはそれで、ちょっと照れるな」「ちなみに、今もだ」「そう」「顔が赤いな、あんたポーカーフェイス得意なんじゃないのか」「得意なほうだよ。すくなくともゲームの最中と、あなたの前以外ではね」「は、あんたは俺を喜ばせるのがうまい。おかげで顔が緩みっぱなしで格好がつかないんだが」「…かわいいよ、あなた」「やめてくれ、こっちが照れる」「かわいい」「おい」「キスがしたいと思うくらいだ」「そんなこと言うならするぞ」「あとでね」む、と口をつぐむのがおかしくて、かわいくて、アキラはずっと笑いっぱなしだ。並ぶ料理もとてもおいしい。ライトも気に入ったようだった。また来たいなとちらりと思ったが、それだけは口にせずに代わりに炭酸を一口飲む。ライトが飲んでいた葡萄味に惹かれて頼んだものは喉越しが良くてするする飲めた。冷たいそれに喉がきゅうとひえる。キスがしたいな、とまた、思ってしまった。
食べ終えてレストランを出て、エレベーターに向かった。ここからの行き先は二種類だ。ロビーのある二階か、客室に繋がる各フロアか。アキラは窓から外を見下ろしているライトの隣に並び、ねぇ、と声を掛けた。「ねぇ、…ライトさん」「なんだ?」「あなた、朝まで空いてるって言っていたけれど」「あぁ、言ったな」「それは朝まで一緒にいられるってことでよかったかい」「そのつもりで言った」「そう、よかった。さっき下のフロアに部屋を取ったんだ」「へぇ」ふ、と笑った横顔がアキラを見てゆるゆると表情を変える。カードゲームをしていたときにも見せた顔だ。すっかり彼の獲物になった気分になる。「なぁ」「なんだい」「それはあんたをベッドに誘っていいってことか?」意趣返しのようになぞられた疑問に、アキラはくすりと笑う。「そのつもりで言ったよ」「よかった、勘違いなら凹むところだ」「ふ、あなたが?」「なんだ、意外か?こう見えて繊細なんだがな」「ふ、ふふ、僕が渋ったら口説くつもりだったんじゃ?」「バレてたか」手が伸びてきて、指先が髪に触れた。するり、と拾われた毛先が流れて落ちる。エレベーターが止まり、ドアが開いた。どちらからともなく乗り込み、5階のボタンを押したところで、キスをされた。触れた唇は当たり前に柔らかくて、その熱も、触れて離れてまた重ねられるやわさも、ひどくやさしい。味わうようについ目を閉じてしまった。