夕食の間も松井は歌仙の斜めうしろに待機し、飲み物の補充や、口についたものを拭ったりしている。
少し離れた席で豊前はそれを見ていた。見るつもりはなかったのだが、どうしても目が行ってしまう。
「なあ、なんなんだアレ」
豊前は嫉妬心剥き出しだった。豊前の向かいに座って食事をしていた桑名は、篭手切たちの申し出を断って正解だったと思った。
「めいどさん、らしいよ」
「それくらい俺だってわかってんよ。なんで松井が歌仙の世話してんだって聞いてんだよ」
「さあ、なんなんだろうねぇ。松井家が細川家のお世話するのは自然なことなんじゃないかな?」
ここで豊前がメイドの松井に興味を持ってくれたら、篭手切の気も晴れるのだろう。
豊前は不服そうな顔をして黙っている。
「うらやましい?」
「……そういうんじゃねーけど……松井、嫌がってねーのか?」
実際、松井はちらちらと豊前のほうに縋るような視線を向けてくる。この両手が求められている気がする。
「本当はこんなことしたくなくて、でも篭手切や歌仙の言うことだから、我慢して聞いてるんじゃねーのか?」
「それはどうだろう。松井本人に聞いてみたら?」
食事を終えた歌仙が立ち上がる。
「次は湯浴みに行こうか、背中流してくれるかい?」
「……はい、ご主人様」
食堂を出て、大浴場へ向かう歌仙たちを、豊前は追いかける。歌仙の後ろをついていく松井の片腕を豊前は引っ張った。腕を掴まれた松井が振り返る。
「豊前」
「松井、お前こんなこと、本当にやりたくてやってんのか?」
「……僕は……」
「おやおや。僕のものに手を出すとは、覚悟はできているんだろうね」
歌仙が刀に手をかける。
「いつから松井はお前のもんになったんだよ」
「今日からだよ。ほら、契約書もある」
歌仙が懐から契約書を出して広げ、豊前の眼前に突きつけた。
そこには松井は歌仙の召使いになるという旨の内容が書いてあるのだろうが、難しそうな文字が並んでいるのを見て豊前は眩暈がした。しかし一番下に書いてある「松井江」のサインと、その隣に押されている血判が松井のもので相違ないことくらいはわかる。
契約書を盾に取られると勝ち目はない。あとは夜逃げするしかない。だから、安易にサインをしてはいけない。といつも言っているのは松井だったじゃないか。きっと何かの事情があって、サインさせられたんだ。
「僕は松井を好きなようにしていいんだ。もちろん、夜の世話もしてもらうよ。この愛らしい衣装で」
歌仙が、松井のスカートをつまんで、少しだけふわりと持ち上げる。長いスカートに隠れていた松井の足首がチラリと見えた。
松井は豊前に視線を送った。訴えかけるような目で、ここから連れ去ってほしいと。理解した豊前は、持ち前の疾さで歌仙から契約書をひったくり、松井の手を取って駆け出した。
ふたりが本丸の廊下を曲がって姿が見えなくなると、柱の陰に隠れていた篭手切がひょっこり顔を出す。
「ありがとう、歌仙!大成功だ!いい芝居だった。みゅーじかるをやる時には共にすていじに立ってほしいくらいだ」
豊前はメイド服の松井の手を引いて、本丸の廊下を駆ける。
どこに行くのか、松井は聞かなかった。
玄関で豊前が靴をはくと、松井も続いて、軽装用の編み上げブーツをはいた。昼もこれで万屋へ出かけていたのだ。
「はやくしねーと……」
先に靴を履いた豊前が、松井のブーツの紐を素早く結ってくれた。
追手など来ないことを松井はわかっている。
結び終わって立ち上がった豊前は、再び松井の手を取って走り出した。
豊前のバイクは厩の一角に置いてある。松井を抱き上げて乗せ、自身も飛び乗った。
連れ出してくれるんだ。どこか遠くへ。
「出るぞ」
松井が豊前の腰にしがみつくと同時に発進した。