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    sayu

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    sayu

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    陽介記憶喪失話。
    3 知らない人みたいに

    もしも記憶が消せたなら 雪子達と約束した通り、翌日から町中で聞き込み捜査を行った。
     しかし人通りのないタイミングで事故が起きたのか、有力な証言を持つ人間は現れなかった。
     そうこうしている内に花村は退院し、朝から教室で雪子にお礼を述べていた。
    「いやぁ天城さんの書いてくれた地図のおかげで助かったー。おぼろげに覚えてっけど、本当にこっちの方向であってるのかとかちょっと自信なかったし」
    「念のために学校までの地図渡しておいたけど、役に立って良かった。体の調子はどう?」
    「まだあちこちいてーから走ったりは無理そうだけど、そっと歩くくらいなら大丈夫」
    「そっか、じゃあまだしばらくは安静だね。何かあったら言ってね」
     病室で話した時から二人でなーんか雰囲気出ちゃってるような気がしないでもないけど、それはそれで記憶を失う前の花村と変わらないような気もして微妙な気持ちであった。雪子が花村にそういう意味で興味がないのはよく知っていたので不安にはならないけども、花村はそうではない。記憶を失っているのだから、これまで何を雪子と話してきたのかも覚えてはいないだろう。
    「花村ー、あんた雪子と話しすぎじゃないの」
     まるで記憶を失っていないかのようないつもの光景に、少しムッとしてしまった。
    「里中さん、だっけ。席めっちゃ近かったんだな。見舞いに来てくれて、なんつーかその、ありがとう」
     言葉を選んでいるのが丸わかりでなんだか余計ムカッとした。
     雪子の時はそこまで言葉選んでなくない? 実は記憶喪失になんてなってなくて、あたしだけドッキリ仕込まれてるとか?
     そんな不安もよぎりつつ、あれだけショックを受けたクマくんが大層な演技など出来るわけもないと結論づけて溜息をつく。
    「日常会話には問題ないんでしょ? じゃあ大丈夫!オールオッケー、なんとでもなるっしょ!」
    「……うん、そう。だな」
     歯切れの悪い受け答えをする花村がなんだか気持ち悪くてゾワッとした。いや、決して花村が気持ち悪いというわけではない。
     なんだか知らない人みたいだ、と思ったから。だから気持ち悪いと思ってしまった。
     姿形も声も同じで変わりないはずなのに、これまでの関係が刻まれた記憶が無い。たったそれだけで、こんなにも噛み合わなくなるのだろうか。
    「あ、ははっ、あたしちょっとお手洗い行ってくるね」
     なんとなく居心地が悪くてその場を立つ。
     こんな時、どうしたら良いのかはあたしにはわかんない。授業で教えてくれたら良かったのにな。
     でも長く付き合った仲間なのだからきっとどうにかなるだろう。そう能天気に考える。
     席を立ったあたしの背中を見ながら、花村が雪子に話しかける声が聞こえた気がする。
     どうせ天城越えにチャレンジする気なのだろう。どうせ失敗するから大丈夫だとどこか胸を張りながら廊下を歩く。
     そしてヘラヘラして笑うんだ。天城さんたらつれないわ~とか言いながら。
     だっていつもそうだったから。今まではずっとそうだったから。
     


     予鈴がなる前にと急いで教室に戻ると、雪子も花村も席についていた。
     しかし何かがおかしい。花村がヘッドホンを耳に掛けている。肩に掛けてはいても最近は耳に掛けているのは見かけなかった。
     まるで話しかけないでほしいみたいじゃん、やめてよね。転校してきた頃みたいでなんか嫌だ。って、ああそうか、記憶が無いってことはそういうことかと混乱する頭を落ち着かせる。
     以前転校してきた時と同じなのだ。花村にとってはあたしも雪子もそう親しくはないクラスメイトなのだと認識する。
     結局花村の影のことを知ることはなかったけれど、それでもそれなりに仲を深めてきたのだと自負していた。
     みんなで集まってスイカを食べたし、一緒にクリスマスもみんなで過ごした。自分の中にある記憶は花村には無い。突然記憶喪失になったことによるデメリットがゾワゾワと肌の上を駆け巡る。
     命に別条はないから大丈夫。どうにかなると思い込んでいたけれど、記憶が無いならそれは仲間とは呼べないのかもしれない。
     記憶がなければ仲間じゃないなんてなんか嫌だ。けれど実際花村には記憶が無い。
     でもいつか突然記憶が戻るかもしれない。そうだ、記憶喪失になったということは思い出すこともあるということだ。
     落ち込んでたら花村につつかれてしまうなと両頬を軽く叩く。
     案外階段から突き落としたら記憶が戻るかも? と思いつつ、それは流石に危ないからやめたげようと思案する。
     記憶が無いなら最悪作れば良いのだ。クマくんにそうしたように、花村にもそうすればいい。何もこれまでの記憶がなければダメだという仲ではないはずだ。そう思いたい。何があってもきっとどうにかなる。そうやってあたし達は連続殺人事件を解決したはずだ。
     自分の中にある記憶を辿り、自分が覚えているなら大丈夫だと鼓舞していく。
     自分を元気づける度、記憶の湖の底にほんのり黒い淀みが沈むことには気づかない振りをする。だってあたし達は大丈夫だから。へっちゃらだからと頭を振った。
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