【クマ+花】誕生日にまつわる小話「バイバイクマさん! ようすけおにいちゃん!」
大人数の賑やかなクリスマスパーティーの後、最後まで残って後片付けを手伝い、月森と菜々子ちゃんに見送られ、クマと会釈しながら手を振った。
「ヨースケ」
「なんだよ」
流石に夜は冷えるなと白く溶けていく息を眺めていたら、クマが自分で巻いたことによるマフラーの乱れの痕跡が視界に入ったので直してやった。
「ナナチャンが『今日はキリストさんのたんじょうびなんだよ!』って言ってたクマよ。ナナチャンもこないだ、タンジョウビ会したクマね」
「あー、菜々子ちゃんの誕生日会はお友達同士でやったみたいだから、俺らはプレゼント渡しただけだけど、それがどうかしたか」
「……タンジョウビって何クマ?」
「そういえば、お前にはそういうのなかったな」
最近は自室で図書館から借りてきた本を広げて難しい顔をしながら読んでいる姿を見ることが多くなった。
「『誕生日』っていうのはな、その人の生まれた日のことだ。……そうだな、お前の『生まれた日』は俺らと『初めて出会った日』でいいんじゃねぇか?」
四月十四日。泉と里中の三人でテレビの中に入った日。
何も見えない霧の中、ピコピコと音を鳴らして出てきたクマと出会った日。
「来年なったら祝ってやるよ」
コツンと拳でクマの後頭部を叩いてやった。「いだっ」と潰れたカエルのような声を出し、クマは頭を擦った。
「っじゃあ、ヨースケのタンジョウビはいつクマか?」
「俺? 六月二十二日だけど」
今年の六月二十二日は何があったっけかと思い返す。事件の捜査でりせの実家である豆腐店に行った日だ。
「今日はー、ジュウニガツクマから~」
両手でひーふーみーと数え、あとロクカゲツクマねと笑った。
「そうだな」
「ナナチャンはジュウガツでー、センセイはー」
誕生日という概念を覚えたクマは楽しそうに指を折って数えだす。
「おい、数えるのはいいけど、ちゃんと前見て歩けよ」
「だいじょーぶクマよ、ヨースケみたいにドジじゃないクマ」
「なっ」
なるほど、じゃあ風呂上がりのホームランバーが一個減っても良いんだなと思い、俺は冬の夜空を見上げた。
「と、言うワケで! クマはセンセイにごキョージュ願いたいでありますクマよ!」
高校三年生になり、八十稲羽へゴールデンウィークに帰省しにやってきた、残り日数僅かというある日。
センセイと二人きりで話がしたいというので、人気のない高台へとやってきた。
「ご教授って、何を聞きたいんだ?」
「えっとぉ、ヨースケのタンジョービにあげるプレゼントのリサーチクマ」
「ああ、陽介の」
あいつは欲しいものはバイトして買うタイプだから、プレゼントを考えるのは困るだろうなと思い、思わず笑った。
「なしてセンセイ笑うクマか?」
「いや、俺も考えてるけど、確かに陽介の誕生日プレゼントは難易度が高いな、と思って」
「そうクマよ~。ホームランバーもすっごく美味しいクマけど、ヨースケ全然食べないクマ」
「陽介の欲しい物ってなんだろうな」
「クマもそれが知りたいクマー。ナナチャンみたいにクマ人形作っちゃるけんね!って思ったクマけど、プリチーな人形はぜーんぜんヨースケときめかないクマよ。カンジならきっとすっごく喜ぶクマ」
「まあ、それはそうだろうな……」
可愛いものよりも、ストレートにカッコいいもののほうが好きだろう。それこそバイクだとか、男のロマンの王道が好きそうだ。
「そうだな、モノにこだわるよりも、陽介とどこかに出掛けるっていうのも良いんじゃないか」
「お出掛けクマ?」
「うん。あいつどっか出掛けるの割りと好きなところあるし」
少し遠出して遊園地に行くのも良いかもしれない。
「ゆーえんち……。ふむふむぅ。クマ、テレビで見たクマよ。カンランシャっていうおっきな乗り物があるクマね」
「観覧車に乗って一番上まで到達したときに一緒に乗っていた人間とは、恋愛成就するらしいぞ」
「レンアイとな!? じゃあカンランシャはやめるクマ。チエチャンやユキチャンといつか一緒に乗るクマー!」
つまりクマは陽介とは観覧車に乗らないということか。心の中で軽くガッツポーズを決める。
「たまにはヨースケも遊ばせてあげんといかんクマね」
むふっと仁王立ちでクマは言い放った。
「だいじょーぶ。クマ、こう見えてもヨースケの面倒はよく見てるクマー」
朝起きるときいつもクマが起こしてるクマよ~と自慢気に笑った。クマが堂島家にやってきた期間があったが、確かにクマは早起きで元気に体操していたのを覚えている。
「うむ、センセイのおかげでプレゼント決まりそうクマ! やっぱりセンセイは頼りになるぅ~!」
「お役に立てて嬉しいよ」
誕生日にクマとブッキングしてしまわないように、俺は予定をずらして夏にでも陽介の予約を取っておくかと思案した。
「センセイ」
「うん」
「クマ、ヨースケにタンジョービ祝ってもらったクマよ」
「誕生日?」
「テレビの中で初めて会った日がお前の誕生日だ、ってヨースケが」
「……なるほど」
どうやら俺の知らない間にそんな微笑ましいことをしていたらしい。粋な相棒を持ったものだと誇らしくなる。
「おっきなケーキに、ろうそくがあって、フーって消したクマ」
「うん」
「クマ一歳になったクマ。この世界に来てタンジョービ、迎えたクマね。ねぇ、センセイ」
春の残り香を漂わせるようような風がなびく。陽介に揃えてもらったであろう春服の布地を微かに揺らす。
「ヨースケにたくさんもらったもの、どうやったらヨースケにもあげられるクマ?」
クマに真っ直ぐ見つめられたが、すぐに出せるような答えはあいにく俺も持ってはいなかった。
「クマ考えても全然わからんクマね」
「……そうだな、クマ。俺にもわからないんだ」
「なんと、センセイにもわからんクマか……」
「うん。センセイにもわかんないんだ」
「そうクマか」
「そうだよ」
「センセイにもわからんコトってあるクマなー」
「センセイにもわからないことはいっぱいあるぞ」
二人で笑うと、クマはいたずら気に指を差し、
「センセイより先にクマが答え見つけたら、クマとんでもなくすごくなっちゃうクマね」
「俺がクマよりも先に見つけてしまうかもしれないぞ」
「んむむー、ま、センセイはパーフェクトなガイだから、仕方ないクマなー」
なんだか満足気にクマは頷いている。少し寂しい。
プルプルとクマのポケットから携帯が鳴り、「ヨースケクマ」とクマがオロオロしはじめた。
いいよと言って応対させると、
「なになにヨースケ、勤労中じゃなかとね? バリバリ働きんしゃい!今? センセイと一緒クマよ、羨ましいクマ? あーホームランバーを人質にするのはやめるクマよー! 全くヨースケはしょーがないクマね~、おゆーはんの惣菜、買っちゃるクマ」
どうやら買い出しを陽介から頼まれたらしい。一言二言話すと携帯の電源を切った。
「ヨースケはクマがいないと駄目クマから、ほんに目が離せんクマね。センセイもそう思うでショ?」
陽介がクマを必要としているのか、クマが陽介を必要としているのか、それは俺には検討がつかないが、微笑ましい関係だと思ってクマの頭に手を置いて撫でたのだった。