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    sayu

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    陽介記憶喪失話。
    6 ゴールデンウィークの始まり

    もしも記憶を消せたなら ゴールデンウィークといえばジュネスのかきいれ時だ。大分マシにはなった腕の痛みを加減しながら、一人でバイトをこなしていた。熊田が側についていなくても簡単な仕事程度であれば覚えた。
     大型連休だとやはり様々な人間が出入りするのか、歳のいった老人、カップルや家族連れが多く、山盛りに品出しした特売品もあっという間に減っていく。在庫を開けるかと台車をひくと、エプロンの裾をくいっと引っ張られ、後ろを振り返るとそこには見知らぬ客人が立っていた。





    「月森ー!おかえりー!」
     いつも側にいた親友の声は無いのに、どこか幻聴のように耳に響くような気がする。
     ゴールデンウィークの始まり。三月の別れ以降、八十稲羽にようやく帰ってきた。たった一ヶ月くらいの別離であったが遠い距離に感じる。ジュネスのフードコートで飲み物を持ちより、乾杯の音頭を取る。
    「月森くんおかえりー!」
    「先輩に久しぶりに会えて嬉しいッスよ」
    「先輩相変わらずカッコイイー!」
     仲間達に思い思いの歓迎の言葉を貰いつつ、たった一人だけがいない空間に寂しさを感じてしまう。
    「みんな変わらないな。まあ一ヶ月の間でそんなに変わらないか」
    「見た目はね。でも最近完二くん、勉強頑張ってるみたいだよ」
    「ちょ、天城先輩!」
    「いーじゃんいーじゃん。恥ずかしいことじゃないって」
     仲間達にも少なからず変化はあったということだ。喜ばしいなと思い微笑みを浮かべる。
     いつも隣にあった揺れる明るい色の髪はそこにはいない。どうしてここにはいないのだろう。記憶が無いからだ。八十稲羽に降り立ったら一番に会いたかった。どうしようもない。会ったところで俺のことは何も覚えてないのだろう。困らせるよりはこれでいい。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
     直斗とりせがしばらく見つめ合い、りせが立ち上がる。
    「先輩、花村先輩が記憶喪失になっちゃったって聞いたけどほんとなの?」
     天城と里中、完二は黙って俺を見つめる。
    「そう、らしい」
    「そうらしいって何? 会って確かめたらいいじゃない」
    「りせちゃん」
     天城が首を振ってりせを落ち着かせる。
    「嘘だとか演技とか、そういうんじゃないの。本当にそう。ね、千枝」
    「うん……。あたし達であれなら、月森くんやりせちゃんは多分、会わないほうが良いと思う。あたしと喋っててもぎこちなかったもん」
     俺が越してくる前から親しかった里中達がそう言うのだから、そうなのだろう。
    「先輩達はそれでいいの?」
     りせは里中達を見つめる。それでいいのかと聞かれたら、多分誰も答えは持っていない。
    「良くないよ。でも……。雪子と話し合ってるうちに気づいちゃったんだよ。花村の記憶は、無理に取り戻さなくても良いんじゃないかって」
    「どうしてそう思ったんですか?」
     納得の行く答えを欲するりせに、里中は続けた。
    「忘れたままでいたほうが良いこともあるってことだよ」
    「何をですか?」
    「りせ」
     思わず俺まで窘める。
    「小西先輩のことでしょう?」
     ピシャリと言い放つりせに、場は静まり返る。
    「久慈川、さっきも会った時に言ったけど、そのことは花村先輩が決めることだ。オレらが決めることじゃねえ」
    「うん。バカンジにしては良いこと言うじゃんって見直したよ。でもね。月森先輩」
     りせの真っ直ぐな瞳が俺を射る。
    「私、花村先輩のことそんな弱い人だとは思ってませんから」
     言いたいことは言い切ったとばかりに椅子に座り、ぷんすかとストローでジュースを飲む。
    「りせちゃんつっよ」
     場の空気につられて里中が思わずりせを褒めてしまった。
    「芸能界なんて、こんくらい強くなきゃ生きていけませんよ千枝先輩」
     ふふんとウインクを浮かべて営業スマイルを繰り出した。
    「それに、私の大好きな先輩達もみんな弱くはないんですよ」
     と笑ったのだった。
    「まぁ、花村先輩のことは良いんですよ。記憶喪失って言っても、何かをきっかけに戻ることもあるってよく言いますし。思い出だってこれからいっぱいいくらでも作れますよ、きっと。でもそうじゃない。問題は」
     りせは紙コップを揺らしながら指をさす。
     指を差された人物はおどおどとジュースを吸い上げた。
    「クマがなんにも言わないことよ」
     
     
     ◆


     頭が痛い。頭が痛いだけで歩くことは出来る。バイトをなんとか切り上げ、ふらふらと自宅に辿り着く。
     胃が気持ち悪い。突然どうしたのだろう。息が途切れて呼吸をするのが難しい。
     時折フラッシュバックがチカチカして目を開けていられない。何かモヤモヤした映像が脳裏に映し出されるものの、それが何なのかはわからず、痛みは増していくばかりだった。
     こういうときは頭痛薬と吐き気止め、どちらを飲むべきなのだろうと思案することで痛みから目を逸らせないものか。
     部屋の中でうずくまっている場合ではない。とにかくベッドで横になろう。這いずりながらベッドに手をかけると、またフラッシュバックに襲われる。
     テレビ。テレビだ。何も映らないテレビ。チカチカと明滅し、その映像の中では誰かが動いている。
     現実とフラッシュバックを区別するために思わず部屋のテレビを見たが、電源を入れていないので何も映っていない。当たり前である。ホッとした瞬間、ザザ……と部屋のテレビが波立った。
     そんなバカな。電源を入れていないのに反応があるわけがない。フラッシュバックと現実。一体どちらなのか。
     自分が歩いているのかうずくまっているのかもわからない。視覚が何重にも揺れ動き、感覚が混ざり合う。
    「花ちゃん」
     テレビの中から誰かに話しかけられた気がして、思わず画面を払い除ける。いつの間にか自分がベッドから移動していたことにも驚いたが、それ以上に指が画面に沈んだことにも驚いた。
     現実ではない。きっとそうだと思い反射的に手を引っ込めたが、頭痛とフラッシュバック、そして吐き気の反動で倒れ込む。
     滲んで閉じられていく視界の中で、テレビの中から腕が伸びてきて、自分を引きずり込むのだけが見えた。
     
     
     



    「ク、クマはなんも知らんクマ」
    「はいはいもうそれ散々聞いた」
     ムスッとしたりせとオロオロするクマの応酬を仲間内で眺める。
     それまで黙っていた直斗がりせを静止し、りせはそんな直斗を見て大人しく引き下がる。
    「僕は月森先輩より先に昨日、こちらに帰ってきていたんですが、病院の看護師さん達に聞きましたよ。事故のこと」
     クマは唇をむむむと引き結んだ。
    「クマのコト色々聞かれちゃったってことクマ? ナオチャンったらす、け、べ、クマね~」
    「聞いたのは花村先輩の事故のことで、クマくんのことではありません」
     コホンと咳をして場を仕切り直す。
    「流石に個人情報なのでと最初は断られましたが、花村先輩とは身近な知り合いだと打ち明けたら教えていただけました。事故現場も見に行きましたが狭い道路ではなく、見通しも悪くない。確かに人気もない場所ではあったので、目撃者がいないことには納得しました。しかし疑問が残ります」
     直斗は顎に手を当てて天城を見る。
    「花村先輩は足は無傷だったんですよね? 天城先輩」
    「うん。大きな打撲は頭と腕で、小さい打撲やかすり傷はあったかもしれないけど、普通に花村くん歩いてたし、本人もそう言ってた」
    「ありがとうございます。そうすると、おかしいんですよね。普通歩いたり走って飛び出した、あるいは車がそこへ走行してくるのなら、足にも怪我をしていないと変なんですよ。車体に一番最初に接触するのは腰や足のはずです」
    「あー、言われてみればそうかも」
     里中は直斗の言葉に納得したようだ。
    「私もね、ちょっと変だなって思ってたんだ」
     天城もそれに続く。
    「花村くんって運動神経は良いでしょう? いつもテレビの中で戦う時、シャドウに吹き飛ばされた時とか、ちゃんと受け身取ってたもの」
    「雪子よく見てんね」
    「千枝がカンフー映画よく見てるから、なんとなく動きとか気になっちゃって」
    「そうです、天城先輩。花村先輩が打撲で済んだのは直前に受け身を取ったのでしょう。ということは花村先輩自身が、車と接触することを認識していたということです。そうですよね、クマくん」
     直斗に見つめられ、クマは冷や汗を流した。
    「そ、そうかもしれんクマし、そうじゃないかもしれんクマ」
    「いくらたまに間の抜けたところがあると言えども、花村先輩は車道に飛び出すような人ではありません。車道に飛び出す必要があったのだと考えられます」
    「うっ……クママ……」
    「頭と腕。どうしてそこが一番酷い怪我だったのか。それはこうだったんじゃないでしょうか」
     直斗は立ち上がると、椅子に置いていたバッグをギュッと抱えた。
    「こうして、何かを守っていた。そして車に衝突した。何かをギュッと抱えていたから、花村先輩は腕を怪我した。包み込むようにしていたのでしょう。頭にも怪我を負っていたのはおそらくそのせいです」
    「クマぁ……」
     あわあわとクマは震える。
    「クマくん、教えてください。本当はいたのでしょう?」
    「な、何がクマ……」
    「クマくん以外にもう一人、何かが」
     直斗の言い放ったセリフに、仲間達がどよめいた。
    「もう一人……?」
    「もう一人って誰なの、クマ」
     視線がクマに集められ、逃げ場を失ったクマは立ち上がる。
    「クマにも言えないことはあるクマ!」
    「クマくん、事が事です。これは事故なんですよ。被害がないなら僕も調べたりはしません」
    「うう……」
     そんな問答の最中、突然クマはピタリと静止した。呼吸をすることも忘れたように動きが止まる。
    「クマ公?」
    「どうしたのクマさん?」
     力を失った腕はぶらりと下がり、持っていた紙コップは音を立てて地面に跳ねた。
    「誰かが」
     跳ねた衝撃で蓋が空き、じんわりと湖が広がる。
    「誰かがテレビの中に入ったクマ」
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