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    sayu

    主花ポイポイ
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    POIPOI 31

    sayu

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    陽介記憶喪失話。
    7 死んでくれる?

    もしも記憶が消せたなら クマは一目散に走り出し、家電コーナーへ真っ直ぐ向かっていった。
     ゴールデンウィークで人の賑わいがあり、なりふり構わずにテレビの中に入るクマを慌てて壁を作って隠しつつ、先導隊として俺は里中と天城を連れ、完二りせ直斗の三人は人気がひいたらりせのナビで合流することにした。
    「ちょっとクマくん! 誰かがテレビの中に入ったってどういうこと!?」
     いざという時用に持ち歩いていた眼鏡をしたものの、霧は晴れているので無用だったかもしれない。イザナミを倒して以来、テレビの中は平和そのものであった。クマを追いかけて走っている今もなお、シャドウは一切見当たらない。
     里中の声が聞こえているのかいないのかはわからない。クマはただ真っ直ぐに、一心不乱に何かを探して走り続ける。
     その先にあったのは歪んだ商店街であった。しかし何かが変だ。ノイズのようなものがチリチリと建物を覆っている。
    「テレビの中に、ヨースケが入ったクマ」
     呆然と立ち尽くしてクマはぼやいた。
    「どうして花村がテレビの中に? っていうかなんかここ変じゃない? こんなチリチリしてたっけ?」
     里中は商店街をキョロキョロと見渡しながらクマに疑問を問いかける。
    「ヨースケがキオクソーシツになってからずっとこうなってたクマ。スサノオもここにはいなかったクマよ」
    「えっ、そうなの? ってかなんでスサノオいないの?」
    「去年の記憶が無いから、ペルソナも存在が出来ない、とか……? でも、体験した事実そのものは変わらないよね。花村くんに記憶はなくてもスサノオはいてもいいはず」
     テレビの中は平和になった。ペルソナを使うこともない。スサノオがいなくても特に問題はないように思うが、商店街に異変が起きている以上、看過することは出来ない。
    『センパーイ! 私達も合流するよ!』
     脳内にりせの声が届いた。どうやら後輩組もテレビの中に入れたらしい。
    「わからんクマ……。でも、なんだか不安定になってるのは感じるクマよ。だからヨースケをシゲキしないようにクマ、気をつけてたクマけど……」
     うんうん唸りながら頭を抱えてじたばたしはじめるクマを、里中と天城は慰めた。
    「だからクマくん、花村の家じゃなくてテレビの中に帰ってたんだね。教えてくれれば良かったのに、もー」
    「そうだよクマさん。一人で抱え込んだらダメだよ」
    「……」
     しょんぼりと俺を見つめるクマに、ああなるほどと頷いた。
    「ちょっとクマと二人で話したい。いいかな」
    「うん、わかった。じゃあここでりせちゃん達待ってるから」
     女子二人から離れ、クマの耳に手を当てる。
    「俺とクマしか見てないから、言えなかったんだな」
     コクリとクマは首を縦に振る。続けて口を開きかけたが、そっと閉じた。りせに聞かれることを警戒したのだろう。
    『ちょっとちょっとー? 私にも言えないってことー?』
    「男には男のギョウザってもんがあるけんね」
     胸を張ってふんぞりかえるクマに、りせは頭にはてなマークを浮かべた。
    『ギョウザ……? 男の料理ってこと?』
    「……矜持な」
     こんな時にツッコミを入れる主がいない。いないので俺が代わりに補足したわけだが、どうも締まらない。
    「センセイ、ツッコミするときはもっと勢いがないとダメクマよ」
    「無理だよ、俺はそういうの向いてないから。陽介じゃないと回らないよ」
    『そうだね』
     クスクスと一通り笑った後、本題に戻る。
    「ヨースケがキオクソーシツになってから、スサノオがいないって言ったデショ?」
    「ああ」
    「でも、今ヨースケがテレビの中に入った途端、スサノオの気配が復活したみたいクマ。もしかしたらヨースケのキオク、戻ってるのかもしれんクマね」
     戻っていればいいが、それならばこの商店街の異変はなんなのだろう。
    『確かに花村先輩とスサノオの気配、するよ。記憶が戻ってるかどうかまではわかんないけど。でももう一個、何か同じ気配がするの。なんだろうこれ。あ、敵シャドウってわけじゃないよ。でも花村先輩と同じ気配なんだよね。スサノオとも良く似てる』
     りせの言葉にクマは口を噤んだ。
    「クマ、何か知ってるのか?」
    「クマー……、クママママ……ッ」
    『もー! 私達の仲でしょ! 隠し事禁止!』
     おずおずと俺の腕を引っ張り、軽く屈むとクマは耳に囁いた。
    「クマ、前にこれ、見たことある。センセイも知ってるクマね」
     クマと以前同じものを見たことあるとは、陽介の影のことか。いや、それならスサノオがそうだろう。
     スサノオではない、別の、同じ陽介の気配。
    「ヨースケの気配っちゅーか、ヨースケから生まれたっていうカンジ……? 本物じゃないクマね。……本物はもういないクマ。ヨースケが作り出しちゃった、ってカンジクマ? トリコンダ?」
     一生懸命身振り手振りを使って拙い語彙を補完する。
     あの時陽介の影以外にいたもの。歪んだ商店街。酒店。まさか。
    「小西先輩か……?」
     一人の人間から影が二つも生まれるなんてことはあるのだろうか。
    「えっと、ちがうクマ。あの時ヨースケの影と一緒にあった残骸をヨースケがトリコンダクマね。だから本物じゃないクマよ。でも残骸だけど残骸じゃないっちゅーかぁ……」
    「複製、なんじゃないですか」
     私は止めたんだけどーと慌てるりせが奥に見える。いつの間にか合流していたらしい。俺とクマの間を割って、直斗は腕を組んだ。
    「人間の目で見た景色は脳内に映像として処理されます。でもその映像は本物ではありませんよね。……。もう少し情報が欲しい。月森先輩、クマくん。知っていることを話してはいただけませんか?」





     大まかに掻い摘んで説明をした。小西先輩自体の説明はしなかった。あくまでも、起きたことだけ。
    「あたしもお城で影が出たけど、別に雪子の影があたしから生まれちゃったー! なんてことはないよ?」
    「そうですね。同じような事象として参考にする価値はあります。しかし大きな違いがある」
    「大きな違い?」
    「里中先輩達の場合は、二人共生きています」
    「どういうこと?」
    「言いたいことがあれば話し合えるから、影を取り込む必要がない、ってことかな、直斗くん」
    「まぁそういうことになりますね」
    「ぜ、ぜんっぜんわかんないんだけど!?」
     直斗と天城は見つめ合い、どう説明したものかと思案する。
    「里中以外にもう一人、同じような人物がいる」
     俺がそう補足をすると、助かりますと直斗に礼を言われた。
    「そうですね、もう一人里中先輩のように近しい人間の空間が生まれている人がいます」
    「誰?」
    「生田目ですよ」
    「あっ、山野アナの部屋……?」
    「はい。もっとも、生田目は山野真由美の部屋のことは知らないとは思いますが、こう考えることは出来ます。もしも生田目が山野真由美の部屋を見ていたら、どう思うと思いますか?」
     縄が括られ、壁に貼られたポスターは切り刻まれていた。あまり気持ちのいい部屋とは思えない。
    「あの部屋がどうこうっつーよりはよ、インパクト強ぇから忘れらんねぇな、とは思うっつーか」
    「巽くん、正解です。「忘れられない」、そう思うことでしょう。あるいは「忘れたくない」と、こう思うかもしれません。しかし生田目は山野真由美の部屋を見ていないのでその存在は知り得ません。人間にとって知り得ないことは【無い】も同然です。つまり」
    「全てを見聞きした場合は「存在する」ということか」
    「うーん。いまいちよくわかんないんだけど……」
    「千枝先輩。雪子先輩がもし死んじゃったらって考えてみて」
    「えっ、そんなこと考えたくないんですケド!?」
    「いいから考えてみてくださいよ」
    「嫌に決まってんじゃんよー! そんなの絶対忘れらんないし……」
    「ほら、千枝先輩だってわかってるじゃないですかー」
    「花村くんもそう思ってるかもしれないってこと」
    「いや、そんなの考えなくてもわかるよ。でも、それと小西先輩の影が出るってのはなんか違う気がするっていうか……」
     ふむ、と直斗は閃いたように手を叩いた。
    「影、として括るから情報が整理しにくいのかもしれません。……本物はもう実在しない以上、それは【影】ではありません。幻影です」
    「幻影……」
    「私たまにファンの子から似顔絵とか描いてもらうことがあるんだけど、きっとそういうことだよね、直斗くん」
    「はい。おそらくそうでしょう」
    「あー、それだったらなんかわかる気ぃすんな。なんつーか心にクるものとか、景色でもなんでもそうだけどよ、それを描いて残しておきたいっつーか」
     完二のぼやきでようやく合点がいったのか、里中を始め仲間達は黙ってしまった。
    「僕たちも自分の影や出来た空間を受け入れるのに、短時間で受け入れたわけではありません。記憶喪失で一旦リセットされた状態で、またあれらの体験を瞬時に受け入れるのは難しいでしょう。この商店街のノイズも混乱した影響が反映しているのかもしれません」
    「テレビの中で起きた怪我ならスキルで直せるのになあ。現実世界で起きたことだから、専門的なことは流石にお医者さんじゃないとわかんないよ」
    「そうですね……、ひとまず花村先輩を保護してから考えましょう」
    「それなんだけど」
     りせとクマが困った顔をする。どうしたのだろうか。
    「この酒店の奥にヨースケがいるクマけど……」
    「見えない壁があって進めないみたいなの」
    「なんで?」
    「なんでって言われても私が聞きたいですよー! きゃっ!?」
     りせの体を糸が纏う。体を高速されて身動きを封じられた。
    「花村先輩の気配しかしないから油断したッ」
     この場にはシャドウはいない。そして気配があるのは陽介と。
     首にシュルシュルと糸が絡まる触感を感知し、済んでのところでイザナギを召喚し糸を切る。
    「へぇ、やっぱお前は格が違うな。やるじゃん」
     陽介の姿に良く見たもの。金色の瞳を持つ影がそこにはいた。








     頭が痛い。目を開けても開けていないのかわからない。ここはどこなのだろう。暗い。何もない。
     体を起こして辺りを見回すが、フラッシュバックに襲われてうずくまる。
     テレビのノイズ。誰かが揺れるように動いている。そのシルエットは解像がだんだんとはっきり浮かんでくる。
     髪がそれなりに長い。男性ではなく女性だろう。同じ八十神高校の制服を着ている。
     顔の表情は苦悶に満ちていた。苦しんでいる。何かに襲われているのだろうか。
     知らない。いや、知っている。見たことがない。いや、見たことがある。覚えていない。いや、覚えている。
     わからない。いや、わかっているはずだ。
    「そうでしょう? 花ちゃん」
     コツコツと音を立て、制服のスカートを揺らめかせる。八十神高校の女子制服。癖のある髪の。テレビの中で藻掻いていた。
     もういない。どこにもいない。
    「小西先輩……」
     思わず口から零れ出たその人の名前。もう口にすることは無いと思っていた名前。
    「花ちゃん、私のこと忘れちゃったの?」
     うずくまる自分を見下ろすその人に、衝動で首を横に振る。
    「ウソ。今さっきまで忘れてたくせに」
     ニコリと笑みを浮かべ、突き刺すような声を投げかける。
    「あら、花ちゃんを迎えにお友達が来たみたいよ」
     小西先輩はスッとその方向に視線を向ける。だが俺には何も見えない。
     深呼吸をして考える。お友達。俺の友達。特捜隊のことだろうか。この異様な場所からしてテレビの中か? 確かにテレビの中に引きずり込まれたようが感覚がある。他に思い当たる節もない。仮定して思考を突き進む。
    「花ちゃんが帰ったら、もう私とは会えないね」
     脳を何かに縛られるような激しい痛みに襲われる。
     ここがテレビの中だとすると、この小西先輩は本物ではない。もう小西先輩はこの世にはいない。そもそももう会えないのだ。
    「花ちゃんはそれでいいの?」
     良いわけがない。だがもう何もかも済んでしまったことだ。手を伸ばしてももう手に入らないもの。死者は決して生き返らない。
     糸のようなものでぎりぎりと締め上げられ、脳が裂けるのではないかと焦りが生まれる。
    「私よりお友達が大事?」
     一筋の冷や汗がこめかみから垂れる。何か言い返そうとしたものの、それは言葉にはならなかった。
    「ふーん。花ちゃんはお友達のほうが大事なんだ」
     違う、とは言えない。どちらもとてもかけがいのない大切な存在。欠けてはならない存在。
    「花ちゃんはいいなぁ。助けに来てくれるお友達がいるんだ?」
     ドクン、と心臓が怯える。そうだ、仲間が迎えに来てくれるなら信じて待てば良い。
    「私にはいなかったなぁ、助けに来てくれる人」
     この小西先輩は本物ではない。惑わされてはいけない。本物はもういない。
    「助けに来てくれる人がいれば、私も助かっていたかもしれないね」
     スサノオ。そうだスサノオを召喚すればこの偽物は掻き消えるかもしれない。ここがテレビの中であるならば、呼べば応えてくれるはず。
    「花ちゃんは私のことが嫌いなの?」
     瞬きをしているわずかな隙に、小西先輩は屈んで俺と同じ目線になっていた。
     嫌いなんて、そんなことあるはずがない。
    「でも、私を消そうとしてるでしょ」
     お前は本物ではない。
    「本物じゃないと存在しちゃいけないの?」
     くらくらと目眩がして意思が紡げない。惑わされてはいけないのに。
    「花ちゃんは生きてて羨ましいなぁ」
     首の血管を指でなぞられ、悲鳴を上げそうになる。
    「ここを切れば、赤い血が沢山出るよね。花ちゃんも私と同じになれるかも」
     嫌だ。先輩はそんなんじゃない。そんなことを言うのは先輩じゃない。先輩はそんなことを言う人じゃない。
    「そうしたら私達、もっと仲良くなれるかも。ね? 花ちゃん」
     先輩の顔が近づいてきて、息を呑む。
     俺の首に腕が回され、吐息を感じる距離まで来る。そして先輩は言った。
    「死んでくれる?」
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