百合otkr「乙夜に彼氏寝とられただ〜?」
校内で馬鹿な噂が吹聴されている。烏がそれに気付いたのは少々遅かったらしい。すっかり蔓延した話は、好奇も嫌悪も内包された最悪の形で耳に届いた。
入学当初、同じクラスでひとつ前の席だった乙夜と自然とつるむようになった。ソリは合わんがどこか波長が合う。気を張らずに、居心地の良さをくれる人。本人には口が裂けても言えないが、親友ならばお前のような人がいいとさえ思う。
そんな彼女の醜聞に烏は憤りを覚えた。
学年が持ち上がれば別々のクラスになったけれど、忘れ物をしたら1番に借りに行くような仲。都合が合えば一緒に昼飯だって食べたし、放課後遊んだりもしていた。
何も気づけなかった自分への憤りだ。
「ありえん」
「そー言ってくれるの烏だけよ」
「だってお前、男キライやろ」
「…なんで知ってんの?」
「ムーヴがあからさまに女好きのそれやし」
「バレてら。ウケる」
放課後、人がまばらになった廊下。クラスの違う二人は冷たい壁に背を預け地べたに座り込んでいた。先生が通りがかると、早く帰れと急かされた。おー、と生返事でいなす。
「校門前で元カノ?に泣かれてるとこ見たし…」
「うわ。どの子だろ」
「お前なぁ…」
「ね、烏」
「なんや」
「噂、半分は本当って言ったら…俺のこと嫌いになる?」
こてん、と可愛らしく首を傾げて、諦めたような瞳の彼女は笑う。なんて声をかけたものか。何がお前をそこまで追い詰めたのか、烏には推し量れない。
「……そこはな、根も葉もない噂やからオレのこと信じて烏チャン、言うところやで」
「俺もまさか彼女持ちとは思ってなかったわけよ」
「どーゆー理屈なん」
「…お前がしょーもない男に好かれてなきゃなぁ、」
「は?」
「あ、うそ。忘れて」
「忘れるかボケ、全部吐くまで離さん」
少しでもそれが烏に由来していると知ったら、いてもたってもいられなくなった。急いで立ち上がろうとする乙夜の腕をしっかりと掴み、この場に留まらせる。
「笑わない?」
「笑わん。話せ」
「怒らない?」
「それは…聞いてからやないとなんとも言えんわ」
「……嫌いになる?」
「ならんから言え」
いつもの淡々とした涼しい声とは違う、弱々しい声音。掴んだ腕はいつの間にか降りてきて、離れないように、鍵をかけるみたいに恋人繋ぎの形に収まった。
「俺ね、烏のことすき。…あ、恋愛的な意味ね?」
「脈絡ないなぁ。…返事した方がええか」
「お前にそんなつもりないの知ってるからいらない。脈ないし、オトモダチでいいや〜…て思ってたわけよ」
「おう。…そんで?」
「思ってたのにさ。お前、無駄にモテるっしょ? 男から」
「無駄に、は余計や」
「想像しちゃった。烏に彼氏が出来て、俺の優先順位がどんどん低くなっていって、構ってくれなくなっていくところ」
「まて、話がぶっ飛んでる」
「俺だってなんでこんなに頭おかしいことしてるかわかんねーよ。でも、想像だけで許せなくなって、どうしようもなくて…俺、もしかしてヤバい?」
「…やから、俺に気があるやつにちょっかいかけまくって、数を重ねるうち彼女持ちにぶち当たった?」
「…ご名答、さすが」
「彼女持ちの男を寝取って?」
「ない。烏に気ある素振りしてたから、ちょっかいはかけたけど」
目の前の女は、訳もわからず好きでもない男にちょっかいをかけまくっていたらしい。他の誰でもない、烏のせいで。
身に覚えがないことばかりで混乱する。しかし、なによりも腹が立つのは、勝手に諦めたふうを装う目の前の馬鹿なのだ。
「全員しょーもない男だったぜ。俺の方が烏のこと好きだな、ってなった」
「とんだボケナスやなお前は」
「庇い甲斐のない友達でごめん。俺と仲良くしてたら烏まで色々言われると思うし──、」
「そーやない」
「?」
「今すぐ解決する方法、ひとつあんねん」
「噂も四十五日って言葉知ってる? あと1ヶ月は固いと思うぜ」
「お前と付き合う」
「誰が?」
「俺が」
「…………………………正気?」
「ちゃんと好きって言えたほーびや。泣いて喜べ」
「ぜっったい、後悔する」
「させないように努力しろ」
「それは、もう、させていただきますけども。…え、本当に? 烏、俺とキスできる?」
「なんなら今するか?」
「………………取っておきマス」
「俺の将来的勝手に想像して、訳分からんくなってるお前見てたら急に可愛く思えてなぁ」
「なにそれ…」
*
「ちゃーんと分かってもらえて良かったなぁ?」
「あ〜……………………二度と学校行きたくない………………恥ずかしすぎる…………しねる………………」
誤解と謝罪のために訪れたアウェイ、静まり返った教室で烏と乙夜は堂々と交際を宣言をした。
湧く観衆を他所に、迷惑をかけたカップルに納得して頂けるようにそれはもう、赤裸々に詳細に烏への恋心を語る羽目になったのだ。
「見世物の気分…」
「贖いと思えばこんな恥くらい安いやろ」
「…………自分が100悪いから何も言えねー」