芽を踏む「ちゅーす。——あれ、他のメンツは?」
「…相変わらず当たり前のように入ってくるね、キミは」
「まあね」
「褒めてないんだけど。…三人ともシャワーだよ、俺も今から行くこと」
ズカズカと遠慮なく侵入してきた彼、乙夜は特に躊躇う様子もなく歩みを進め隣へと腰かけた。
ここはドイツ棟、その中でも奥まったところにある共同ベッドルームの一室。あいにく同室の彼らは不在で、ここには雪宮と来訪者である乙夜の二人だけ。
肩が触れ、息がかかる。そんな距離感にいまさら違和感はない。
「何の用?」
単刀直入に問いただせば、乙夜は不満気に頬を膨らませる。雪宮の声音が気に入らないらしく意義を唱え始めた。
「そんな邪険にする? 俺とユッキーの仲じゃん」
「するする、ヤな予感しかしないし」
「ひっど。…1on1しよって誘いにきただけなのに」
「!」
「あーあ、久々にユッキーとやりて〜なって思って来たのに」
「…珍しく魅力的な提案だね?」
「珍しくは余計だっつーの。で? 返事は」
「もちろんイエス。…と言いたいところだけど、準備があるからさきに行っててくれる?」
「ん、りょーかい。——でもその前に。…ちょっとだけ、いいことしよ」
「っな、」
するっと、軽やかな手つきで抱えていた着替えを取り上げられる。シャワーを浴びたら着ようと思っていたのに、綺麗に畳んでいたそれは彼の手によって乱雑に置かれた。
「ちょ、ほんとうに…なに」
どさくさに紛れて指の間に指を差し込まれ、そのままゆるく押される…押し倒される。したいようにさせていると、背には整えたばかりのシーツ。ひんやりとした温度が心地いい。ぼすん、と間抜けな音が遅れて聞こえた。乙夜もすぐ隣へと倒れ込んだのだ。向かい合う二人の間に言葉はない。抵抗する気も起きないほど雑なお膳立て。彼から注がれる爛爛とした眼差しは数え切れないほど覚えがある。
乙夜とのキスはいつもこうだ。行動に乗せて、視線で訴えては雪宮の隙に無理やり入り込んでくる。
恋人に求められている? いいや、違うね。そもそも二人の間柄はチームメイト、友人、悪友あたりが妥当。甘酸っぱい成分など微塵もない。
きっと彼は他人を振り回すのが好きな性分で。おそらく、発散の機会がないことが災いしてるだけ。そう言い聞かせた。行動を、行為を間に受けてはいけないと。
なぜ言い聞かせなければいけないかって? そんなの、…キスがエロくて困ってるから。特に主導権を握られた日には最悪だ。夜な夜な思い返してはトイレに消えてゆくハメになる、目に見えているのだ。
しかし、されっぱなしは癪だ。なので度々カウンターに出て精神衛生を保っている。今日もギリギリのところで躱し、こちらからけしかける。
「おとやくん、」
繋がれている手と逆の手で彼の胸ぐらを掴み、引き寄せる。想定外のアクションだったのか、乙夜はキョトンと目を丸くしていた。うーん、気分がいいというか、いい気味というか。
流石色男、乾燥知らずの唇に感心する。ケアは欠かさないのだろう。嫌がる素振りはない、そのままたっぷり時間をかけて咥内を犯す。口の端から唾液が伝うのを皮切りに薄くて積極的な舌を解放してやると、透明な糸が引いていた。彼は大袈裟なくらい息を整え始める。
「もー、っなに、ユッキーってばえらい積極的…っ」
満足したのか、乙夜はそそくさとベッドを離れた。かと思えば、今度は早く早くと急かす仕草で部屋の外へと誘おうとする。そうだ、1on1するんだっけ。
「乙夜くん、」
「んー?」
「やめない? こーゆーの」
「……こーゆーのって?」
「キス……してくるの、とか」
「えー、でもユッキー別にキス嫌いじゃないっしょ」
「それは…そうだけどさ」
「ふーん? 何か不都合があんだ」
「……そう、とも言う」
うまく言語化出来ずにいると、聞こえてきた。なら他で済まそうかな、なんて。
「っんが、」
少し、ほんの少しだけ頭に血がのぼった。そんなことを言うのはどの口だ。この口か、と。形のいい輪郭を片手でガシッと掴む。頬肉の薄い感触を確かめながら。
なんだよ、と少々怒気の孕んだ声音が降ってくるが、そんなのはお構いなしだ。扉に押し付けて再びキスに興じる。多少戸惑った様子はあるが、鼻から抜けてゆく声が甘くなって次第に大人しくなっていった。まずいなぁ、と思いつつ手を離すと乙夜は気分良さそうに笑っていた。
「…なんだ、する気あんじゃんっ」
「ないよ」
「そんなこと言って、ホントは俺とのちゅー好きなくせに」
「はいはい、今日のところはそういうことにしておいて。……ほら、もうキスはお終い! 1on1するんでしょ?」
雪宮は三歩先を歩く彼に何を思うのだろう。他に行ってほしくない? 他でも満足できるの? 浮かんだ疑問を片っ端から払拭して部屋を出る。深掘りしてはいけない、掘り起こしてしまったらきっと…次のフェーズへと強制的に進んでしまう気がするから。