シェアしたそのさきに・いつか冬彰になりそうな雰囲気の、モブ女子たちの見る冬弥の日常風景。
【補足】昔発想したもの、且つ所持メンバーにムラあるので本家の何かと齟齬があるかも。あったらこっそり教えてください(笑)
ペットについてはシナリオにないので自解釈で捏造しています。
◇
朝、冬弥が彰人と別れて教室のドアをくぐるとクラスの女子が数名、楽しそうな声で教室の空気を弾ませていた。
かつて芸術祭で衣装班として裁縫を共にした顔ぶれが少し興味をひいたが、実直で飾らない彼でも女子の輪にわざわざ加わりにはいかない。しかしその輪が彼の席の隣だったため、その盛り上がりに水をさすことのないよう挨拶も控えてそっと鞄を置く。
「おはよう青柳くん」
「…おはよう。」
気遣いは不要だった気軽さに口角があがったが、表情での友好性の伝わりにくさを考慮してコミュニケーションを図る。
「楽しそうだな」
するとパッと明るい表情が返された。
「青柳くんはネコとか好き?」
「猫?好きだ。野良とよく遊ぶ。」
クラスメイトと親交を深める手段が成功した小さな喜びと、親しみ深い話題に笑みを深めた頷きは、彼女たちにも明確な笑顔として伝わった。
「野良と遊ぶ青柳くん…」
「天国じゃん」
神コラボ、東雲くんが羨ましいと口々に溢された言葉の意図は冬弥にはうまく汲み取れない。
「そうだな、癒される」
天国を素直に受け止めた返答に苦笑したのとは別の生徒が、身を乗り出してスマホを冬弥に向けた。
「これ見てたの。動物の鼻キス動画」
「かわいくない?」
「癒しすごくてリピしまくり」
再び盛り上がる高音域の中で覗き込んだ液晶には、猫を中心とした動物たちが寄り添う光景が次々と流れていく。
「……本当だ。かわいいな。」
大きな上背を丸めて解けた表情に、その場の空気がほわりと温まる。
「これが優勝だわ」
一人が言い終えぬ内に頷いた2つの頭。
食い気味の反応に他にも類似の動画が沢山あるのだろうと想像しながら「俺にもシェアしてれないか」と頼んだ彼は、彼女らが『青柳冬弥不可侵条約』を締結していることなど知る由もない。
「いいよ〜、衣装班のグル生きてるからそこに投げるね」
「ありがとう。…あ、」
スマホを出そうとポケットを探り、何かに気づいた冬弥がまたやってしまった、と独りごちる。
「すまない、後で確認させてもらうから送っておいてくれ」
そう詫びて、長い脚が大股でドアの方へ去っていった。
「かわいいをかわいいと言える青柳くんがかわいい……」
「それ」
「まじ不可侵」
その感嘆は冬弥には届かない。
彼女たちの条約は恋愛的な牽制ではなく、それこそ絶滅危惧めいた空気感を放つ冬弥を見守るニュアンスとして、暗黙で共有されていた。
彼に見られるちいさな事象の蓄積。それが発足の理由。
「うおっ。」
「あ、よかった彰人」
「悪い、うっかり」
「度々やってしまいすまない」
「二人して忘れてりゃお互い様だろ」
彼がドアの前で鉢合わせたのは、冬弥を知る生徒ならセットとしてよく見知った顔。彼らのどちらかと教室を共にしていれば必ず、もう片方も認知しないわけがない。
「オレもやるし…なんかちょいちょいお前のものはオレのもの、みてぇな感じになっちまってんな」
その含みに冬弥が首を傾げる。
「『オレの物もオレの物』って続くんだよ」
ワードに反した笑い混じりの柔らかい声で、彼は冬弥から受け取ったイヤホンを自らのポケットにしまう。
「有名なフレーズなのか。…それでも不都合はない気がするな。自分のものは当然だが、俺はお前と…ソレにしても、知識にしても色々とシェアし合ってきた実感がある」
「お前らしい解釈だな」
「俺のものはお前のもの、の方が適切だろうか」
「その理屈ならどっちも同じだろ。誰も損してねえし」
「それもそうか」
「何の話だよ」
「彰人が言い出したんだろう」
「それもそうか」
冬弥の背中越しに薄く浮かんだ垢抜けた片笑み。冬弥の隣の席の彼女は、見慣れたそれに今日の平和の始まりを感じる。
何を話しているのかは聞き取れないが、並ぶと一際目立つ風貌の二人はそこにいつもやわらかい空気を纏っている。それが別の誰かと居る時とは明確に異なることを、彼女は一年次は彰人、2年次は冬弥とクラスメイトになったことで一層実感していた。
相棒──だとか言うが、本当に仲がいいなとぼんやりしていると、からかうような声が頭上にささやいた。
「あんたもしかして“マジ”っぽかったりする?」
「なんで?」
「ちょー見てるから」
「見るでしょ。視力あがるもん」
「保養以上なの?わかるけど」
黙って聞いていた女子も笑いながら突っ込んで、意識はそちらに向けたままそろそろホームルームだと窓辺の席に戻った。残りの二人も前後の席なので着席して続ける。
「信じていいのかな〜」
「いや、あそこに割り込める女子、かなりじゃない?」
呆れを含んだ笑いで切り捨てると、得心した様子で返す。
「それはそう。」
「私たちでわかるとこ察せない人は土台無理でしょ」
「あーね。察したうえで玉砕にいくなら寧ろ応援したい。慰めの準備して」
「あは、わかる」
「彰人。」
架空の猛者の存在に談笑しつつ冬弥の背を見守っていると、彼が既に彼女たちからは見えない姿を呼び止めた。
「後ろが跳ねている。さっき気付いてやれずすまない。」
そう言った表情の、甘いこと。
そして僅かな間があって。
廊下からの返答に再度「すまない」と破顔した笑顔の、その特別さといったら。
隣…ではなく前の席の彼女にとって、冬弥は個性を枚挙すると少女漫画から出てきたのかという虚構めいた存在だった。
気品という表現が可能な顔造形もさることながら、長身なのに威圧感のない雰囲気と上品な振る舞い。物静かだが話しかけてみれば壁はなく、多くの女子生徒の視線を奪うのは道理で、誰にも丁寧に接する姿に触れれば男子も嫉妬など出来やしない純朴さを知る。
読書が趣味の図書委員だと聞けば誰もが「ぽいな」と思うだろうし、本屋以外の行きつけがゲーセンというのは、ストリートで歌っていると知らなければ意外に感じるだろう。
──そんな、青柳冬弥が。
東雲彰人の傍にいる時だけ時折、等身大の“男子らしい”顔をする。
温和な印象に違わず、恐らく彰人の後頭部の寝癖を指摘した表情は猫の動画を見たときの「かわいいな」と同じもので「東雲くんのことも同じように感じるんだ」と微笑ましくなったが、その後みせた笑顔にはほんの少しの悪戯っぽさが滲んでいた。
こどもっぽいと言うべきか。
彼に対して、だけ。
今はおそらく、彰人の反応を面白がって。
冬弥の人柄を知っている生徒は、そのじゃれ合いに「きっと彼の傍はリラックスできるんだ」と胸を暖かくしたり、或いは──
「みた?」
「見た。」
「ン……」
──そこに口にするのも畏れ多い“至宝”を感じ、胸を掻きむしりたい気恥ずかしさに襲われる。
食い気味に同意した二人もそれを自分たちが言葉にして暴くわけにはいかないと思っている。
冬弥が自覚的なのか、無自覚なのか。それは誰にもわからない。
錯覚には程遠いその事象だが、その感情は共通の目標に深く打ち込んでいる彼らにしかわからないもので、自分たちの想像する俗っぽいものじゃないのかもしれない。
しかし。
いつか本人か、はたまた相手が。
もしもそこにある蕾の存在に気付くことがあったなら、きっとどうか、枯れずに実る未来が来て欲しい。そう切に願ってしまうほどに彼は真っ直ぐで、天然っぽさまで至る飾らなさを率直に「きれいだな」と思わされる。
こんなにもまっさらなものに外野が無遠慮に手垢をつけるわけにはいかない。
そうして彼女たちは今日も彼の「とくべつ」のくすぐったさや歯痒さに気付かなかったふりをする。
朝のホームルームを終え、冬弥が一限目の準備を机上に整えていると横から先の話題が掘り下げられた。
「そういえば、青柳くんちって動物飼ってないの?」
動画のシェアありがとう、とまず律儀な返しがあって、僅かにトーンの落ちた声が答えた。
「ペット禁止ではないらしいが、うちは不在がちで責任をもって世話できる環境じゃないんだ。」
「そっかあ」
「昔一人で寂しくないようにと提案されたことはあったが、俺も学校にいる時間の方が長いし…自宅に居ても構える時間はなかったから。それではペットが不憫だろう」
「あ〜」
「我慢したんだ?優しいな」
冬弥の家庭事情を知らずとも僅かに切なげな雰囲気に、斜め前の席からの明るいフォローが入る。実際のところは、迎える想像をした時にペットに孤独を味わわせる予感がし、自分が重なり悲しくなったから首を横に振ったにすぎない。 彼女達は幼少期何をして遊んだのだろうと思うと、先程の彰人との会話での疑問が顔を出し、彼は彼女らに交互に視線を合わせた。
「どうかした?」
「話題は変わるが…、お前のものはオレのもの、という言葉は有名なんだろうか」
「え……?」
「ジャイアンのこと?」
ジャイアン?と、涼やかな声で復唱された響きの違和感に、冬弥を囲む席の他の生徒も小さく噴き出した。
「青柳が言うとなんかおもろい」
「歌も上手いしな」
さすがの冬弥もその国民的有名人を知らないわけでは無かったが、生活の中でたまに目にする丸くて青いキャラクター関連であること以外は知らなかった。わいわい面白がる男子も交えて説明を受けて、彼はその言葉は裏のないシンプルな暴論で、単にネタ的に面白いから引用頻度が高いだけだと学習した。
昼になって、冬弥がその出来事を「あれはジャイアンだったのか」と告げたことで彰人がいちごミルクをむせかけたのは言うまでもなく。
当たり前に昼食の時間も共にいる二人は、その日は彰人のクラスではなく冬弥の席で昼食をとっていた。
彰人も例に漏れず、冬弥が口にすると副音声がアテレコしているような違和感があると感じながら朝の会話を振り返る。
「つーか、オレはお前がOne for all,All for oneみたいなのを想像してるんだと思ってた」
「三銃士か。正解を教わるまでは確かにそんな風に捉えていたかもしれない」
「え?」
「どうかしたか」
「……さんじゅうし…って、確か小説か?」
「?……知らないのか?」
「名前だけ。オレはラグビーのつもりで言ってた」
沈黙の中、冬弥が瞬きをくり返す。
「ラグビー?」
「おう。ラグビー精神の言葉…だと思ってたけど」
「そうなのか。それは知らなかった」
「……なんか関係あんのか、これ」
会話のズレと解釈違いにお互いポカンと見つめ合うと、彰人がおもむろに自分のスマホを操作した。
昼の穏やかな喧騒の中、窓辺の席の彼女はパンをかじりながら、机上の端末で飽きもせず鼻キス動画を眺めていた。ジュース片手に見上げた教室の景色とそれが重なり、スマホを持ち上げ横に並べる。
額を突き合わせて手元を覗き込む、男子二匹。
何かに合点がいったのか、顔をあげると可笑しそうに笑顔を向け合った。
それは心地良さげに寄り添う動物たちとよく似たかわいさで、とても優しい光景だった。