イメルダと転入生のはなしいけ好かない、胡散臭いやつ。
それが、五年生で異例の転入をしてきたあいつへの印象だった。
笑顔を貼り付けた仮面のような顔に、全く腹の見えない目。
一見物腰柔らかで誰にでも手を差し伸べているけれど、誰にも踏み入ることのできない壁がある。
スリザリンらしいといえばらしいのかしら。
お人よしとはとても言えないけれど、冷淡さみたいなものは不思議となくて、そこにまた腹が立った。
「今日も私の勝ちだね」
また負けた。今日も。
私の一番得意な箒も、このいけ好かない転入生には敵わなかった。
ひんやりとした夜の空気に汗が冷えるのを感じながら、拳を握った。
何度もシミュレーションして練習を重ねたけれど、結局この銀髪のにやけ顔が悔しさに歪むところはまだ見られていないし、正直なところ想像すらできていない。
「今日も一本取られたみたいだな、イメルダ」
いつの間にか相変わらず皮肉っぽい口ぶりの“パフスケイン”が腕を組んで壁に凭れかかっていた。
なんでこの男は転入生のこととなるといつも得意げなのかしら…いうなれば、そう、妻の料理を自慢する夫…そういう腹立たしさだわ。いや、これは別に悪いことではないか…まあどうでもいいわ。腹が立つことに変わりはないんだもの。
「黙ってなさいセバスチャン・サロウ。あんたには負けないわよ」
「フン、僕だって決闘なら君には負けないぜ?」
「あらどうかしら。この間はオナイにそのふわふわの前髪を焦がされてたわよね」
「でも負けてない。だろ?」
「…ふん」
箒の埃を払いながらまあまあ、とわざとらしく困ったように眉を下げる転入生。
このサロウ兄が現れると、この男の纏う空気がいつのまにかふとやわらかくなる。
それに誘われるようにサロウ兄が得意げに話しだす。またオミニス・ゴーントがどうとか、あの本がつまらなかったとか、どんな魔法で相手を負かしたとか。そういう他愛のない話。
「さすがだね、セバスチャン」
「だろ?」
ああ、まただ。時折見かける、転入生のこの表情。
転入以来この優秀な生徒が集まるホグワーツ内の注目の的で、誰にでも平等に見えるこの男が唯一気を許している相手が、フィグ教授とこのサロウ兄だということに気がついたのはここ最近。敵情視察を兼ねて観察していたら、たまたま見かけたのよ。
この男はいつだって憎たらしいほど完璧な笑顔を浮かべている。
認めたくはないけど、ただでさえ大人びた雰囲気で整っているこの男が他人に向ける笑顔ったら、全く隙がない。それはもちろん私にも同じ。
そんな男が、セバスチャン・サロウを前にして見せる柔らかい笑顔ったら。
“慈愛に満ちた”とか“愛情に溢れた”とか、そんな歯が浮くような表現しか思い浮かばなくなるほど、見ているこっちが恥ずかしくなるものだった。
でもそれは決して、恋愛小説みたいな淡い熱に浮かされているのでもなければ、熱烈で狂信的という感じでもなかった。
そのやわらかさと同時に、深く底の見えない「何か」を、サロウを見る時の転入生からは感じた。
漠然と怖いとすら感じるそれが、どこか物悲しいのはどうしてなのか。
まだ出会って数カ月の仲のくせに、なぜそこまで愛に似たものを感じさせるのか。
私には皆目見当もつかなかった。
「それじゃあまた、イメルダ」
すっかり箒の手入れを終えた転入生の声にハッと顔を上げると、また、いつものいけ好かない笑顔があった。
どうかした?とでも言いたげな目線に居たたまれなくなって、大袈裟に箒に跨る。
「そこの“パフスケイン”なんかに負けたら承知しないから。精進なさい転入生」
柄にもなく物思いに耽ってしまったのを悟られたくなくて、返事も待たずに芝生を蹴る。
こんな風に他人のことを考えてしまうなんて、本当に柄でもない。私にとっては何も意味のないことだし、興味だってない。
ああ、むしゃくしゃする!
一刻も早くこの気持ちを風で吹き飛ばしたかった。
「誰がパフスケインだ!」とサロウ兄の声が聞こえた気がしたけど、気にしなかった。
fin.