朝チュンタンブル×カーバパチリと目が覚めると、カーバは重たい体を起こして隣を見た。
そこには黒と白の大柄の猫、タンブルブルータスが眠っていたのだ。普段の無表情で固いイメージとは違い、あどけない顔でよく眠っている。
そう、昨日はバストファさんから貰った高めなお酒を2人でこっそり飲もうと誘ったのだ。カッサからのお許しを得て、カーバは自分の塒に親友である彼を招き入れたのは覚えているのだが、そこからだ。
『カーバ、キスをしても良いか?』
『ふふ、俺は大歓迎だけど。浮気になっちゃうけど良いの?』
『俺はカーバケッティのことが好きだ』
とキスをされ、身を委ねて、体を許して、朝を迎えてしまったらしい。
腰の痛みがより真実を物語っていた。
「これはマズイ……非常にまずい……カッサに殺される……」
ジャンクヤード内で誰もが知る1番のカップルであるカッサンドラとタンブルブルータスに亀裂が走ったとでもなれば、群れ中大騒ぎとなるだろう。しかも原因はタンブルブルータスの親友である雄の自分。何というドロドロのドラマだろうか。
「よし、逃げるか」
カーバケッティは少しの毛繕いをし終えて、家を出た。自宅から逃げなければいけないとはどう言う状況なんだろうか、走りながらそう思った。
まず、色濃く残ったタンブルの匂いを誤魔化すために、匂いのきつい花畑に飛び込んでみた。
そのまま寝転がり、花の匂いをつけていく。
ふしゅん、とくしゃみを皮切りに起き上がり、ジャンクヤードの餌場に向かった。少し離れたところから素早く餌を持っていけば誰にもバレないだろう。しかもまだみんな寝ている時間帯だ。
しかしそう思うカーバは少し甘かった。
着いた餌場には、近所に住む老人が置いていった餌が盛られた皿や、豪華にささみなども置いてあった。
誰もいないことを確認するとそそくさとささみを咥えて走り出そうとした時、
「あら、おはようカーバ」
「珍しいわね、この時間に会うなんて」
後ろから声をかけたのは尻尾を揺らすボンバルリーナと、少し眠たげなディミータだった。
「お、おはようございますお二方…」
予想外の人物の登場に思わず敬語になってしまう。
「え、何気持ち悪」
「こら、ディミータ」
ぽこ、と尻尾でディミータの頭を叩くボンバルリーナ。
「いや、あのなんかもう最悪というか、あ、うそとっても最高な朝で起きちゃってお腹すいたから貰いにきただけだよ、うん!」
カーバのヒゲはヒクヒクと動き、尻尾も忙しなく動いた。
「あ、そう、それでね!もしタンブルに会ったら「カーバは旅に出た」って言っといて!!じゃあね!!!」
呆然とするボンバルリーナとディミータを置いてカーバは走り去ってしまった。しっかりささみを持って。
「これは……何かやらかしたわね」
くすくすと笑いながらようやく2人は食事を始めた。
「タンブルの匂いしたから、やっと進展したかと思ったのに…あんだけアピールしてても気づかないなんて鈍感もいいところよねカーバって。ああいうところよ」
肉を多めに食べるディミータは笑った。
ガシャン!
餌場近くのゴミに積んであったトタン板が倒れた。その向こうには今まさに話題に上がったタンブルブルータスの姿。
焦っているようで肩で息をして、いつもより威圧感は倍増していた。
「あら、タンブル」
水を飲んでいたボンバルリーナは顔を上げた。
「お、おはようボンバル、ディミータ、カーバ見なかったか!?」
2人を顔を合わせ…
「「旅に出たわ」」
そう聞かれたら言うしかないだろう。
2人は声を合わせて言った。
「何!?旅だと、どこに行くとか聞いてなかったか!?!?」
焦っている本人には申し訳ないのだが、2人は心から楽しんでいた。
「今しがた、ささみを持って…紳士修行の旅ですって」
「ええ、紳士修行…1人で行くんだって走り去っていったわ。」
「そんな……」
大柄でいつも無表情で、子猫に怯えられてしまうタンブルブルータスはこんなに表情豊かだったのか、カーバのおかげで新しいことを知れたとディミータは思った。
しかし、タンブルブルータスの小さな耳がへにょんと垂れて折りたたまれ、水玉模様の尻尾も元気がない。そろそろかわいそうになってきた。
「今ならきっと間に合うはずよ、その時はちゃんと自分の言葉で伝えてあげて」
ディミータはカーバが行った先を指差してそう言った。
「そうだな、ありがとう2人とも」
「頑張って引き留めて」
「ガツンと1発やってやんなさい!」
タンブルブルータスは尻尾振って走っていった。
食事を終えてディミータは顔を洗う。まだ寝癖がついていたことに気づき、ボンバルはディミータの背中を整えている。お礼にゴロゴロと喉を鳴らし、キスをした。
「んふふ、お互いの匂いつけちゃってこれはもうあれよね」
「ふふ、そうね」
さて2人がこれからどうなるのか、楽しみになってきた2人だった。
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一方その頃カーバは走り続けていた。それはもう全力で。
ボンバルリーナとディミータの2人と分かれたあと、カーバは声をかけてきたリーダー猫に挨拶で適当にあしらって、逃げるルートに寝ていた幼馴染である喧嘩猫の尻尾が出ていて踏んでしまっても、泥棒コンビの間をかき分けて、走り続けていた。
しかし、着いた先はゴミの山。つまりは行き止まりだった。この前までは倒れたのに、人間が捨てていったんだ。カーバはゴミの山を睨む。
「か、カーバ!ハア、待ってくれ!!行くな!」
「みぎゃーーー!!!」
ドスドスと猫らしくない音を鳴らして走ってきたタンブルブルータスに追いつかれたカーバは急いで目の前にあるゴミに登ろうとするも無駄に終わり、一瞬で大きな腕の中に閉じ込められてしまった。
「は、離してタンブルダメだよ」
「お前が逃げるからだろ、探したんだぞ」
より抱きしめる力が強くなる。
「昨日のことは忘れてよ、俺が悪かったから。お互い水に流そう?それが良いよ」
自分で言ってるのに、目頭が熱くなってくるのを感じるとぐっとタンブルの胸板を押し返す。しかし、タンブルの腕は解けない。
「嫌だ」
「何で」
「お前のことが好きだからだ、カーバケッティ。酒の力に頼った俺が弱かったんだ、それに、昨日は今までで一番幸せだったから、絶対に忘れたくない。」
カーバの目を見てタンブルはそう言った。
「でもカッサのことは…?」
「何でカッサが出てくるんだ、関係ないだろう」
タンブルはキョトンとした顔でカーバを見つめ返した。
「え、タンブルそんなのダメだよ、彼女のことは大事にしてあげないと」
「十分大事にしてるが、俺とカーバの間には何も」
「大アリだよ!?!!だってずっとカッサと付き合ってるんでしょ?」
タンブルがそんな考えを持っているとは意外だった。
遊び猫のタガーでもあるまいし。
「待て、ちょっと待ってくれないかカーバ」
「ん?」
タンブルはカーバから離れ、眉間をもむと一言。
「カーバは勘違いをしている、カッサンドラは双子の姉だ、言ってなかったか?」
「一言も聞いてないけど!え!!?あんだけピッタリくっついてて?嘘でしょ!?」
「本当だぞ、血がつながった双子だ。」
「嘘だろ…」
1人で悩んでた今までの時間を返して欲しいくらいだ…カーバは恥ずかしさからしゃがんでうずくまった。
「カーバ」
「もういいよ…何…」
顔を上げると、タンブルの顔が近くにあった。
「キスしてもいいか?」
子猫のように目を輝かせて聞いてくるのが可愛かった。昨夜もそうだったと今更になって思い出した。
「いいよ」
そう告げるとキスの雨が降ってきて、しばらくはその場から動けなかった。
「ハッピーエンドってことでいいか?」
「カーバもずっと悩んでたんだな、いや早々に気づいて欲しかったが」
そう話すのは一連の流れを近くで一部始終見ていたランパスキャットとマンカストラップ。
気持ちよく寝ていたのに尻尾を踏んで止まりもせずに去っていった幼馴染を追いかけて、一方は話し相手になるカーバが何やら焦っていたから事件か何か起きたのか気になって走ってきたのだ。
「にしし、これでタンブルも報われるね。あんだけアピールしてても鈍感の友達止まりのカーバ落とすの大変だっただろうに」
「ねー!お祝いしよう!カッサも「やっとタンブルが姉離れしてくれるわ」って喜びそう」
そう笑うのは、面白そうだから着いてきたマンゴジェリーとランペルティーザの2人もいた。
早朝に行われたこの出来事は、夜になると「2人がカップルになった」と群中に知れ渡り、2人はお祝いされる羽目になったのだった。