夏の距離感 いつも通りの距離のつもりで傍に寄ったら、脳髄を揺さぶる匂いを感じてくらりとした。
レオナールの匂い。汗ばんだ素肌から揮発するフェロモン。生物的な本能を刺激する、抗いがたい何か。
「大丈夫かい?」
砂の上でよろめいた栖夜に、レオナールが咄嗟に手を差し出す。背中を支えてくれる掌の大きさも、南国らしい薄手のワンピース越しだとより大きく熱く感じる。
「ぬ。ありがと」
膝に力を込めて姿勢を正すと、レオナールはほっとした顔で掌を離した。さりげなく距離を置かれて、栖夜の胸がツキンと痛む。
もしかして汗臭かっただろうか。栖夜もまた、肌にうっすらと汗を掻いている。昔の貴婦人は体臭を良くするために薔薇水を好んだと聞くが、栖夜の食生活は睡眠第一。ビタミンの多い野菜や果物も食べるが、怪鳥卵やけんこうミルクといったタンパク質や乳製品も良く摂る。こうした食べ物は体臭を濃くしてしまう。水をたくさん飲んだとしてもセクシーのように涼やかな体臭は難しい。
(ずるい。同じものを食べてるはずなのに、レオくんばっかりいい匂い)
栖夜は再び、隣を盗み見た。レオナールは涼しい顔で、でびあくまと談笑している。
はだけたアロハシャツから覗く、引き締まった胸板と腹筋。普段は乳香の薫りがしみ込んだ真っ白な詰襟のシャツに包んでいる体を、惜しげもなくさらしている。その無防備さがどれほど扇情的に映るか、彼はわかってないに違いない。否、わかってやっているかもしれないが、栖夜がそれを意識することはないと思い込んでいる。
悔しい、そう栖夜は思った。ゆらゆら揺れるしっぽの付け根に、今なら簡単に触れられる。危うい衝動に身を任せたくなるのは、開放的な島の空気のせいだけでも、薄着と汗の匂いが距離感をバグらせるせいだけけでもない。
「レオくんのえっち」
「っ! ごごごご、ごめん!」
ぼそりと呟くと、真っ赤な顔をしたレオナールが長い尻尾を跳ね上げて振り返った。