長風呂ぱしゃぱしゃと音を立て、掌でお湯を遊ばせる。
湯船に浸かるのなんていつぶりだろう。
暫くの間はいろいろな予定が立て込んでいたし、なにより自分のためだけに風呂を沸かすなんてことは非常に億劫だったのだ。
しかしこんなに心地よいものだったか。一度浸かると、かえって上がることが嫌になってしまった。
指先はとっくのとうにふやけている。
水遊びにも飽きたが、まだ上がるには惜しい。
そう思い、手を止めて湯船に浸し、身体全体をゆっくりと沈めていった。
湯船の中をピンク色の髪が泳ぎ始める。
留めるべきかと思ったが、改めてそうするのも面倒なので、そのまま揺蕩わせておくことにした。
口まで湯船に浸かったあたりで動きを止め、僅かにゆらめく黄金色の水面を見つめる。
確か、ゆずの香りだったな。
ふんわりと鼻腔に広がる柑橘類の香りにやすらぎを感じ、静かに目を閉じる。
自分の体温よりも高かったはずのお湯は、長風呂の末体温と同じくらいの温度にまで冷めてしまった。
少しじっとしているだけで、自分の身体とお湯との境目が分からなくなる。
このまま溶けてしまうのもいいかもしれない。
ふやけた頭にそんな考えが浮かんだ。
「乱数。起きていますか」
突然、風呂場の扉を挟んだ先から声をかけられた。
身体が大きく跳ねる。
「わ、びっくりしたぁ。大丈夫、起きてるよん」
「よかった。そろそろ出てこないと危険ですよ。のぼせてしまいますし、腹を空かせた帝統が貴方の分の食事まで食べてしまいます」
それはいけない。くんくんと鼻を鳴らすと、ゆずの向こうに微かに異なる香りを感じる。今日は幻太郎が夕飯を作ってくれたのだ。
思えば、ちゃんとしたごはんを食べるのも久しぶりだ。最近はあまり食欲がなく、飴と適当な食べ物で凌いでしまっていた。
そんなことを考えていると、無性にお腹が空いてくる。
「はーい、もう出るからね。ゲンタロー、僕のごはん食べられないように見張ってて!」
いそいそと湯船を脱出する。身体に触れた空気は、とてつもなく冷たく感じられた。
大急ぎで身体を拭き、パジャマを身につける。
先ほどまで感じていた寒さは、その過程で幾分かマシになっていた。
跳ねた身体とともに激しく揺れた水面も、気づけば凪いでいる。
これからはほどほどにしよっと。
そんなことを思いながら、風呂場を後にした。