きっかけは些細なことから(おめでとう、僕。……なんてな)
昼時のやや人の増えてきた食堂で、一人心の中で思い高杉は食事を前に手を合わせる。
食堂のトレーの上に乗っているのは、温かいうどんだった。ただ、他のうどんメニューと違う点があった。※聖杯に入っているわけではない
本来ならば、ねぎの他にお揚げ、わかめ等々の中から一品だけ乗っているはずなのだが、高杉の器にはお揚げ、わかめ、卵、山菜とほぼ全てのトッピングが乗っていた。
今日の当番の赤い弓兵に、自身の誕生日だからトッピング全乗せできないかと交渉してみたのだ。その結果、蕎麦用に個数管理しているコロッケを除いた具を少量ずつ乗せてもらうことに成功した。
(ここにコロッケがあれば全乗せだったのだが、蕎麦のみとなれば仕方ない)
高杉は面白いことが好きなだけで、頑是ない子供ではないので引き際というのをわきまえていた。
そんな中、隣に人が座る気配を感じ、そろそろ混みあってくる時分かと思い、長居をするのも良くないと颯爽と箸を取る。
「はい、コレあげる」
「は???」
トレーには半分に割られたコロッケが乗り『ほぼ全乗せうどん』から『全乗せうどん』に昇格したうどんが鎮座していた。
「何で??」
思わず疑問を声に出し、箸の伸びてきた方を向けばスーツのジャケットを脱いだYシャツ姿の斎藤一が、半分のコロッケが乗った蕎麦をすすっているところだった。腕まくりをし、邪魔なのかネクタイの先を胸ポケットに入れているのが妙に様になって似合っている。
「いや、何で君が???」
タカスギアイを使わずとも状況から彼がコロッケの半分を乗せたということは分かる。
ただ、高杉と斎藤は廊下ですれ違ったり、呑みの席で同じになることはあっても、クラスが違うため一緒に出陣したこともない仲だ。それどころか生前の因縁を考えたら、あちらもこちらも積極的にかかわるのを避ける関係のはずなのだ。
「おたく、誕生日なんでしょ?おめでとさん。ソレ、ちゃんと手ぇつける前のよ」
一旦、咀嚼し終わった斎藤はこちらをちらりと見てなんてことのないようなゆるい口調で言ってくる。
「君に…祝われるような関係ではなかったと思うんだが?」
恐らく、誕生日というのは赤い弓兵と交渉している時に聞こえて知ったのだろう。それにしても、それだけで祝われる程親しくはなかったと怪訝な表情を隠さず伝える。一方的に借りを作るのは得策ではないとの警戒もあった。
そんな意図を察したのか、斎藤は軽く視線をさまよわせる。
「あー…、ここはカルデアで、生きていた頃はともかく、今は俺とあんたは同じ組織に属している。そんな時に、たまたまあんたが誕生日なのを知って、たまたまコロッケ蕎麦のコロッケを所望していた。ならまぁ、半分くらいなら分けても良いかと思ったから乗せた。それだけだ。誕生日祝われて悪い気する奴いないでしょうよ。早く食べないと伸びるよ。あんた食べるの遅いんだし」
そう一息に言って蕎麦を食べるのを再開されると、もうこれ以上この話題をひっぱり食事の邪魔をするのも、折角のうどんが伸びるのも悪い気がして困惑したまま「そうか…」と小さい声で言い、高杉も正面を向き食事を開始した。
高杉が全乗せうどんを半分も食べる前に隣の席の人物が「ごちそうさま」と小さく言い、トレー片手に立ち上がる。
「あっ!」
それに反応して思わず。声を上げてしまった。
「……何?」
今度は斎藤の方が、怪訝な顔で高杉を見た。
「あ…いや、礼を言ってなかったと………ありがとう」
「どーいたしまして」
そう言って穏やかに笑い、緩い足取りで食器の返却口へ歩いて行ってしまった。高杉は自然とその背を目で追っていた。あんなに緩そうなのに所作には一部の隙も無かったのが彼もまたちゃんと英霊なのだと認識する。
少しぬるくなった残りのうどんを食しながら、ぼんやりと思考を巡らせていた。
心の中で一人ひっそりと誕生日を祝うのも悪くはなかった。ただ、彼が言っていた通り誰かに祝われて悪い気はしない。むしろ嬉しい。その誰かが過去に因縁のあった新選組でも嬉しいみたいだ。『斎藤一』。思っていたよりも大分面白そうな人物なのかもしれない。
最後にとっておいたコロッケはつゆが染みて形が崩れていたが美味だった。