またあした ーーー22時半過ぎ。つい数十分程前までは、それなりに賑やかだったこの部屋も、部屋の主がすっかり大人しくなってしまってからは、完全にしん、と静まり返っていた。
「今日はいっしょに夜更かしする!」と謎の意気込みを見せていたが、21時辺りから頻繁にあくびをし始める様子を見ていたから、どうせ日が変わる前にはこうなるだろうと想像はついていた。それでも大変だったのは、眠ることを勧めるとどういうわけか「いやだまだ寝ない」と駄々をこねてきたことだ。適当に毛布をかけてやったり、お気に入りだと言っていた記憶のあるふかふかの枕を押し付けてやったりしても、やだやだと反抗期の子供みたいにしつこく嫌がる。
頑なに抵抗されることに少し苛立って、途中、こんな中途半端な時間に眠くなってるようじゃ、僕がやってるような夜更かしなんて到底無理だろ、なんて皮肉を何度か言ってもみたが、最終的にはギリギリ返事として判定できるような小さな反応を返してくるだけになった。なんとかベッドに収まってくれたのを見て、一仕事を終えた感覚でため息を吐く。
ーーー夜更かし会はおひらきだ。出来としては半分失敗してる気がするけど。
自分の部屋に帰ろうと腰を上げかけた時、それに気づいたのか、薄目を開けた彼女と目が合った。未だに眠たげな表情ではあるものの、それでも確実にこちらを見ているのがわかって、なんとなく動きを止めてしまう。
「かえっちゃう……?」
眉を下げて、寝惚けた声で聞いてくる。
二人で一緒にいる時間というのが終わる時、彼女はたまにこういうことをする。普段は、またあした、なんてよくあるようなあっさりした言葉一つをおまじないみたいに言って終わるのに、それでも時々名残惜しげに見上げてくるのだ。やたら不安そうに振る舞うのは子供だからだろう。どうせその次の日も、よっぽどのことが無ければ、最低限顔は合わせる機会はあるだろうに。……というか、そうしようとしなくても、こいつはなぜか僕を見つけてくるのだ。それで他愛もない話題を持ち込んできたり、今日みたいに突拍子もない誘いがあったりする。ただ懐かれているだけなんだと考えてはいるが、こういう面を見ているとこっちがどうにも落ち着かなくなって、同時にどうしようもなく苛々するのだ。間違いなくわかりやすい性格をしているはずなのに、何を考えているのかたまにわからなくなる。
だけど今日は、もう"遅い時間"なのは事実だ。目線を合わせようともう一度座り直すと、彼女も僕の動きをゆっくり目で追ってくるのを感じた。
「今日は帰るよ。眠たいんだろ」
「またあした……?」
「そうだよ。君がいつも言ってくるでしょ。今日はタイミング的に"おやすみなさい"の方が正しいと思うけど」
「んー……」
彼女は少し考え込んだ。しばらくして、何か合点がいったのか、さっきまでの寂しげな表情を変えて、柔く微笑んだ。いつものように。
「じゃあ、おやすみなさい、と、またあした、だねぇ」
「どっちも言うんだ」
「あしたもあいたいから」
微睡んだ声色だったが、確かにそう言った。たったそれだけである程度満足したのか、彼女は再び目をゆっくり閉じた。静かな呼吸音は寝息に切り替わりつつある。既に良い夢でも見ているかのような笑顔のままで。
どうやら僕の反応や返事を待つこともなくそのまま寝るつもりらしい。何から何まで勝手なヤツ。僕がこの部屋にいる時点で今更なものだが、その上で考えて物を言っているのか、最初から何もかもそうじゃないのかハッキリしてくれ。
僕は苛立ち半分になりつつもその頭を軽く叩いて、物音は立てないように、その部屋から逃げた。