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    暖(はる)

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    暖(はる)

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    長晋(893💊)次の冒頭が出来上がったのでこれと前に書いたバニーを合体すれば一冊出来るはず。
    ●茶々様がかなり話している(今回のキーキャラその①)
    浅井が裏切りキャラ&史実を元にした御家のあれこれを描いているので苦手な方は注意

    退屈だと高杉は畳の上で寝っ転がれば紅と黒の着物が、華が咲いたように艶やかに広がる。
     森にプレゼントされた片身替わりは、今時珍しく鉄媒染で染められており、紅の箇所には錦糸で刺繍が施されている逸品モノだ。
     それだけで着るにはまだ肌寒いので高杉はガウン代わりに着こなしている。
     相変わらず趣味だけは合うんだよなとため息をつきながら、ここに来た経緯を思い出す。
    「今儂ら超忙しい……正直儂が何人いても足りない、勝蔵もいちいち帰るのは大変じゃろう、また逃げ出されても困るしおぬしもここに住め」と信長の一声で、高杉は、森に監禁されている雑居ビルから日ノ本組の本拠地に根城を移した。
     町といっても可笑しくはないほど、いくつもの建物が混在している不思議な空間ではあるが、高杉が出歩けるのはせいぜいこの家の中と森の趣味だろうか花々が育てられている庭くらいである。
    「ここが君の住処なのか」
     水回りと一階と二階に一部屋ずつしかない小さな家は、森のステータスを考えると慎ましく感じるが、独り身なら丁度良いのかもしれない
    「そんなわけあるか、ここは控えで用意されているだけだ。元々妾を囲うのに使っていたようだけど」
    「ふーん」
     残念だと高杉が思ったのたのは、ここが彼の住処であれば、捕らわれている腹いせに少しくらい荒らしてやってもいいだろうと思ったからだ。
     サクッと人を殺せる薬を作ったのが運の尽き、化学者であった高杉が日ノ本組の森に監禁されてから一年が過ぎた。
     何度も脱走しては連れ戻され、その度に誰の所有物であるのか分からされるように森に抱かれ続けた。
     帰りたい――それだけのことが出来ずに藻搔いていたはずなのに、最近ではこの生活が悪くないとも考えている自分がいる。
     このままでは狂ってしまうと、感情を押し殺しながら高杉は日々の生活を送っていた。
     **
     忙しいというのは本当のようで森がこの家に帰ってくるのは、深夜か下手をすれば昼下がりに疲れを隠せずに横になったかと思えばすぐと起き上がり、また何処かへ出掛けていく。高杉には森がどんな仕事をしているのか全く分からない。
     少なくとも出会った頃の殺しの仕事でないのは、彼の瞳を見れば分かる。
     あれは殺しになれば目を輝かせる狂者だ。
    「ねぇ、退屈なんだけど」
     ガリッと森の手に爪を立てながら高杉は不貞腐れる。
     夜の仕事は勿論、天才的な頭脳もここにいる間は休めという信長の指示で高杉がやることといえば、三味線を弾いているか、食事を持ってくる森の部下とたわいもない会話をするだけだ。
     侮蔑、好奇の目、畏怖様々な目が高杉を見てはすぐと足早に去って行く。
     時々面白い話をする奴はいるので引き留めたりするが、そういった人間ほど立場をわきまえているのか、距離を置きたがる。
     退屈させないのがご主人様の勤めではないのかと聞いてやろうと思ったが、高杉もそこまでバカではない。
     だが、そろそろこの生活に飽きているのは確かだ。
     オウチニカエリタイ ボクだけみて……サビシイ
    そんなはずはない、帰るのは森のいない世界だ。
    「……明日、女を連れてきてやる。くれぐれも粗相はするなよ」
     首が飛ぶぞと脅す森にそうではないんだけどと思う感情を高杉は隠し通した。
    「茶菓子はそこに置いてある、それから……」
     森は今日も出掛けるのか、菓子とそれにあう茶の準備だけをしていくと、ここ最近スーツ姿しか見てないのではと高杉でも分かるほど、休日を過ごせないまま森は仕事に向かう。
    「分かったから、早く行きなよ」
     どうでもいいという態度を取りながら高杉は、森を見送る。
    「明日には帰れるから、良い子にしてろよ」
     十分すぎるほど良い子にしていたつもりだと高杉が眉間に皺を寄せればコツリと指で弾かれ、その隙に森は高杉の唇を奪った。
    「ん……ふ、あぁッ、ふゅぅぅ♡はふ……ンッ♡」
     簡単に侵入を許してやるものかと歯を食いしばろうにも森の舌が口腔へと滑り込む。
     開いた口からは甘いと息が漏れ出し、息継ぎの合間に微かに見える森の瞳に欲情を覚える。
    「はぁっ……ん、んっ♡♡……ふ、ぁ」
     久しぶりの温もりに身体の芯に熱が籠もる。もっとと強請るように首筋に腕を回そうとすれば、森はすっとその身を剥がしていった。
    「続きは帰ったら」
    「……」
     馬鹿にするなと声を荒らげるにも声が上擦ってしまう。バレないように俯いた高杉は、森のさっぱりとした表情を見ることはなかった。

     待ち人が来るまでまた縁側で三味線を弾いて入れば、学校帰りだろうか黒のスカートと白のブラウス姿の可愛らしい少女が顔を出してきた。
    「やぁ、どうしたの」
     どこから来たのと聞こうとしたがここは織田の本拠地で、部外者は蟻一匹通さないはずだ。
     たとえ無害な少女だとしても、ここから門までは歩いても三〇分はかかる。その間に誰かに見つかって外に出される。
     ここにいる誰かの子どもだろうと少女を見て、高杉は気づいた。
     この年頃の少女は、子ども扱いしてはいけない。女性として接しなければ口を閉ざしたままだと、妹たちを思い出しこちらから名前を紹介する。
    「僕は高杉晋作、君は」
    「浅井茶々、茶々と呼んで良いぞ」
     気に入ったと可愛らしい笑顔を見せた茶々は黒のスカートの袖を摘まんで姫君のようにお辞儀をするので、つられて高杉も頭を下げる。
     そのまま、縁側に腰をかけようとするので、スカートでは寒いだろうと座布団を敷いた。
    「うむ、良い心がけじゃ、それで長可君が用意してくれたお菓子はどこにある?」
     長可という言葉に高杉の肩が震える。勝蔵、長可どちらも森の名前であるがどちらが真名か高杉は知らないし知るつもりはない。
     森と高杉の関係で、名前を呼び合うような親しみなど不要だと高杉は一度も森を名前で呼んだことはない。
    「ここに、」
     茶々が森が呼び寄せた女なのだろうかと、とりあえず茶と一緒に菓子を振る舞えばお行儀良く口に頬張っていた。
    「美味しい、流石長可君が買ってきただけはある。そちも食べよ」
     天真爛漫な彼女に流されながら、練り菓子を摘まむ。
     こればかりは技術がいるので高杉は作らずにいるが、森が度々買ってくるのなら好物なのだろう。
    それにしても先ほどから少女が森のことを長可と呼ぶのはどういった関係なのだろうか。「ねぇ、そち、長可君の何なの?」
    「へっ、何って」
     お茶を飲み干していたタイミングで聞かれたので噎せることはなかったが、茶々の突然の時かけに高杉は思わず、声が裏返る。
    「補佐か幹部なのか聞いたら違うって言っていたし、恋人なの?」
    「冗談じゃない……あのね、僕は……」
    何なんだろう、家族を守るために森の懐に入ったがそれだけだ。
     人生を奪われ、快楽を与えているそれだけの関係に名前などあるのだろうか。
    「答えられないのね、長可君と同じ」
    「あのさ、君は一体」
     彼の何なのかと口を開いたがその答えは、すぐと見つかった。
    「伯母上が言っていた通りね、茶々これ以上関わるのは止める、馬に蹴られたくないし」
     大人びた微笑みに信長の面影を見た高杉は、茶々が信長の縁者だと察した。
    「それが正解、もっと楽しい話をしようか」
    「どんな話? 、茶々、色んな話聞いてるからすぐには食いつかないぞ」
     傍若無人なところも信長そっくりだと、彼女が好きそうな話を会話から見つければ茶々は満足げに笑っていた。
    「賑やかじゃの、茶々」
    「伯母上、長可君、法事はもう終わったの」
     部屋に一同勢揃う。皆、喪服姿であるがなにせ年中黒ネクタイのせいで高杉が法事があったことすら知らなかった。
    「終わった、すまん、江や初と離させて」
    「いいの茶々はいずれ浅井を盛り返すのだから、顔を出しておかないと」
    「……頼もしいの、儂の姪は、なぁ勝蔵、」
     茶々を抱きかかえる森に視線を移す信長の表情は複雑であった。
    「そうだな、」
    「茶々、二人を迎えに行こう、勝蔵は?」
    「片付けが残ってる」
     茶々を降ろしながら森が頭を掻く、上役でもそういった仕事があるのだろうか。
    「そうか、高杉もどうじゃったウチは」
    「……」
    正直すぐにでも帰りたいと本人を目の前にして言えるわけがない。
     それなりにもてなされてはいたが、他人が高杉をどう評価しているのか分からされて正直しんどい思いして、疲れ切っていた。
    「まぁ良い、ああ、明日までは、あまりうろついてはならんぞ、最近鼠が入ってきている」
     じゃあなと手を振る信長を見送ると、どっと疲れが出たのか高杉はため息をつく。
    「お疲れさん、どうだった茶々様は退屈しねぇだろ」
    「女と言うより少女だね、しかし失礼だろ、女なんて」
     仮にも上司の姪であればもう少し言葉を選ぶべきだろうと高杉は眉を顰めた。
    「女は女だろう、で、どうだった」
    「退屈はしなかった……」
    「だろ、もうすぐ柴田のおっさんのところに行くみてぇだから会わせてやった」
    「なかなか複雑な事情があるのだね」
     疲れたせいかついうっかり口を滑らせたと高杉が森の顔色を窺えば、相変わらず何を考えているのか分かりづらい表情で淡々と彼女の出生を物語る。
    「……で浅井が裏切ったからボコボコにして殺した、今は大殿のところにいる」
     市という信長の妹と結婚した浅井の裏切りを口にしたときだけは、怒りに満ちあふれていたが、またカラリと嗤い表情を元に戻す。
    「そうなの……」
    「おっさんのところ、組持っている上に子どもいねぇし。サルのところに行くよりはマシってところだろうな、流石に夫殺しのやつに嫁ぐのはしんどいだろう」
    「組? いや、もう話さなくて良い」
    「ようやく興味持ってきたか」
    「持ってない。僕は言われたとおり薬を作るだけだ……それでいいのだろ」
    「まぁ、良いけどよ」
     何か言いたげな森の言葉は、スマホの音でかき消された。
    **
     うろつくなと言われても、災難というのは向こうからやってくる。
     車の用意が出来たからと森の部下に案内されたはいいが、そこに森はいない。
     今まで接してきた森の部下は忠誠心が高い者ばかりだったが、どうやら中には彼に対して反抗心を持つ者もいるようだ。
     塀で囲まれている駐車場に高杉を置いたっきり戻っては来ない。
     すっかり薄暗くなった景色の中、車だけが灯りに照らされているが、この現状で逃げ出すようなバカはしない。
     塀の外を出たら最後、速攻で鬼が追いかけてくるか、うまく逃げ切ったとしても辛い仕置きが待っている。
    「戻るか……」
     情けないと思われてもいい。逃げるには計画が必要なのだ。
    「高杉、高杉か!」
    「誰……えっと乍花?」
    突然飛び出してきたのはかつての同僚、乍花だった。久坂と乍花、少し似ているとそれだけを理由に覚えている同僚は、ひどく痩せこけぎょろりと落ちくぼんだ目で高杉を睨み付ける。
    「一段と綺麗になったな……ああ、辛かっただろう! もう大丈夫だからな」
    「ま、待て……触るな!」
     骨張った腕で高杉の躯を押さえつけようとする乍花に気味が悪いと高杉は撥ねのけた。
    「どうしてだよ……ひどいじゃないか、助けに来てやったのに」
     乍花は、睨み付けたと思えば、急に嘗め回すように高杉を見つめた後、急に泣き出した。
     明らかに精神が病んでいると分かる仕草に距離を取ろうとするが、乍花は高杉の脚に絡みついて離れようとしない。
    「怯えている……そうだろうな、怖かったよな、もう大丈夫だからな」
     車もあるし武田に逃げれば大丈夫だと、にちゃにちゃと脂臭い唾液を飛ばしながら
    乍花は虚ろな瞳で笑っている。
    「ひッ……離せよ、」
    話かてんで通じない。
     同僚とは言っても接したのはほんの僅かな時間。躊躇いなく蹴り飛ばせば、男は蹲り起き上がっては来ない。
     とにかく逃げなくては。
     高杉は走り出したが方向を間違えて、外へと出てしまった。
     誰でもいい、あの男から匿ってくれる相手を探さなければと周囲を見回しながら走っていると、薄鈍色の髪が眩しい白いジャンバー姿の青年に出会す。
    「頼む助けてくれ」
     一般人を巻き込むような真似はしたくはなかったが、目頭から口にかけて傷がある男だ。明らかに堅気ではない。
     助かったと安心したのもつかの間、男は高杉のみぞおちに重い拳を落とす。
    「大将、こいつでいいんだな」
    「ああ、赤毛で細身の男、間違いない、連れて行く」
     血のように赤い車が目の前で止まる。
     どうしてと考える間もなく高杉は意識を手放した。
     **
     薄明かりが赤と黒で整えたアールデコのフロアをより厳かにみせる。
     その静けさを消し去るように男が大声で自分の意思を主張する。
    「話が違うじゃないか、その男を連れてきたら組織に入れてくれると言っただろう」
    「連れてきたのはうちの新八だ、お前はただ呼び出しただけ」
    「そんな……あいつが急に飛び出しせいだ、どうすればいい、」
     威勢が良かったのは最初だけ声が縮まっていくのを相手は見逃さない。
    「知らんな、ああ……あの変な化学者もどきあれは置いてきたから今頃べらべらお前のこと話しているんじゃないのか」
    「……横紙破りは武田の特許か」
    「裏切り、これが裏切りと言っていたらこの世界じゃ生きていけない、最もお前はもう死ぬだろうから、冥土の土産にでもしろ」
     微かに聞こえる悲鳴で完全に覚醒した高杉が辺りを見渡せばそこは男の花園であった。
    「ここは……」
     革のソファーで寝かされていた高杉が目を覚ます。
     眼下には柔らかな胸、高杉の頭を置いているのは臈長ける嬢の膝であった。
     桃色のドレスを身に纏った嬢はにこりと笑ってはいたが高杉に興味はないようで、すぐと起き上がらせる。
     ドイツ出身の主治医とは違う独特の黒髪混じりの銀髪に指を通すとさっさと場所から離れた。
    「気づいたか、新八……少しやり過ぎたんじゃないのか」
     確か大将と呼ばれていた男は白い肌と髪を引き立たせる真っ赤な羽織をかけて堂々と座っている。
    「加減が出来ねぇーんだよ、にしてもひょろっこいな。鍛え方が足りねぇ、本当に森のお気に入りなのか」
    「気が合うのは何も殴り合いだけじゃないの、お前が一番分かってるだろ」
    「っち、悪かったな」
     高杉を殴った男――新八が頭を下げるが、ごめんで済むなら警察はいらないと、高杉は押し黙っている。
    「嫌われたな、俺からも謝る。どうだ、酒でも呑んで水に流さないか」
    「……、飲みたくない」
     勝手に連れてこられてきた相手と酒を呑むのが危険なことくらい高杉も分かっている。
    「一応の用心深さはあるわけか、だったらアレに同じシェイカーで酒を作らせる、それならいいだろう」
     指を指した先にはバーカウンターがあり、嬢はあくまで添え物。
     眉雪のバーテンダーが腕を振るうのがこの店のしきたりのようだ。
    「それなら、」
    「よし決まりだ、何が呑みたい」
    「……マンハッタン」
    カクテルの女王とも呼ばれるその酒はシンプルが故に作る人の力量が出る。
     老紳士に罪はないが、美味しい酒でも呑まなければこの場にいる意味が見つからない。
     今頃、森は自分を探してくれているだろうか。
     ハヤクムカエニキテヨ、バカ。
    「なかなか良いセンスをしているな、こいつはお前が飲めよ」
    「晴信の大将、あんた面白がっているだろう」
     いやと笑った晴信だが、口角が上がったままだ。
     何かが新八の琴線に触れたのだろう。
    「どうぞ、」
     深紅の酒が目の前に出ると高杉はそっと口を付ける。
     ショートカクテルだと思われがちだが、度数の高い酒を一気に飲み干せば次が楽しめない。新八が飲み干したのを確認すると、味わうようにさらに口に含み酒を堪能する。
     加えられたスパイスのほろ苦さとマンハッタンの特徴ともいえる甘さが口に広がっていく。
     安いバーでは味わえない極上の味はすぐと杯をからにした。
    「これで話が出来るな、高杉」
     こくりと黙って高杉が返事をすれば、晴信が先に自分の素性を明かす。
    「甲斐の武田晴信だ。で、あっちが」
      赤い羽織を脱ぎ捨てた晴信のモスグリーンのシャツに思わず森を思い出し目眩がしたが、首を振って誤魔化す。
    「永倉新八、」
     マンハッタンのサクランボを咥えながら手を挙げた新八が面白い者を見つけたように笑う。
    「どうやらこいつ、大将のこと知らねぇみたいだぜ」
    「……この俺を知らない、本当か」
     首を振ったのは別の意味ではあったが、甲斐の武田と名乗られても頭の片隅にもその名前を置いたことはない。
    「クカカ、大将を驚かせるなんて面白ぇ、」
    「……はぁ、知らないなら教えてやろう」
     二杯目の酒を頼む暇すらなく、晴信が語りはじめる。
    「信玄。それが俺の通り名だ、そっちなら聞き覚えがあるだろう」
    「なんとなくは確か、」
    「そう、レッドキャバルリー。それがうちの商売だ」
    レッドキャバルリー、ホストクラブとして有名な店は、繁華街を歩けば必ず系列がありどこも繁盛している。
     一度だけ下戸の恩師と当然のようにそばにいる久坂と歩いていれば体験入店でいいからと声をかけられ中に入ったことがある。
     煌びやかな赤と黒のモノトーン店に美男子と美酒が揃えられており、なかなかに面白くはあったが、堅物の恩師がいきなりあれこれと話し始めてスタッフは勿論客まで引き抜いていった伝説を作り上げた。
     そこの最高業務執行責任者だと晴信がさらに話を続ける。
    「うちと上杉が泥水渡世を分割して商う代わりに織田が薬と細々としたやつらを取り込む、そういった同盟を組んでいたはずだがその均衡が最近崩れ始めた」
    「それと僕に何の関係が、」
    「ある、いや正確にはあったが正しいが、とりあえず最後まで話を聞いてくれ」
     晴信の話をまとめると、繁華街に出入りする女性達をドラッグ漬けにして海外に売り飛ばしている輩が出てきて、彼女らを生業とする武田と上杉は困り果てていた。
     どの世界にもルールというモノがある。自分の領地で勝手に振る舞われては困ると、両組はまず織田を叩いた。
     織田で最近、薬で名前を挙げているのは高杉だ、身柄を引き渡すように信長に交渉したが、「それ儂も知らん、マジで……舐めた真似をしおって」と信長も加わり、犯人はすぐと見つかった。
     乍花と高杉を呼び出したヤクザ、それと直接外国と取引していた男。
     彼らは優秀で美しい高杉を引き込もうと画策していた。
     そんな三人に報復するため、晴信達はあれこれと打ち合わせた。。
     短期間とはいえ信長の目も欺いた男である。勝手に乗り込んで潰すのは簡単だが、それでは信長の乱心だと思われ、部下の忠誠心が揺らぐ。
    ただ上を潰すだけでは意味がない。
     メンツを奪われた腹いせと今後同じようなことをする輩が出ないように締め上げなければ気が済まないと信長はある提案をした。
     信仰心などとうに捨てた信長だが、それでも身内への情はある。
     抗戦で朽ち果てた姐婿の法事を口実に末端の組まで本家に呼び寄せ、すべてを表に晒した後、幹部全員で一網打尽にするつもりだった。
    「が、さすが犬だ、鼻だけは良い。部下を置いて逃げだそうとお前を人質にしようとしていたわけだ」
    「とんだとばっちりじゃないか!」
     森の素顔を見るきっかけも似たような流れであったが、あれは高杉の意思でやっていた。
    「まぁそうだな、……ここからが本題だ」
     晴信はひとしきり笑った後、粉末を机の上に広げた。
    「これがその薬だ、はっきり言って粗悪すぎて使い物にならん」
     即効性はあるが、幻聴幻覚、依存性も高く女はすぐと精神は勿論、肌や歯がボロボロになり死んでいくという。
    「……それで」
    「これより凄いモノを作ってみる気はないか」
    「テリトリーがあるって言ってなかったか」
    「そうだな、それはあくまでもドラッグのこと。ただの回春剤なら問題はないはずだ」
    「回春剤、媚薬か。あれは簡単には作れないし、効果もただの副産物だ」
     漫画や小説で登場するようにすぐと発情したり、勃起するようなものは存在しない。
     せいぜい気分を昂ぶらせ、それによる効果によってエロスティックな気分になるのが、一般的に出回っている薬の効能だ。
    「簡単には作れないということは出来るってことだな、それを黙ってうちに卸してくれれば良い」
    「……彼が黙っていないと思うけど、あれは忠義の塊だ」
    「だろうな、だが四六時中奴が見張っているわけでもないのだろ」
    「そうだったらどんなに良かったか……笑うな」
    「ハハ、囚われの御姫様ってのは本当だったみたいだな」
    ずっと塔の中で閉じ込められている姫だと言いたげに高杉の長くなった髪を新八はじっと眺めながら、サクランボの枝を取るついでに口を開く。
    「話を折るな、新八。その話なら界隈じゃ有名だ。なにせあの鬼武蔵が執着しているともなればな」
    「……だったら」
    「だがお前をこちらに引き込んでしまえば問題はない、武田を舐めて貰っては困る」
     晴信は高杉の腕を掴み挙げるとよく回る舌が森を青二才だと語る。
    「あのガキを育てたのは奴の親父もだが俺もそれなりに鍛えてやったつもりだ、子はいつか親を超えるものだが、この様子じゃまだ先だろうな」
     手元にいる高杉をみて高らかに笑う武田に高杉は腸が煮えくり返った。
     彼を侮辱して良いのは自分だけだと、プライドの高い高杉は武田を睨み付ける。
    「そんなのどうだっていい、彼とは契約している」
    「家族を人質に取られているんだったか、いいだろう、それを含めて武田で面倒を見る。
    どうだ、頷く気になったか。どうせ小僧のことも好きではないのだろう」
    「僕を見くびって貰っちゃ困る!」
     晴信の腕を振り払い、突然怒声をあげた高杉に晴信達は目を見開く。
    「好き勝手に言いやがって、ああ、嫌いさ……そう思って過ごしていかなければ狂ってしまう、彼の瞳に射貫かれて正気でいられるわけがない! だから逃げ出して、嫌われるような真似をしているのにあいつは追いかけてくる! なんでだよ、嫌いになれば良いだろう……」
     カッと怒鳴り込んだあと涙を漏らし机に突っ伏す高杉に二人は大きくため息をついた。
    「そんなに酒強かったか……」
    「いや、だいぶ拗らせてんな、」
    同類相求むという態度で高杉を囲んだ晴信達だが視線は別の方向を向いていた。
    「高杉、どうやら時間切れのようだ」
    「はッ、なんでここにいるんだよ」
     ずるずると引きずっているのはおそらく高杉をここに連れ出そうとしたヤクザだろうが、森が掴んでいる腕が一本残ったきり後は原形を留めていないゴミとなっている。
     上等なスーツがギラついているのは、ここに来るまでにも何人か殺めてきたのだろう。
     もう興味はないとゴミを投げ捨てると、存外と静かな足音を立てながら森は高杉に近づいていく。
     ムカエニキテクレタ、ハヤクカエリタイ
     どくりと心臓が高鳴るのを無視をして高杉が森を見上げるが、高杉を素通りすると新八の眉間に向けて拳を振り落とす。
    「ちッ避けやがって」
    「っ痛ぇな、おい……このクソガキが!!」
    「あ、腸煮えくり返ってんだ付き合え、老いぼれ共」
     瞳を爛々と輝かせ大きな笑みを浮かべた森は獣そのものだった。
     寸前のところで森の拳を掴んだ新八だが衝撃は抑えられずに、不自然に折れ曲がった関節を戻している。
    「あッ、誰にそんな口叩いてやがる、上等だ。表に出ろや!」
     カッなった新八が拳を構え、森に向かって拳を振り落とす。
     お互いに避けているので傷はないが、ラリーの風で辺りが一気に騒々しくなる。
    「やめんか!」
    「やめろ! 二人とも」
     それぞれ頭領に首根っこを摑まれた新八と森だが勢いは止まらず互いを睨み付けている。
    「すまんのうちの勝蔵が。じゃが、こやつが儂でも制御できぬの知っていて、黙って連れ攫ったのじゃろ」
     代わりに儂が相手になると椅子に片足を乗せたまま、信長が晴信に睨み付ける。
    「攫ったのは間違いではないが、今はお前と喧嘩するつもりはない、返してやるから。とっとと帰れ」
    「誰が帰るか!」
    「そうだ帰らない……」
     高杉を無視した抗戦にほどほど あきれ返った高杉が森に続けて喋る。
    「はぁッ今、お前なんて言った、」
     高杉のその一言に素っ頓狂な声を出したのは新八だった。
    「さっきまで帰りたいって啖呵切ってたろ」
    「ほーんそうなのか」
    新八の言葉に妙に冷静になった森がじっと高杉の瞳を覗く。
    「……ッち、厄介なことに巻き込むなら始めにいえよ、ちよっと……!」
    とにかく帰らないとそっぽを向いた高杉を無理矢理、俵担ぎすると森は、ゆっくりと出口へ引き返していく。
    「……犬でも食わねぇとはよく言うが胸焼けしてきたぜ、大将」
     迎えにきてすぐと高杉を連れ戻そうとしない森に悋気を起こした高杉に気づいた新八が、べぇっと舌を出す。
    「だろ、ああ、クソガキ。もう一つだけ教えておいてやる」
    「あッなんだ」
    「そいつ、うちに寝返らなかったぞ。たいした奴だ」
     だから床を汚した分はチャラにしてやると晴信が笑みを浮かべる。
    「俺は帰り忠は大嫌いだ。そんなやつ、自分の手元に置いとくわけねぇだろ」
    「だそうだ、良かったな。高杉、」
    「どこがだ、笑ってないでどうにかしろ……ぐぇッ」
     高杉が晴信と新八の名を続けて呼んだ瞬間、森の指が高杉の肋に食い込む。
    「墓穴、お前、それ直さないとその内そいつに頭ごと持ってかれるぞ」
    「良いんじゃねぇか。マンハッタン呑みたい奴なんだ、本望だろ」
    「なッ……違うからな、ただそこのマスターの力量を試そうと」
     言い返そうと口を開こうとするが、肋に食い込む力はどんどんと強くなる。
    「じゃあな」
     ひらりと手を振った森の代わりに晴信達の顔を見れば、ニヤきった顔を高杉に向けていた。
     
    おまけエピソード(晴景描写あり)
    「話は終わりましたか」
     ピンクのドレスから一変、髪の色おそろいにしたドレスに着替えた嬢が晴信に近づく。
    「ああ、お前が大人しくしているとは珍しいな」
     先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになったフロアーで酒を酌み交わす。
    「ん~ああいう喧嘩には興味ないので、最後の喧嘩、アレはなかなか良かったですよ」
    「だろ、大将が止めなければあのガキぶちのめしていたからな」
    「……」
    「晴信? 急に黙るなんてどうかしたんですか」
    「いや、しかしあいつもこれから大変だろうな、」
    「えッあの晴信が心配! そんなに高杉なにがしは良かったのですか」
    「違う、まぁわざと鬼武蔵を怒らせようとしたのは事実だからな」
    「ふふ、あの少年私も嫌いでないですよ、叩きがいがありますし、それに」
    「どうした?」
    「高杉もアレは変わりますよ、そうしたら会わせてくれますか」
    「お前に気に入られたか、やつも苦労するな。謙信?」
    「ふふ、いやね、今日はトコトンの見たい気分なんですよ、付き合ってください、晴信」
     上杉謙信、武田とは逆に夜の蝶を統べる女性がウイスキーグラスの氷を奏でながら、晴信に意味深に微笑む。
    「……俺そろそろ帰る、」
    「なんだ帰るのか、付き合えよ」
     イヤだと、手を振って永倉が外に出ればまだ少しだけ血の臭いが残っていた。
    「マンハッタン、本当に良い趣味してやがる」
     切ない恋心、それがマンハッタンが持つ言葉の意味だ。
     あの赤毛も自分と同じように切ない恋をしているのだろうかと、永倉は煙草を取り出すと、心に秘めた相手の名を口にした。
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