失恋した女と呑むogt「ねぇ今日夜空いてる?」
二つ返事で誘われるままに着いていけば小汚い居酒屋に案内された。眉を顰めたのに気がついたのか
「味はいいんだよ?」
そうか。
「まぁお前の舌は確かか」
舌“だけは”な。
対面に座った女が一気に酒を煽り、ジョッキを勢いよくテーブルに叩きつける。
「あれは私のこと好きな感じだったじゃん!」
どうやら好いた男に振られたらしい。
心の中の笑みが溢れないよう、目線を酒に向ける。
「そうか」
「なんでそんなに冷たいの⁉︎傷心の乙女なのに!」
「別に」
女の顔を肴に一口、酒に口をつける。
別に。特段驚くことでもないだろうが。
あんな男の何がよかったんだか。平凡な顔、平凡な家。平々凡々の具現のような男。営業成績だって俺に及ばないどころかこいつよりも下だった。よかったのは女の趣味だけか。それもクソだが。
信じられん。本当にどこに惚れたんだか。
「イケると思ったんだけどなぁ」
そう言って女は枝豆を手に取った。
あぁそうだな。確かにアイツもお前を好きだったんじゃないか。身の程も知らずに。
全く。誰の女に手を出そうとしていたのか。
「残念だったな」
目を細めて薄ら笑う。
女はつまみと酒を口に入れながら、未練がましくも自分を振った男の好いたところを挙げていく。顔、声、性格。仕事ができないところもよかったらしい。全く理解できん。
「まぁ分かんないでしょうよ。この気持ちは」
顔に出ていたのか女は不機嫌そうにぼやく。
だがまぁ、
「分からんこともない」
惚れた弱みというのはあるようで、どんな欠点でも愛おしく思えるのだそうだ。
女はため息をついて額をテーブルにつける。
思わず上がった口角は隠す必要もなかった。
根回しした甲斐があるってもんだ。いや、根回しというほどでもなかったか。
入社当初から気に入らなかったんだ。大した取り柄もないくせに、人の女にベタベタと。気分が悪いから多少無茶な仕事を振ったり、皮肉を言ったり。その度にこの女が手伝ったからすぐにやめたが。
…そういえば一緒に出社したこともあったが、まぁ効果はなかった。
普段からこちらが声をかけるだけで怯える男は、女の肩に手を乗せながら見やるだけでは女が誰のものか理解しなかった。
仕方がないから、呼び出して話をした。男はようやく理解したようで、頬を引き攣らせてどこかへ行った。とことん察しが悪い。どこまでも平凡な、いや平凡以下の男だった。
以来男は女への接触を控えていたようであった。
ようやく虫がいなくなった。
だがこいつが突然できた距離も気にせずに、告白をしたのは想定外だった。普通するか?今まで自分について回っていた同僚が、1ヶ月も前に距離をとり始めていたにも関わらず。
こいつもこいつで察しが悪い。未だに半年前にあいつが会社で配ったお土産の話をしている。
「あんなに仲良かったのに〜〜」
泣き始めた女を細めた目で見つめる。
「なんで〜〜?好きって言ってるようなもんだったじゃん〜〜」
1ヶ月前まではな。
「チョコだってくれたのに〜〜」
いつの話をしているんだ。
「やっぱり距離近すぎたのかなぁ…」
ほんとうに察しが悪い。
「いつになったら彼氏できるの〜〜」
いらんだろ、そんなもの。
あぁ気分がいい。自分の髪を撫でつけて、気づかれないようにほくそ笑む。
「まぁ飲め。話ぐらいは聞いてやる」
店員に酒を頼んで勧めれば、女は不貞腐れつつもアルコールを流し込んでいく。大して強くもないくせに。
次第にほろ酔いから酩酊へ。そのまま溺れてしまえばいいんだ。