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    ロバ耳

    @yfyy3744

    ジャンル雑多にする予定 何も信用しないでほしい

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    ロバ耳

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    米国同居時空の譲とテツ。今更夜逃げするには荷物が多くなりすぎた話。
    土壇場でひっくり返す一言もいいけど、日々の積み重ねが効果的なこともあるよね、と思いながら書きました。

    あたたかな重荷 出ていくべきだと思ったのはこれが初めてではなかったが、行動に移そうと思ったのは再び同居を始めて以来初めてのことだった。
     何ということはない。自分の中でひっそりと引いていた一線をついに超えてしまったというだけのことだ。年の近い恩師と談笑しているあれの姿を見かけた時、心の奥底であってはならないはずの感情が疼いた。未来ある若者への羨望や憧憬とは違う、『和久井譲介』という一個人に向けられた醜くも浅ましい妄執。一般的には恐らく悋気と呼ばれる何か。


     死に際まで会うことはないだろうと思っていたはずの元養子に泣き縋られ、干支二回り以上も年の離れた彼と再び共に暮らすことを己に許したあの日。譲介本人にはけして伝えない3つの誓いを立てた。
     求めすぎないこと。
     長く生きすぎないこと。
     執着しないこと。
     1年と少しで終わるだろうと踏んでいた生活はしかし、既に2年半が経過している。破られかけた制約の一つから小狡く目を逸らしつつ、良心の呵責を騙し騙し暮らしてきたこの1年弱。やっと年貢の納め時が来たようだ。
     湧き出した欲には直ちに表に出るほどの熱量はなかったが、こういったものは目を離した隙に一瞬で燃え広がると相場が決まっていた。延焼を防ぐには何を置いても初期消火。大人の都合に振り回され、周回遅れで始まった彼の人生の貴重な時間をこれ以上削るわけにはいかない。



     その場にいたことを気取られないうちに踵を返し、二人で暮らすマンションまで一直線に舞い戻った。
     タイムリミットは譲介が帰宅するまでの約3時間。幸か不幸か昔取った杵柄で夜逃げには慣れている。手早く纏めてずらかろうと思いながらリビングを通り過ぎかけた視界の端に、ふと『あるもの』の影が映る。
     それはマグカップだった。コーヒー1杯を淹れるのに最適な大きさの、内側と上半分が白く外側の下半分が黒い、なんの変哲もないツートンカラー。この部屋で暮らす間毎日のように使っていたそれの側には、全く同じ形サイズをした白とオレンジの相方が寄り添うように仕舞われている。
     思い至ると同時に記憶が傾れ込んでくる。「あなたはどうせ使わないでしょうけど」そう言って笑いながら取っ手付きのカップを選んだ、幸福そうな若者の横顔。思わず視線を逸らすと、そこには二人がけのソファが置かれていた。ソファの上には色違いのクッションが二つ。慄くように後ろに下がれば足元でパタ、と音が立ち、使い慣れた黒いスリッパが目に入る。これの相方は今頃玄関で行儀良くつま先を揃え、3時間後に現れるはずの持ち主の帰りを待っているはずだ。
     この家にあるものの殆どがそうだった。片割れを持つもの、二つ揃っているべきもの、決して欠けてはならぬもの。「キスもセックスも必要ないから、その他の恋人らしいことは全部やりたい」などと生意気を宣った元養い子のここ2年半の成果が、重たく生温い熱を持った枷となって柔らかく手足を縛りあげる。
     『手早く纏めよう』などとなぜ思えたのか。
     この部屋にはもう、置いて去ることすらできない光の欠片がこんなにも溢れているというのに。




    「ドクターTETSU?」

     背後から呼びかけられて我に返る。
     窓から差し込む日は既に暮れ、室内は夕暮れを通り越した薄闇に包まれていた。「どうしたんですか、こんな暗い中で突っ立って」パタパタと軽い足音を立てて青年が近づいてくる。相変わらず片側だけを伸ばして、自分と鏡に映したような前髪になるようわざわざ揃えて。何度言ってもけして切ろうとしなかった頑固者。
    「何かありました? ……もしかして、どこか痛みますか?」
     開けた方の視界が間近でかち合って、心配そうな目で真っ直ぐに覗き込まれる。
    「……馬鹿だな、お前は」
    「……はァ〜〜!?」
     キッと釣り上げられた眦を見て思わず笑みが溢れる。牙を剥かれる寸前で抱き締めると縊られかけの鶏のような悲鳴があがって、30秒くらい間をおいてから「こんなことで誤魔化されるとでも!?」と怒鳴られた。もう笑いが止まらない。ずっと肩を震わせていると、腕の中でもがいていた譲介は俄かに戸惑った様子を見せ始め、オドオドと背中を抱き返してくる。
    「な、何で泣いてんですか……」
     さぁな、オレにもよくわからん。
     返答は言葉にならず、年甲斐もない嗚咽だけが情けなく喉を震わせた。
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