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    sabasavasabasav

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    sabasavasabasav

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    フォロワさんの誕生日のお祝いとして書かせていただいたもの。
    ヒクサクが真の紋章を集め、管理するために坊ちゃんの体を保管庫として運用している、そんな設定です。
    坊ちゃんの名はアークくんてす。名は体を表す、素敵な名前。

                  ▽



     ──騒がしい。
     それが、アークが感じた第一印象だった。
     重い瞼を上げ、身体を起こして辺りを見ると、仄暗く、見覚えのない場所だった。靄がかかったような空間は生温かい空気を纏っており、そこが広いのか狭いのかすら判断できない。そんな不可思議な場に、見知らぬ影が揺らめいている。話に花を咲かせる者、取っ組み合いの喧嘩をしている者、さめざめと泣いている者、とりとめの無い顔ぶりだった。どれもアークの記憶には存在しない人々だった。
     姿を認識していないのか、周囲にいる人はまるでアークが見えていないように会話を繰り返している。繰り広げられる喧騒に思わず耳を塞ごうとして。
    「よお、久し振りだな」
     そんな中、唐突にかけられた声に身体が跳ねた。声がしたほうを見遣ると、亜麻色の髪を持つ少年がゆっくりと歩み寄ってきていた。向けられた笑顔は胸の奥を酷く熱くさせたものの、その先を思考しようとすると酷く頭痛がした。
    「……君は?」
    「あーそっか、記憶が混濁しちまってるんだっけ」
     何とか絞り出した問いに、少年は返答にもならないようなことを言った。
     そのまま隣にしゃがみ込み、肩を組んできた少年にアークは驚きはしたものの、腕を振り解こうとは思わなかった。触れた箇所からあたたかさが流れてくる心地がする。
    「どうだ?調子悪いところとかないか?」
    「ない、と思う……多分」
    「なら良かった」
     少ない情報の中でも何かを感じ取ったのか、それともこちらを安心させるためなのか、それは分からない。
     ただ、言葉を濁したアークを見て、少年は微笑んでいた。無遠慮に頭を撫で付けられるその感覚も、初めての経験ではない。
    「アーク?大丈夫か?」
    「大丈夫だよ。でも、なんだか眠くて仕方が無い」
    「なら、特別に俺の太腿貸してやるよ。ほら、眠っちまえ」
    「あれ、どうして……」
     僕の名前を知っているのか。
     問おうとした言葉が睡魔にのまれる。
    「俺はずっとここにいるから、安心して眠れ。心配するな。俺が……いや、俺たちが、お前を守る」
     先程まで己のことを認識すらしていなかった、雑踏のような老若男女が、一斉にアークを見ていた。その視線は慈愛に満ちている。むず痒さにアークは体を丸め込んだ。
     少年がゆっくりと髪を撫ぜる。その動作が酷く心地よくて、ゆっくりと目を閉じた。
     あれほど喧騒に溢れていた空間が、沈黙に包まれていた。



     たった一言の挨拶で、すぐさま意識が浮上する。
    「お目覚めください」
     アークがゆっくりと瞼を上げると、見慣れた天井が映った。明るい色の石を組んで作られているらしいその部屋は、床から高い天井に至るまで、古代文字が刻まれている。
     この空間は、部屋全体が魔法陣として発現しているという。建物を覆うほどの魔法陣は性能がやや落ちるものの、一度発動してしまえば維持するための魔力を空気中から賄えるのが利点だと、あの男は言っていた。紋章の効果を著しく落とすという魔法陣は、アークに酷い睡魔を齎している。
     祭壇のように見える寝台から身体を起こすと、見目整った少年達に囲われていた。異様とも思えるその状況も見慣れたもので、アークは特に違和感を抱くこともなくその場から立ち上がり、用意されていた椅子に腰掛けた。
     彼らの髪は、独特な髪色をしている。旅をしていたときに見た、視界いっぱいに靡く草原のような綺麗な緑だ。きっと撫でたら心地良いだろうその髪に、触れることはない。触れればきっと、壊れてしまう。
     姿形が同一である少年達は、手には別々のものを持っている。決められた役割を望まれた通りに動く、表情のない姿はまるで人形のようでもあった。それでも、時折触れる手のひらはあたたかい。
     数人の少年が傍によると、手にしていた布で身体を拭き始める。ぬるま湯で湿らせたタオルは香油でも入れられているのか、優しく擦られるほどに柑橘類の爽やかな香りが広がった。もう一人は髪に櫛を通している。そんなことをしたところでここから出ることは叶わないというのに、少年達は毎日飽きることなく、飽きるという感情すら分からずに、与えられた職務を全うしている。
     紋章の状態を確認するため、就寝時は常に衣服を取り払われた状態で横になる決まりとなっている。少年達はアークの身体を清め、手慣れた様子で服を着せると、一礼をしてあっさりと引き下がっていった。
    「巫様、こちらをお付けください」
    「ヒクサク様の元へ参りましょう」
     入れ替わりで部屋に入ってきた青年達も、少年と同じような髪色をしていた。彼らを見る度に記憶の奥に佇む何者かの姿が過るものの、はっきりと姿が捉えられない。
    「………ッ!」
     朧気に残る、ロッドを手にした少年の翠玉の瞳────瞬間、アークに劈くような頭痛が走る。青年が掌を手に取り、輪を装着したところだった。
     拘束具であるその輪は鈍く光を放っており、いつ見ても枷のようには見えない代物だった。しかし、慣れた手つきで通されていく度に、アークの中に僅かに残っている大切にしていたものが瞬時に削ぎ落とされていく。それでも残っているらしい記憶に触れようとすると、それを禁じる呪術でも編まれているのか、痛みを伴って思考を断ち切られる。培ってきた記憶を抑制する効果を持つ、非情な枷を我が身で体感することになるこの数分は、吐き気を催すほどに生理的嫌悪に襲われる瞬間だった。
     もどかしい思いを抱えながら、この感情すら奪われては堪らないと、アークは朧気な記憶をあっさりと手放した。果たしてその思い出に再び巡り会えるかは分からないが、無に帰されるよりはいい。しかしこの瞬間は、いつもどこか物悲しい。
    「ヒクサク様がお待ちです」
    「本日は来客予定が入っております」
     手足と首筋に拘束具をつけられ、その衝撃にくらりと立ち眩むアークを然程気にする様子もなく、青年達は部屋の出口である大きな扉へと腕を伸ばし、先へと促した。
     扉を抜けた先は、壁と同様の白色の鉱石で作られた廊下が広がっている。一定間隔で立つ青年は、アークの前後左右を囲うように歩く青年と同じ姿をしていた。毎日変わらぬ道程を、変わらぬ歩幅で歩いて行く。
     青年達は一定の距離からアークへと近付くことも離れることもない。しかしそれに違和感を持つことも既に無い。
     アークは淡々と、青年達と共に所有者の元へと歩みを進めた。



     以前来客があった際に一人の青年がアークを庇い怪我を負った。
     近くで紋章が使用され、衝撃を押し殺せずに青年がアークに倒れ込む。思わず抱き留めるように身体に触れた瞬間、青年が胸を抑えて苦しんだかと思うと、突如アークの腕を振り切り、糸が切れたようにその場に倒れ、すぐに動かなくなってしまった。
     倒れた青年の傍に寄ろうとしたところを、同じ容姿を持つ青年が立ち塞がった。
    「あれのことは気になさいませんよう。役目を全うしただけです」
    「“方舟”に影響が出る前に処理しろ」
     口を開いたが、言葉が出てこない。首に付けられている輪はアークから言葉を奪っている。既に日常となってしまった拘束具の効果も気にせずに、息が乱れることも厭わず青年に掴みかかろうとして。
    「顔を見せないと思えば、こんなところで道草か」
     声と共に周囲に充填された魔力に、身の毛がよだつ。
     アークを中心に展開された大規模な魔方陣が足元で怪しく光を放っている。それが放つ魔力に足が竦むだけではなく、先程まで立ちはだかっていた青年達が一斉にその場に倒れ伏せた。瞳孔に光の感じられない様子は先程庇い怪我をした青年と同じ状態で、アークは遂に足から力が抜け、よろよろとその場にしゃがみ込んだ。
     石造りの廊下に硬質な足音が響く。
    「状態は概ね良好。しかし、ソウルイーターの魔力が漏れている」
     長い髪を靡かせながら現れたヒクサクは、アークを見るなりそう呟いた。
     魔術師の髪は魔力を溜める媒体でもあるらしい。ともすれば暴発するのではないかと危惧するほどの触媒。一介の魔術師ならばヒクサクの毛髪ですら喉から手が出るほどに欲しがるだろう。酷い眩暈がした。
    「感情をある程度残したほうが紋章の制御が容易だと判明しているが、安直に精神介入されては元の木阿弥か」
     床に転がる存在など始めから捉えてもいないのか、アークから一度も視線をずらさず、ヒクサクは徐々に距離を詰めてくる。
    「賊に襲われる不安すら、無くして見せよう」
     ヒクサクに手を差し伸べられて、アークは衝動的に後退り、首を何度も横に振っていた。
     あの手を取れば、己は己でなくなる。先程から鳴り響く警鐘に呼応して、心臓も早鐘を打った。
    「何を怯える必要がある?貴殿の身の安全と形見を取り外さないことは保証すると言った。それは今後も揺らぐことはない」
     ヒクサクの言葉には微塵の虚像も含まれない。常に事実だけを述べている。だからこそ、アークは恐ろしくて堪らなかった。既に人と呼べるのかすら怪しくなっている己を、ヒクサクに簡単に手放すつもりはないと言われているようなものだ。
     半ば攫うようにハルモニアへと連れて来られ、真っ先に言葉を奪われた。拘束され、世界各地から集めてきたらしい真の紋章をこの身に刻まれる度に、拮抗する強大な力がアークの身体を無遠慮に蝕み、その度に高熱と悪夢に魘された。
     身を刻むような苦痛から解放されたかと思ったのも束の間、記憶が欠けていることに気が付いた。そのときの絶望の淵に立たされた感覚は、生涯忘れることはない。
     真の紋章は意思を持つという。魂すら浸食される感覚は、生理的な拒否反応を生じさせた。
     それすら聞き届けられることはなく、次々と紋章を入れられたアークの身は、既に思うように動かすことができなくなっていた。得た知識を、培った記憶を守るために、身体機能を犠牲にするしかアークにできる策がなかった。だというのに、それすら消すとヒクサクは言う。
    「拒絶すると辛いのは貴殿だ。真の紋章を宿す際に人間の意思が不可欠である。故に、私が貴殿の精神を殺すことはない。一時的に封印するが、毎夜解放することを約束する」
     遂に背中が壁に当たってしまっても尚、アークは首を振る。視界が揺らぐのは、何も抵抗できない無力感の表れだった。
     懐から一振りのナイフを手にしたかと思うと、ヒクサクは躊躇いなく己の髪の一房を切り落とした。宙に散った髪が、蛇のように目の前で纏わり付き形を変えてゆく。
    「………………ッ!」
     それは何の変哲も無い硬質の輪だったが、それが手首に通された瞬間、アークの身体に電撃が迸った。激しい頭痛に頭部を支えようとした手を取られ、もう片方の手にも腕輪を装着させられる。荒れる呼吸を抑える術がなく、アークの身体がずるりと床に滑り落ちた。淡々と足首に枷を通しているヒクサクを睨む。
    「お前が求めるものは……何なんだ?」
    「この世界に齎す確固たる平穏。……制御されて尚言葉が出るか。少々惜しいが」
     最後の輪を足首につけられたのと同時に、アークの意識はぷつりと切れた。



    「“方舟”、元気そうで何より」
     扉が開かれ、その拘束具に刻まれた所有者のもとへと歩み寄る。抑揚のない声は、アークの耳に届くことはなかったが、特段気にする様子も見られなかった。
    「出来損ないが、すぐそこまで来ている。知己だそうだが……話す言葉もあるまい」
     ヒクサクは言葉を投げかけたが、アークは何の反応も示さなかった。視線はどこか朧げに虚空を見詰めている。
    「アレは兎も角、始まりの紋章を連れてきたことは素直に喜ぶとしよう……紋章の力を抑え込んでいるか。やはり、貴殿には紋章を受け入れる才がある。あの二つの紋章を手中に納めれば私の望みは完遂する」
     体が辛いだろう、とヒクサクがアークの腕を引く。用意されていた椅子へと座らせると、アークの視界を手のひらが覆う。少年達とは違う、体温が感じられないほどの冷たい手指だった。
    「悠久の幸福が貴殿とともに存在することを願う」
     言葉と共に意識が落ちる。夢と現の境界線が曖昧になってゆく。己を構成するものと与えられたものが綯い交ぜになってゆく。

     アークが少年と再会したその時は、皮肉にもかつての仲間達がヒクサクの元へと辿り着いた瞬間でもあった。

        
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