食欲のない君へ「熱はないな」
「だから食欲がないだけだって」
「お前の熱の有無によって作るご飯が変わるんだよ」
「そっか……なんかごめん」
「別にいい。水分補給して寝てろ」
寝室を後に、俺の頭の中で食欲がなくても食べられるようなメニューが浮かんでは消えていく。熱はないが体がだるい訳でもない。ただ食欲がない。それだけだとなると、胃腸がやられている可能性がある。ないとは言え、熱が上がらないとは言いきれない。
「さて」
キッチンにつき、エプロンをし乾物のストックが入っている所を開ける。俺の記憶が正しければまだ春雨があったはず。
「決まりだな」
【中華風春雨サラダ】
きゅうりは斜めに切り千切りにする。ハムは半分に切りそれを一センチ幅に切って解しておく。フライパンを中火にかけ、テフロン加工ならいらないが、そうでないなら油を薄く敷いて、割ほぐした全卵2個を温まったフライパンに入れる。薄焼きにして切ってもいいが、面倒くさいから今日はしない。端っこが薄く固まってきたら菜箸を大きく回しながら解すと、いい感じの炒り卵になる。
醤油大さじ3、酢大さじ3、砂糖大さじ2、ごま油大さじ1杯半、鶏がらスープの素小さじ1、おろし生姜とおろしニンニク各小さじ半分ずつを混ぜ合わせておく。
鍋に水を入れ、沸騰したら春雨を表示通りに茹でる。茹で上がったらザルに取り、流水でしめ水気を切り、食べやすい大きさに適当に切ったらボウルに入れ、きゅうり、ハム、たまご、合わせ調味料を入れよく混ぜたら盛り付けて完成。
すぐ食べないなら、きゅうりは切ったら塩をして5分置き、水気を搾る。あ、水で軽く洗ってからな。
「これなら食べられるだろ。あとは、」
塩むすびと豆腐と長ネギの味噌汁、これで十分だ。さて、部屋に運んでやるかと準備していたら。
「ジャミル~腹減った」
「は!?寝てろって言ったよな?」
「うん。でも本当に食欲がないだけで元気なんだって」
ほら、と言いながらラジオ体操を始め出したから慌てて止めたのは言うまでもない。全く何を考えているのやら。
「これなら食べられるだろ、春雨のサラダ。塩むすびと味噌汁は無理に食べなくてもかまわないよ」
「うっまそ〜いただきます!」
カリムは食事のさい、必ず手を合わせていただきますと言う。少なくとも俺と出会った時にはそうしていたから、幼い時からやっていたのだろう。
それは家での食事だけではなく、外食した時も必ずする。家の場合、作っているのは俺だから、食べ終わったらごちそうさまとありがとうを毎回言うし、外食時はお会計をしてくれた時にごちそうさまでした、と言って店を後にする。
「ジャミル、めちゃくちゃ美味い!」
「それはよかった」
食欲がないと言うだけあって、食べるペースは遅い。それでも箸を休めることなく食べているから、本当に何ともないのだろう。
しんどくなったら横になれるのは在宅勤務だから。ただ、ダラダラしないように通勤していた頃と同じタイムテーブルを組み、仕事をしている。幸いに俺もカリムも明日明後日は有給休暇だ。何でもカリムが誕生日を祝いたいとか。毎年祝ってもらっているのに。
「ごちそうさま!美味かった〜ありがとな、やっぱりジャミルのご飯だと食べられる」
「なんだその、どっかの誰かのご飯を食べたような口ぶりは」
「ち、違う!ほらたまにさ忙しいとコンビニでお弁当とか買うだろ?これが食べたいって買うのにどうしても残してしまうんだ」
確かにカリムは外食の時は残さないものの、家で食べるだけのコンビニ弁当はよく残している。在宅勤務になって三年、外食はしないがコンビニ弁当はたまーにある。
「忙しいとどうしてもな。まぁ次から作るようにするよ」
「いや、そんな。ジャミルだって忙しいんだし」
「大丈夫だ。俺はカリムと違って要領はいいしな」
「うっ……」
案ずるな、お前の体は俺のご飯で出来ているのだからな。