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    torimune2_9_

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    torimune2_9_

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    元ネタというか、個人的に好きなフリゲーのシチュを炎ホにさせたくて……

    個性増強剤を打たないと出られない部屋最初の事件が起きたのは夏の気配が残る十月
    街中で一人の青年が個性を暴走させた。それだけならまだよく有る話であるが、問題はその青年に個性増強剤を使用した痕跡があったことと、共にいた青年の友人の証言だ。
    「白い部屋に閉じ込められどちらかが薬を打つよう指示された」
    「窓も扉もない部屋で、従うしかないと思った」
    警察は当然その証言の信憑性を疑った。だが、調べても調べても、個性増強剤を使用した痕跡はあるのに注射器は見つからず、更に監視カメラを調べた結果二人が忽然とその場から姿を消し数分後に現れるという映像が確認出来てしまった。一人が個性を暴走させたのは再び姿を現してすぐのことだ。
    その上二人とも敵との繋がりもなければ犯罪歴、補導歴もない。ここまで出揃ってしまえば警察も証言を信用するしかなくなり、正体不明の個性事件としてヒーローに協力が仰がれた。

    「……概要は理解した。それで、進展はあったのか」

    場所は警察署内部の廊下。重々しく響く声に、塚内の背後にいた新人らしい警官の肩が跳ねる。それをフォローするだけの余裕もないのか、目の下を黒くした塚内は書類を何枚か山から抜き取り、エンデヴァーの前に差し出した。

    「二件目が起きたのが先月。被害者は同じ学校の同級生同士だ。薬を打ったのはサメの個性を持った子で、もう一人が鎌鼬の個性だったことから自分が打ったほうが被害は少ないと考えたんだろう。結果として、周囲への被害こそなかったものの本人は陸上での呼吸が一時的に困難になり緊急搬送された。一命は取り留めたけどね」
    「……どちらもメンタルケアが必要だな」
    「勿論保護者にカウンセリングの紹介はしてある。で、三件目だが、起きたのは今月の頭。こっちは兄弟でどちらも筋肉増強系の個性だった。薬を打ったのは兄のほうだね」

    資料を捲りながらエンデヴァーは眉間に皺を寄せる。パワー系の個性は単純な分暴走した時の危険も大きく、例え暴走していたとしても人を傷つけたという感触が身体にも記憶にも残りやすい。巻き込まれただけの一般市民が負うにはあまりに酷なものだろう。

    「被害は」
    「運良く近くにチームアップで来ていたファットガムが居たから事なきを得たけど、正直危ないところだったよ。もし居なかったら彼らは望まぬ形で加害者になるところだった。勿論ただ巻き込まれた彼らを司法が罪に問うことはないだろうけど……」
    「世間はそうはいかない、か」
    「ああ。だから一刻も早く犯人を捕まえないと」

    文字通り今回は、いやこれまでの三件は運が良かったに過ぎない。もし周りに制圧できるようなヒーローが居なければ、いやいたとしても、個性によっては一瞬で大惨事になりかねない事件だ。

    「なにか新しい情報はないのか」
    「証言は相変わらず共通して「気付いたら白い部屋にいた」「どちらかが薬を打つよう指示さえた」で変わりない。片方が薬を打った後部屋の中が急に光って、気付けば元の場所に戻っていたと。ちなみに三件目の彼らは薬を打つ前に個性を使っての脱出……つまりは部屋の物理的破壊を試みたようだね。ただ、傷ひとつ入らなかったらしい。あとは、」

    ほんの数秒言い淀んだ塚内はため息混じりに資料のある一点を指さす。

    「この三件、セントラルで血液検査をした結果検出された成分が少しずつ違うんだ」
    「なに?」
    「増強剤としての効果が高いものに変わっていってる。それも飛躍的に」

    眉間の皺がさらに深くなる。嬉しくはない情報だった。個性増強剤なんてものはただでさえ人体に負担が大きいのだ。訓練での成長と薬による成長は全く違う。徒に効果を高めたところで、身体に合わぬ急激な進化は宿主の命を奪いかねない。だが、それほどの効力を持つ薬はそう簡単に作れるものでもないはずだ。だというのに、目を通した書類によれば三件目で使われたらしい薬の効果はそこらで出回っているものに比べても数段高いものだったらしい。

    「……実験でもしているつもりか」
    「かもね。今のところ被害は都内に留まっているけど、正直犯人の目処はついてない。被害者達に共通の知人もいないし、監視カメラに怪しい人物も映ってない。情けないけど、手詰まりだよ」
    「……」
    「エンデヴァー?」
    「明日、チームアップでホークスがこちらに来る。情報共有してもいいか」

    ただでさえ多忙にしているホークスに管轄外の仕事まで頼るのは気が引けるが、これほど特異な事件であれば遅かれ早かれ公安からホークスに連絡が入るだろう。そうでなくともどこで事件が起こるか分からない以上、情報共有をしておくに越したことはない。
    そう思っての提案だったが、塚内は一瞬驚いたように目を丸くしてから大きく頷いた。

    「っああ!こちらからお願いしたいくらいだよ。彼の見聞の広さは正直頼りになる。資料は後でデータ化したものを事務所に送るよ」

    それにしても、と言葉が途中で終わる。塚内は何か言いたげな顔をしたが、無言で肩を竦めるとすぐに普段の表情へと戻った。はっきりしない態度に青筋が浮かぶが、その程度で動じるような男ではない。

    「なんだ」
    「いや、変わったなと思ってね。ホークスのこと、随分と信頼してるじゃないか。ああいや君が他のヒーローのことを認めてないだとか思ってるわけじゃないよ。けど、今までの君なら……例えばホークスを関わらせることを僕が提案したら受け入れていただろうけど、自分から言い出したりはしなかった」
    「それは……そう、かもしれんな」

    そんなことはないと反論するには、あまりにも過去の己は周りを見ていなかった。確かに昔の、オールマイトしか見えていなかった頃の自分ならこんな提案しなかっただろう。果てして己は変わったのだろうか。変われているのだろうか。黙り込んでしまったエンデヴァーに塚内ははは、と笑った。

    「いいことだと思うよ。少なくとも前より現場の空気が良くなったからね」
    「む……」
    「じゃあ僕たちはこの後も会議があるから、ホークスによろしく伝えてくれ」

    情報提供という仕事を一つ終えたためか僅かに纏う空気が軽くなったようにも見えるが、目の下の隈はそのまま、塚内はふらふらと去っていった。ぽつんと一人残されたエンデヴァーは、眉間に皺を寄せたまま空を駆ける赤を脳裏に描く。ぴーちくぱーちくと騒がしいあの鳥は、今日も忙しなく福岡を飛び回っているのだろうか。

    「……夕餉の店くらいは探しておいてやるか」

    鳥料理を前に目を輝かれる男の姿を思うと、ふ、と息が漏れた。それを面倒だと思わなくなった辺りも、もしかしたら変わったと言われる所以なのかもしれない。




    元々、今回ホークスを呼んだのは違法薬物を売買している組織の一斉摘発のためだった。警察から提供された情報によれば、何度か同じような摘発を仕掛けたが構成員の一人が幻覚を見せる個性を持っており、それにより主要メンバーには幾度となく逃げられているらしい。だが幻覚は幻覚。ホークスの剛翼であれば、呼吸音や足音によってどれが実体を持つ存在か捕捉することが出来る。
    組織としてはそれほど大きいものでもないため、予定時刻になるまでのところで事件について情報共有をするつもりだったのだ。だというのに。

    「もしかして、朝から話そうとしてくれてたのってコレのことでした?」
    「……分かるか」
    「流石にナンバーワンとはいえ、この状況で落ち着きすぎでしょ。訳知りだと思うほうが普通です」

    目の前には白い壁。右も左も、床と天井すらもペンキを塗りたくったような白で染まり、目を凝らしてみても扉どころか継ぎ目ひとつ無い。そしてエンデヴァーとホークスの間に置かれた、同じく白い円柱のような台。その上には注射器が置かれており、中には無色透明の液体が入っている。白一色の空間に同化したように添えられている紙には、機械的な文字でこう書かれていた。

    『この薬は個性増強剤です』
    『この薬をどちらか片方が打てばこの部屋から出られます』

    想像通りの内容に舌を打つ。まさに塚内から聞いていた通りの白い部屋だ。

    「都内で起きている連続個性暴走事件を知っているか」
    「ええまあ一応は。といっても俺も概要しか知らないので、チームアップが終わったらエンデヴァーさんを食事にでも誘いがてらお話を聞こうと思ってたんですけどねー。まさか到着するや否や緊急通報ラッシュに襲われるとは。で?みた感じこの部屋はそれ関連ってことでいいんですよね?」
    「……あぁ」

    白い部屋についてホークスに話そうとはした。したけれども、事務所に着くなり緊急通報が入り、解決したかと思えば別の場所で強盗事件が起こり、強個性同士の痴話喧嘩が起こり、と何やら意図すら感じる勢いでトラブルが勃発したせいでそれどころではなくなってしまったのだ。そうして、結局何も伝えられないまま作戦の時間になってしまった。
    過ぎたことを悔やんでも意味はないが、それでも話していれば何か変わっただろうかと思わずにはいられない。まさか仮にもナンバーワンとナンバーツーが標的になってしまうとは。考え得る限り最悪の事態と言っても過言ではない。
    仕方のないことだと思いつつ先日塚内から聞いた話をそのまま伝えていけば、みるみるうちにホークスの顔が歪み、ついには項垂れるようにしゃがみこんだ。

    「げぇ……めちゃくちゃ厄介じゃないですか」
    「だから貴様の力も借りようと思ったんだが、まさか組織の中にこの事件の犯人がいたとはな」
    「例の「幻覚」と組んでるなら不審人物の目撃情報がないのも納得がいきます。特に誰かに接近された感覚は無かったので「白い部屋」発動条件は分かりませんけど……ああクソ、本当に厄介」

    小さく吐き捨てるような呟きとともに立ち上がったホークスは、鋭い目つきで周囲を見渡す。おもむろに剛翼がぶわりと広がったかと思えば、数枚の羽根が部屋に張り付いてその表面を撫でた。

    「拾える音もない、か。なるほど。エンデヴァーさんの言う通り……確かに被害者たちの証言そのままの部屋ですね」
    「俺の火力なら破壊できるかもしれんぞ」
    「物理での脱出は三件目で試したと言ってましたし、可能性としては望み薄でしょう。空調がどうなってるかは分かりませんが下手したら酸欠か蒸し焼きになりますよ。俺が」
    「ならば大人しく指示通りにしろと?」

    どこか諦めたような態度のホークスに対し、声に怒気が籠る。目尻を炎が散るが、ホークスは部屋を調査させていた羽根を己の背へ戻すと、へらりと気の抜けた笑みを浮かべた。

    「こうなった以上仕方ないですよ。今外は捕り物の真っ最中。時の流れが同じかどうかはともかく、今までも部屋に閉じ込められた対象は現実世界から数分程度消失していました。その数分でターゲットを取り逃がしたらどうするんです?少しでも早く、ここから出なきゃいけないのはエンデヴァーさんも分かってるでしょう」
    「だが」
    「……ふふ。そうやって難しい顔するってことはエンデヴァーさんも分かってるんですよね。俺が使うしかないって」

    そう。ナンバーワンとナンバーツーだからではない。お互いの個性を十分に理解しているからこそ、その選択肢しかないと分かってしまう。

    「俺の剛翼は炎に弱いですから。例え暴走しても貴方なら止められる。でも逆は無理です。俺の個性じゃ貴方は止められない。ショートくんでも居れば話は別ですけど、今この現場にはいません。……ね?答えは明白でしょう」
    「だが……俺はお前を灼きたくはない」

    そう言うと、ホークスはきょとんと目を丸くした。かと思えば薄っすらと頬を染めて口元を隠すように手で覆う。

    「ずるか……貴方のそんな顔初めて見た。まあ俺的には貴方に灼かれるなら本望ですけど」
    「おい!」
    「冗談ですよ!さ、あまり長話してる暇もありません。可能な限り抵抗しますけど、正直どこまで持つかは不明です」

    スイッチが切り替わるようにその表情が真剣なものへと変わる。だがそれも数秒のことで、ホークスはいつものように笑ってみせた。世間に見せるものとは違う、他のヒーローに見せるものとも違う、エンデヴァーにのみ曝け出された信頼の証。それを向けられてしまえば、もうこれ以上意味のない反論は出来なかった。

    「……ホークス」
    「万が一の時は任せます。ナンバーワン」

    そうして、ホークスはその細腕に躊躇なく注射器を突き立てた。
    無色透明の液体が身体の中へと消えていく。それがホークスを苦しめるものだと分かっていてなにも出来ない自分がもどかしい。腹の奥で渦巻く激情にぱちぱちと火花が散る。数秒とかからず液体は空になり、ホークスはエンデヴァーから一歩距離を取った。大丈夫か、そう聞こうとして伸ばした手が空中で止まる。

    「――……は、」

    変化はすぐに訪れた。
    投げ捨てられた注射器が床の上で砕け散り、カシャンとガラスの割れる音が虚しく響く。苦しげに漏れた吐息をきっかけに、焦点がぐらぐらと揺れ、瞳孔が開く。剛翼がぶわりと広がり、不随意に震える。暑くはないはずの空間で額に汗が浮かんでいた。

    「ぁ、……これ、思ったより、やば……」

    笑顔を浮かべようとしたのか、口角が引き攣ったように震えている。自らの身体を抱き締めるその指先は白み、二の腕に爪が食い込んでいる。は、は、と短い呼吸の合間に言葉になりそこなった母音が漏れ、飲み込みきれなかった唾液が舌先から銀の糸を引く。

    「ホークスッ!」

    今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなその身体を支えようと一歩踏み出した瞬間、まるでエンデヴァーの行く手を阻むようにピシッッと空間に亀裂が入った。条件を達成したことによる閉鎖空間の崩壊が始まったのだ。亀裂はみるみるうちに広がり、目を焼くほどの光が部屋の中を埋め尽くす。

    「あ、ァああ、だめ、ッ、は、だめ、だめ、これ、せいぎょ、が」
    「ッく、ホークス!しっかりしろ!ホークス!!」

    震えはとうとう全身に広がり、やがて糸が切れたようにべしゃりとその場に膝をついた。意識は辛うじてあるようだがエンデヴァーの呼びかけに返事はない。理性と呼ばれるものがホークスの手から離れていくのが分かる。飲まれる、と本能的に感じた。だがその身体を引き寄せることすら出来ないまま、視界が光に覆われる。

    「――――――――――ッ!!!!!!」

    意識が白に塗りつぶされる中、硝子をすりあわせるような甲高い鳴声が響いた。







    『エンデヴァー!』

    耳元で聞こえた声に意識が浮上した。まるで先ほどまで無重力空間にでもいたかのように、地に足が着く感覚に思考の処理が追いつかない。僅かによろめきながらも額を押さえ、目を開ける。寂れた廃ビルの一室。白い部屋に閉じ込められる直前にいた場所で間違いない。だが、異様なほど張り詰めた殺気が室内の温度を数度下げているような感覚があった。
    ホークスだ。
    部屋の中央で、まるで繭のように羽根で覆われたソレは瞳こそ隠れているものの確実にエンデヴァーの動向を見ている。一歩でも動けば仕留めると言わんばかりの殺気が肌を刺し、するりと離れた風切羽がこちらに照準を合わせたまま静止した。初列と呼ばれる一際大きなそれが刃物と遜色ない切れ味を有していることを、幾度となくチームアップを重ねてきたエンデヴァーは知っている。

    「……塚内、か」
    『いきなり通信が途切れたから驚いたよ。何かあったのかい?』

    できる限り身体を動かさず、目で周囲を観察する。殺気に充てられたのか、扉の傍で見覚えの無い男が二人倒れていた。その格好は今回相手にしている敵組織に共通するものだ。恐らくはどちらかが幻覚の個性持ちでもう片方が白い部屋を作った犯人だろう。

    「例の個性暴走事件、犯人らしき人物を発見した」
    『なんだって!?まさか、さっき連絡が取れなくなったのは』
    「俺とホークスがやられた。薬を打ったのはホークスだ。可能な限り押さえ込むが……速さでは奴のほうが勝る。急いで周辺の人間を撤退させろ」
    『……わかった』

    こういうとき、塚内の理解の早さには助けられる。なにせ今は呑気に状況を説明している場合ではない。恐らくホークスはその探知能力で外に人がいることには気付いている。それでもこの場から離れないのはそれだけエンデヴァーを危険視しているからだ。速さと威力の増した剛翼が万が一外にいる警官やSKたちに向いたとき、果たして彼らが無傷でそれを凌げるかと言われればそれは難しいだろう。だから、そうなる前に押さえ込まなければならない。通信を切り、ふっと息を吐いて身体の力を抜く。理性が、意識が残っているのかいないのか、まずはホークスの状態を把握しなければ。

    「ホークス、俺の声は届いているか」

    呼びかけた途端、気配が揺れた。音よりも早く、残像を描く風切羽がまっすぐエンデヴァーの急所を狙う。瞬時に炎を放つが、薬の影響で威力が増しているのか、焼き切れなかった羽軸が皮膚を薄く裂いた。ぽたぽたっと流れた血がコンクリートの床を汚す。威力もそうだが、速さも上がっている。分かってはいたがやはり厄介だな、と内心で舌を打った。
    炎の向こうで、ホークスは両手を床に着き、まるで威嚇するように羽根を広げる。露わになったその瞳に理性は存在しなかった。異常なほどの発汗に反して琥珀色は冷たく剣呑な光を宿し、完全にエンデヴァーを外敵と見なしている。それこそエンデヴァーでなければ足が竦んでしまう程の威圧感だった。
    (理性は飛んでいるようだが、暴走というよりは野生化に近いな)
    剛翼は鳥の個性ではないと言っていたが、そうなる過程で混ざっていることに間違いはないのだろう。薬によって鳥類の側面が増幅されているようで、耳を澄ませてみれば苦し気な呼吸とともにくるる……と鳥の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
    (やはり身体への負担が大きいか。……あまり時間は掛けられん)
    僅かな思考の隙を好機と見たのか、まるで弾丸を装填するように、残りの風切羽がエンデヴァーへ照準を向けた。そうしてふと、その大きさに違和感を抱く。最初の攻撃で風切羽の大半は燃やしたはず。それなのに、初列風切と同等の大きさの羽根が数十とその切っ先を尖らせているのだ。
    (剛翼が、肥大化している……?)
    聞こえてくる呼吸音も次第にひゅー、ひゅー、と浅いものに変わっていた。単純に羽根が大きくなっている、というだけではないのだろう。ホークスの剛翼は探知能力に優れている。他の能力と同様にそれも増幅しているのだとしたら、ホークスに掛かる負担は計り知れない。
    これ以上時間をかけるのはホークスの命に係わる。背中を伝う嫌な汗に、エンデヴァーがぐっと唇を噛んだ。掌に纏った業火でぐるりと取り囲む羽根を一掃し、拳に力を込める。

    「許せホークス!赫灼熱拳……プロミネンスバーン!!!」
    「ッ!!」

    ピィッ!と笛のような音が空気を裂いた。狭い空間でも、いつものホークスであればエンデヴァーの背後を取るなど造作もなかっただろう。だが無理な進化に悲鳴を上げる身体では十分に避けられない。迫る業火から本体を守るように剛翼がホークスの姿を隠した。その速度で炎の中を通過することは出来ても、ただの受け身であれば炎を前に羽根はあっけなく灰と化す。

    「ホークス、俺の声を聞け」

    羽根では守り切れなかったのか、急所を庇うように前面に出されていた手足も軽い火傷を負ったようだ。グローブと靴が焼け、両手足の素肌が露になっている。そこにもまた薬の影響が表れていた。空気に晒された爪は鋭利に伸び、日に焼けていない肌の所々に鱗のようなものが形成されていたのだ。
    鳥というよりも恐竜のようなそれに一瞬動揺するが、すぐさまその四肢を抑え込む。ぴぃぴぃと鳴いて暴れるが、剛翼も無しにこの体格差は覆せない。下手に力を込めてしまえば折れてしまうだろう痩身に慎重になりながら、涙を浮かべる両目をそっと手で覆った。

    「俺の声だけを聞くんだ。出来るな?」

    視界を閉ざした途端、ぴたりとホークスの動きが止まる。一般的に鷹などの鳥を落ち着かせるための方法だが、いくら薬で性質が寄ったとしてもこれがホークスに通用するかは賭けだった。きゅう、とか細い声が眼下で虚しく響く。

    「ここに敵はいない」
    「…………キュ、ィ」
    「暫く眠っていろ」

    言葉が通じていたかは分からない。だが、まるでエンデヴァーの言葉に応えたかのようにホークスの身体からはだらんと力が抜けた。少しして、穏やかな寝息が聞こえ始める。完全に意識を飛ばしたことを確認し視界を覆っていた手を離せば、現れたのはあまりにもあどけなく幼い寝顔だった。

    「…………貴様も、まだ子供だったな」

    起きていれば煩く反論してくるのだろうが、今はただすぅすぅと気の抜けた寝息しか帰ってこない。少なくともエンデヴァーからしてみれば二十を少し過ぎた程度などまだまだ子供のようなものだと思っている。例えそれがヒーローであっても。隣に立つナンバーツーであっても。全てを取り除いた後に残っているのは、大人になるのが早すぎた子供でしかない。決して侮っているわけではないのだ。誰よりもホークスの能力を間近で見てきた自負がある。けれど、それでも。少なくともこんなときくらいは、腕の中で大人しく守られていてほしいと思ってしまう。

    「よく頑張った」

    目尻から垂れた雫をそっと指で拭い、エンデヴァーはその身体を抱きしめる。人よりも高い体温に包まれ、腕の中で安心したように頬を緩めるホークスは喉の奥で小さく鳴いた。
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    torimune2_9_

    DOODLE非常事態の中で共依存じみた関係を築いていた炎ホが全て終わった後すれ違って後悔してまたくっつく話……にしたい。ホ視点だと炎が割と酷いかも。一応この後事件を絡めつつなんやかんや起こる予定。相変わらずホが可哀想な目にあう
    愛の在処「エンデヴァーさーん。入れてくださーい」
    分厚い防弾ガラス越しに、書類を眺めるエンデヴァーに向けて声を掛ける。きっとこれが敵や敵の攻撃だったら、少なくとも数秒前には立ち上がり迎撃姿勢に入るだろう。だが、ホークスに対してはそうではない。呆れたようにこちらを見て、それから仕方ないといった様子で窓を開けてくれるのだ。
    「玄関から来いと何度言ったら分かる」
    「だってこっちの方が速いんですもん。それに、そんなこと言いながらちゃんと開けてくれるじゃないですか」
    「貴様が懲りずに来るからだろう!」
    エンデヴァー事務所の窓から入る人間なんて最初から最後まできっとホークスだけだ。敵はそもそも立ち入る前にエンデヴァーが撃ち落とすだろうし、他の飛行系ヒーローは思いつきもしないだろう。そんなちょっとした、きっとホークス以外にとってはくだらないオンリーワンのために態々空から飛んできていると知ったらエンデヴァーはどんな顔をするだろうか。
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