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    torimune2_9_

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    torimune2_9_

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    原作世界の炎が並行世界の自分と入れ替わり、その世界のヴィラホと出会う話……だったんですが、プロットの湿度が思いのほか高く、納得できる終わりにできそうになかったので供養。
    本当はこの後炎にこの世界の自分たちが本当はヴィジランテじゃなくてヴィランだってことがバレたり、ナガン先輩が孤児院経営してたり、劣悪な環境にいる子供を助けるためにその親を殺してるヴィラホがいたり……と色々ある予定でした。

    知らない世界のよく知る貴方「エンデヴァーさん!」
    眩い光に包まれる中、最後に聞こえたのは自分の名を必死に叫ぶ恋人の声だった。



    一瞬の浮遊感の後、地に足のつく感覚に目を開ける。
    ぐわんぐわんと視界が揺れる。麻酔が抜けた頃のような倦怠感と頭の鈍痛に眉を顰めながら瞬きを繰り返し、ようやく焦点が定まったかと思えば、目に映ったのは見知らぬコンクリートの壁だった。
    「――ッ、は」
    個性事故かと反射的に臨戦態勢を取る。ホークス、と呟いた声に返事はなかった。直前までともに居たホークスがいないということは、巻き込まれたのはエンデヴァー一人と考えていいはずだ。
    (……ここはどこだ?俺は家にいたはず)
    改めて周囲を見渡せば、そこはビル群に囲まれた、日の差し込まない路地裏のようだった。
    個性事故にあったのは間違いないようだが、生憎心当たりはない。時間差での発動だとすれば候補を絞るのは困難だろう。改めて自分の姿を見下ろせば、格好は私服のままで、靴すらも履いていなかった。せめてスマホがあればと思ったが、タイミングの悪いことに机に置いたままだったため手元にはない。さらに言えば今日は久しぶりの一日オフの日でヒーロースーツすら着ておらず、総合的に見てもあまりいい状況とは言えないだろう。
    触れた対象、視界に入れた対象を転移させる個性なら聞いたことがある。しかし記憶にある限り直前の状況はそのどちらにも該当しないはずだ。移動系の個性という可能性を捨てるには早いが、他の可能性も考えておくべきだろう。
    (……他にあり得そうな個性……夢、か?)
    もしそうなら中々に厄介だ。解除条件が時間経過のみなら手の打ちようがないし、外的要因によるものであっても同じこと。逆にエンデヴァーの行動がキーになるのであれば、早急に見つけなければ現実世界で問題になるだろう。なにより、目の前で自分に何かあったとなればホークスにかかる心労は計り知れない。
    と、仮定に仮定を重ねたところで手掛かりらしい手掛かりもない状況でどう動くか。まず夢の中でも個性を使えるかどうか試すべきかと握りしめていた手のひらを緩め、普段通りに意識を向ける。
    ――ぼうっ
    灯ったのはいつもと変わらないオレンジ色。個性が使えるのであれば、ひとまず危機に陥ることはないだろう。
    (このままこの場にいても事態は変わらん……ひとまず大通りを目指して動くしかないな)
    炎を消し、その場から足を進める。入り組んだ路地ではあるが、人の気配もなく、あっという間に大通りへと出ることが出来た。
    静寂の後、ざわざわがやがやと周囲の音が一気に鼓膜を震わせる。視界の端から端まで行き交う人々に、足元を見れば交差点を表す白黒のライン。どこかの交差点だということは理解できたが、具体的にどこなのかは判断が付かない。見慣れたような、けれど見慣れない景色。僅かな違和感が思考を掠めたその時、
    「速報です」というニュースキャスターの声に意識が向いた。

    『ナンバーワンヒーロー、オールマイトが今日も大活躍!――で起きた爆発事故の現場に颯爽と駆けつけ、取り残されていた従業員を無事救助しました!大きな怪我はなく、オールマイトは笑顔でインタビューに……』

    「――――は、」
    一瞬、幻聴でも聞こえたのかと思った。そうでなければおかしいからだ。呆然とするエンデヴァーを他所に、ビルに設置された電光掲示板から流れるニュースでは、キャスターが興奮気味に現場の様子を伝えている。そこに映っているのは、確かにオールマイトの姿だった。筋骨隆々な身体に、アイコニックな笑み。神野での戦い以降見ることのなくなったその姿が、ごく当たり前のように放映されている。
    はっ、はっ、といやに荒い呼吸音が自分のものだと気づくのに時間がかかった。別のニュースでもオールマイトの活躍が大々的に報道されている。過去の映像ではない。この時点で移動系個性を受けたという線は消えた。テロップで表示された日付は間違いなく今日のものだ。ならば、これは己の過去の記憶でもない。
    分かりやすく夢だと示してくれたオールマイトに感謝でもするべきだろうか。
    「ママ―、オールマイトだよ!」
    「相変わらずすごいなぁオールマイトは」
    「俺も雄英入ったらヒーローになれるかな」
    「オールマイト!流石ナンバーワン!」
    すれ違う人々は口々にオールマイトの名前を呼び、ヒーローへの憧れを口にする。まるでオールマイトの引退など、敵連合による破壊など、大戦など無かったかのような光景にぞわりと背中を嫌な汗が伝った。悪趣味な夢だ。夢ならば早く覚めてほしい。そう願っても、汗が肌を伝う不快感も聞こえてくるざわめきも、そのどれもが夢とは思えないほど生々しい。
    (なぜこんなものを見せてくる?)
    夢だとして、意図が分からない。オールマイトがナンバーワンであったならその後の混乱も起こらなかったと言いたいのか。市民から百パーセントの好意を向けられるお手本のようなナンバーワンを見せつけたいのか。激情に駆られることこそないが、決して気分のいいものではない。
    (余程俺のことが気に食わないのか、それともヤツの熱狂的なファンか……)
    だとすれば、動揺すればするほど相手の思うつぼだろう。一度冷静に状況を確認しなければ、と呼吸を整えたところで、微かに背後で女性の悲鳴が響いた。
    振り返れば帽子を深くかぶった男が、明らかに自分のものではない女性物のバッグを手に走っている。その後に続いた「返して」という言葉からしてひったくりだろう。動物系の個性なのか、目にもとまらぬ速さで男は駆けていく。その進行方向上に、丁度エンデヴァーは立っていた。
    「ふんッ」
    「は、うわぁ!?」
    すれ違いざまにその腕を捻り上げれば、あっけなく男は地面に倒れ伏した。幾ら早くとも訓練を積んだヒーローの熟練度とは天と地の差がある。ヒーロースーツどころか耐火服ですらない今炎を出すわけにはいかないが、この程度なら個性を使わずとも問題ない。それよりも不思議だったのは、嫌がらせのような夢の割にすんなりと犯人を確保できたことだ。
    「なんだよオッサン!」
    わめく男は己を捕まえたのがエンデヴァーであると気付いていない。それもおかしなことだった。ナンバーツーであったころならともかく、大戦を経て炎を纏っていない顔も随分と広まった。特に福岡でハイエンドに刻まれた顔の傷はよく目立つ。というのに、男がエンデヴァーを見るその目には怒りと不信感が垣間見える。
    「……分からないか」
    「はぁ!?知るかよ!離せ!」
    犯人がエンデヴァーの所謂アンチと呼ばれる存在なのだとしたら、もしかしたらこの世界にフレイムヒーローは存在しないのかもしれない。後ろ暗いものばかりのヒーローは要らないと、そういうことだろうか。仮説を立証すべく、ぢり、と目元に炎を纏わせる。その瞬間、男の表情が変わった。
    「ま、さか、エンデヴァー……?」
    蚊の鳴くような声で、男はエンデヴァーの名を呼ぶ。
    だがその様子はエンデヴァーの予想外のものだった。みるみるうちに男の顔から血の気が引き、ガタガタと震え始める。拘束していた腕を外してもなお、腰が抜けたのか男は地面に転がったまま目尻に涙を浮かべた。
    「……おい」
    想像と違う反応に思わずエンデヴァーの方が目を見開く。いくらなんでも男の怯え方は度が過ぎている。思わず手を伸ばせば男は「ひっ」と短く悲鳴を上げ、更に顔色を悪くした。その声に反応してか、遠巻きに騒動を見ていた群衆の目が一斉にエンデヴァーを捉える。
    「嫌だ、燃やさないでくれぇ!!」
    耐えきれなくなったように男が叫び、そうして気付いた。まるで男を起点に恐怖が伝播したかのように、周囲の民間人まで、みな一様に恐怖に染まった目をしているのだ。
    「な、」
    その光景は異様だった。少なくとも、エンデヴァーにとっては。
    大戦の最中ですら、憎しみをぶつけられることこそあれど恐れられるということはなかった。それはエンデヴァーがヒーローだったからだ。本能的な炎への怯えがあっても、ヒーローは人を傷つけたりしないだろうという、いっそ傲慢とも取れる信頼があった。だが違う。今はっきりと理解した。今向けられている視線は、まるで人々がヴィランに向けるそれと同じだ。エンデヴァーの匙加減一つで自分たちの身が害されると、本気で恐れている。
    (――なるほど、これは酷い夢だな)
    このままこの場に留まっていれば、いずれ警察なりヒーローなり駆けつけてくるだろう。この夢の中に恐らくエンデヴァーの味方はいない。いくら夢とはいえ民間人を傷つけることはしたくないが、大人しく拘束された場合、個性解除が叶わない可能性もある。
    (今はこの場を離れるべきか)
    向けられる恐怖心が居心地の悪さを助長させ、堪らず舌を打つ。立ち去りたいのは山々だが、不可抗力とはいえあまりにも人の視線を集めすぎた。どうやってこの人混みの中をどう切り抜けようか。じりじりと湧き上がる焦燥感を抑えつつ思考を巡らせていると、ひゅう、と何かが頬を撫でた。
    それは一陣の風だった。
    それを皮切りに、まるでエンデヴァーを囲むように突風が吹き荒れる。それはただの風ではない。赤い羽根が、まるで巻き上がる木の葉のように渦を作っているのだ。
    突然のことにあちこちで悲鳴が漏れる。視界を覆う赤の中、立ち尽くすエンデヴァーの腕を誰かが引いた。エンデヴァーに比べればいくらか小柄で、細見のシルエット。背を向けているためその顔を見ることはできなかったが、黒いパーカーのフードを被ったその背中から生える赤い羽根、それが示すのはただ一人以外あり得ない。
    「――ホ、」
    「こっちです」
    エンデヴァーの言葉を遮り、青年は腕を掴んだまま群衆の隙間を縫っていく。混乱した群衆の中を歩くのは容易なことではないはずなのに、まるで道があるかのように青年の足取りに迷いはない。この青年が彼だとして、味方である保証はない。だというのに不思議と振り払う気にはならなかった。
    「ここまで来たら大丈夫でしょう」
    時間にしてほんの数分だろうか。あちこちから上がる悲鳴に足をもたつかせながらも手を引かれるまま付いていけば、いつの間にか人気のない、薄暗い路地へと辿り着いていた。壊れかけのネオンに照らされる中、青年がフードを外す。少しくすんだ小麦色の髪がさらりと目元にかかり、その隙間から、剣呑な光を灯す琥珀色がゆっくりと開かれる。

    「初めまして。別の世界のエンデヴァーさん」
    知っているようで知らない顔の青年は、そう言ってにこりと笑って見せた。

    「別の、世界?これは夢ではないのか」
    からからと喉が渇く。掠れた声でそう問えば、青年はああと納得したように頷いた。
    「あー……まあエンデヴァーさんからしてみればそう思ってもおかしくはありませんね。なにせ、個性事故にあったのはこっちのエンデヴァーさんで、貴方は巻き込まれた側ですから」
    「こっちの俺だと?」
    ――エンデヴァーさん。パラレルワールドって知ってます?
    ふと、そんな言葉を思い出した。自分のいる世界によく似た、けれど異なる世界。確かニュースの合間に流れた映画の番宣を見て、ホークスがそんな話を持ち掛けてきたのだ。その時自分はどんな反応をしていたか。ありえないと一蹴したような気もすれば、来客があって有耶無耶のまま流れたような気もする。
    (まさか)
    ここがそのパラレルワールドとでもいうのだろうか。いくら多様な個性がある時代とは言え、はいそうですかと受け入れるにはあまりにもスケールの大きい話だ。眉間に寄った皺を見てか、青年は困ったように眉を下げた。
    「信じられないって顔ですね。分かりますよ。俺だって最初にこの個性を知った時は半信半疑でしたし……ま、貴方からすれば夢だろうと並行世界だろうと同じようなものかもしれませんが」
    「……お前の言っていることが本当だとして、何故俺のことを知っている。俺の知るお前とは別人なのだろう?」
    そう言うと、青年は一瞬きょとんと気の抜けた顔をして、それからスゥと目を細めた。
    「そうですね。では改めまして自己紹介から」
    通行人の妨害に使っていたのだろう羽根が、どこからともなく現れては青年の背に戻っていく。やがて見慣れたサイズへと戻ったその羽根を広げ、青年は恭しく一礼をした。
    「俺はホークス。ぶっちゃけて言ってしまうと、所謂ヴィジランテってやつです」
    「――なんだと?」
    さらりと告げられた事実に思わず目尻で炎が散る。無免許でヒーローの真似事をする義賊めいた存在。なぜお前がそんなことを。そう言おうとして、瞬間的に湧き上がった怒りが途端に萎びていくのを感じた。もし青年――ホークスの言う通りここがパラレルワールドなら、エンデヴァーの知るホークスとは異なる道を歩んでいても不思議ではない。そんなホークスがわざわざ助けに来た理由。そして少し前のあの混乱を結び付ければ、自然と検討が付く。
    「……俺もか」
    呟きに、ホークスはにこりと笑って近くの廃材に腰かけた。
    「あはは。信じられないって顔してますね。エンデヴァーさんってもしかしなくてもヒーローでしょ?ひったくり犯を捕まえる姿、かっこよかったですもん。でも危ないですよ。貴方の予想通りこっちの貴方は俺の同業者ですから。あのまま騒ぎになってたら逮捕されちゃうところでした」
    貴方なら逃げられるでしょうけどと軽い調子で言いながら、スマホを取り出し画面を見せる。そこにはつい数分前まで自分のいた交差点が映し出されており、ちらほらと周囲を歩く警官の姿が見えた。画面越しでも伝わる剣呑な雰囲気はエンデヴァーが現れたせいなのか。
    「何故だ。俺は、何故」
    この世界の自分は何故ヒーローにならなかったのか。それともなれなかったのか。ナンバーワンへの執着は別にしても、エンデヴァーの人生でヒーローを志さなかった時など無い。同じく努力という言葉を掲げていながら、この世界の自分は、一体何が違っていたのだろう。
    「……ただの同業という訳でもあるまい。お前は何か知っているのか」
    「期待に沿えず申し訳ないですが、流石に俺もそこまでは。俺たちはビジネスパートナーですから、貴方がどういう人生を辿って来たのかは俺も知りません。ただ俺がこうなる前から貴方はヴィジランテだったし、貴方がどう思うにしても、俺たちは俺たちなりに正義……って言うとなんか胡散臭いな。信念?目的?を持って、義賊らしくイイコトしてましたよ」
    「ならなぜあそこまで騒ぎになる」
    良いことをしていたという割には、画面に映る光景は穏やかではない。眉を顰めて問えば、ホークスはまたへにゃりと眉を下げて頭を掻いた。
    「あーあれですか?最近この辺りで放火事件が相次いでて、貴方のことを気に入らない人達が貴方の仕業だってネット上で騒ぎ立てたせいでしょう。勿論貴方の犯行じゃありません。寧ろ俺たちは、貴方に吹っ掛けられた冤罪を証明するために真犯人を追っていたんです」
    ほら、とホークスが画面を切り替える。映っているのはネット記事のようで、都内で起きた不審火について書かれていた。そう日を置かず何件も続いているようで、どうやら死人も出ているらしい。確かに、これだけ事件が続いていれば不安も広がるだろう。
    「その調査の過程でこの世界の俺が個性事故にあったというわけか」
    「まあそんな感じですね。貴方の受けた個性は入れ替わり。エンデヴァーさんはこっちのエンデヴァーさんと入れ替わったってわけです。こっちのエンデヴァーさんは今頃向こうの世界にいるはずです」
    「それは、」
    大丈夫なのか?とエンデヴァーの脳裏に一抹の不安が過る。事情を知らない人間からすればそれが別の世界のエンデヴァーなどと思い至るはずもない。もし何かトラブルを起こせば、自分だけでなく家族や部下たちにまで迷惑が掛かってしまう。そんな不安が顔に出ていたのか、ホークスは安心させるようにへらりと微笑んで見せた。
    「貴方がヒーローをしている世界にいるなら大丈夫だと思いますよ。基本的に荒事は好まない人なので、初手で話を聞いてもらえる環境ならまず対話を試みるでしょうし。ま、個性事故を疑われて病院に運ばれたりはするかもしれませんけど、あの人も入れ替わりの個性については知っているのでそのあたりは上手いこと説明してくれるはずです」
    「…………そうか」
    同じ「エンデヴァー」とはいえ、少し聞いただけでも別人のような人生を歩んでいることは推測できる。ヒーローでない自分など根本的に違う存在としか思えず、どういう人物なのか掴みきれない。だが、ホークスの言葉には不思議と安心感があった。それはきっとエンデヴァーを見る目が同じだったから。出会ったばかりのはずなのに、悪意のある嘘などつかないと信じることが出来た。
    「個性解除の条件は?」
    「個性の解除にかかる期間は一週間。これを縮める手段は今のところありません」
    そうか、ともう一度返してほっと息を吐く。一週間という期間は決して短いものではないが、戻れると分かるだけで肩の力が抜けた。
    「……少しは安心しました?」
    心配そうなホークスの声にハッとする。矢継ぎ早に投げかけられる質問に嫌な顔一つせず返してくれたのは、こちらを気遣ってのことだろう。エンデヴァーが元の世界に帰りたいと願うように、目の前のホークスだって早く元のエンデヴァーが帰ってきてほしいと願っているだろうに。
    「……ああ、助かった」
    「!」
    くしゃりと頭を撫でてやれば、途端に羽根が膨らみ、ホークスの頬に赤みが差した。驚いたように半歩飛びのき、ぺたぺたっと羽根がエンデヴァーの腕に張りつく。最初に会った頃のような胡散臭い仮面の剥がれた、作り物ではない表情。それは記憶にあるホークスも見せたことのある表情で、なるほど、根底が同じというのはこういうことを指すのだなと一人納得した。
    「今の素ですか?天然ってこわぁ……」
    「なんのことだ?」
    「……まあいいです。ずっとここに立ってるのもアレなんで、家に案内しますよ」
    両手で頬を叩いたホークスが、ごほんと咳払いをして姿勢を直す。
    「……お前のか」
    「はい。見たところ貴方何も持っていないんでしょう?お金もスマホもない。軽率に名乗れる身分でもない。帰る家すらどこにあるか分からない。そんな状況でどうやって一週間過ごすつもりです?」
    「む……」
    言われてみれば確かにその通りだ。まさかこの年になって無一文を経験することになるとは思わなかった。時間経過で解除されるとはいえ、それまでの間野宿するというわけにもいかないだろう。改めて、ホークスに助けられていなければどうなっていたことかと実感する。
    「あはは。そんな顔しないでください。ウチなんて言いましたけど、貴方の家でもあるんです」
    「――……は?」
    沈みかけていた気分が浮上するでもなく横からひっ叩かれるような、さらりと告げられた言葉に目を見開く。
    「……同棲していたのか?」
    「シェアハウスってやつですよ。最初に言った通り、俺たちはただのビジネスパートナーです。でも一緒に暮らしてるほうが色々と便利だったので」
    先ほどは触れただけで耳まで赤くしていたのに、一緒に住んでいると語るその口ぶりは平坦なものだ。上手く隠しているのか、それとも当たり前の事実になるほど長い間生活を共にしているのか。
    「さ、行きましょう」
    路地を抜け、大通りからまた路地へ。どこか見慣れない景色だったのは、この世界で大戦が起きていないからかもしれない。
    広げていた羽根はいつの間にか背負ったリュックサックの中に仕舞われていて、ホークスと分かっていてもそこらにいる普通の青年にしか見えなかった。ホークスであれば羽根、エンデヴァーであれば炎のマスクといったように、知られているのは個性を前面に出した状態だけなのだろう。街を歩いて視線一つ感じないのは久しぶりのことで、かえって落ち着かない。
    そのまま暫く歩いて辿り着いたのは至って普通の一軒家だった。
    「――そうだエンデヴァーさん。一つだけお願いがあります」
    その手がドアノブに触れる直前、数歩前を歩くホークスがくるりとこちらを振り返る。
    「貴方は根っからのヒーローのようですし、俺の仕事を手伝えとかは言いません。……でも、邪魔はしないでください。この世界の貴方が不利になるようなことをするなら、幾ら別の世界の貴方だとしても許しません」
    逆光のせいか、爛々とした琥珀色が真っすぐエンデヴァーを突き刺す。もし自分がホークスの立場なら、確かに自分も同じようなことを言うだろう。分かっていても、ホークスから向けられたことのなかった鋭さに、ツキンと胸が痛んだ。どれだけ同じところを見つけようと、目の前にいるのは「違う」ホークスなのだ。
    「……分かった」
    頷いて、一歩踏み出す。先ほどまでの威圧感が一転、にこりと微笑んだホークスは玄関扉を開け、エンデヴァーを招くように手を差し出した。
    「ようこそ、俺たちの家へ」


    「いくら同じ貴方でもあの人の部屋を使わせるわけにはいかないので、超特急ですが空き部屋を整理しますね。リビングは好きに使ってもらっていいです。何か欲しいものがあれば買い出しに行きますし、あっエンデヴァーさん好き嫌いとかあります?」
    「特にないな」
    「それならよかった」
    促されるままソファに座れば、ひらひらと飛んだ羽根が水の入ったコップを運ぶ。二人掛けにしても大きなソファはエンデヴァーの体格を考慮したものだろうか。内装はシンプルなものだが広々としており、ちらりと見えた食器棚には色違いのマグカップが二つ置いてあった。
    (……本当にこの世界の俺はホークスと暮らしているのか)
    ホークスのセーフハウスを訪ねたことはあるが、総じて物のないがらんとした部屋だった。けれどこの空間にはホークスの色がある。ただ羽根を休められればいいだけのセーフハウスと違って、一見不要そうなものだとか、ホークスの好きそうなものだとか、そういった「必要最低限」の枠から出るものが置いてある。ここに住むホークスにとって、そしてこの世界のエンデヴァーにとっても、この家はきちんと帰る場所なのだろう。
    「ところで気になっていたんですけど」
    相変わらず羽根を器用に飛ばしながら、ホークスがぽすんと横に座る。改めて見ると、エンデヴァーの知るホークスに比べ目の前の青年はより小柄に感じた。
    「俺を見たとき、貴方俺のことホークスって呼びかけましたよね。まだ名乗ってないのに。反応からして貴方のヒーロー名もエンデヴァーのようですし、もしかして、そっちの俺もヒーローだったりするんです?」
    「……興味があるのか」
    「そりゃ勿論!ヒーローしてるエンデヴァーさんにも興味あります!貴方のことだからきっと強いんでしょう?」
    挑発するような物言いの癖にその目はきらきらと輝いていて、呼応するように小雨覆が揺れた。
    「チャートの一位二位は俺とお前だ」
    「え」
    大戦を経て、ビルボートチャートの順位など何の意味もなくなった。が、そこまでの説明は不要だろう。そう思い事実だけを端的に伝えれば、ホークスは信じられないとばかりに目を見開いて固まってしまった。
    「……ホークス?」
    「……いや、貴方がそんな嘘を吐くとは思ってませんよ?……貴方が一位なのは分かるんです。きっと相応しい。でも、俺が二位?」
    信じられないのか、笑顔を浮かべようとして失敗している。この時代が未だオールマイトの一強体制だとしたら、確かに隣に立つビジョンを想像するのは難しいかもしれない。引き攣った口元を襟で隠したホークスは、そのまま暫く黙り込むとふと思い出したかのように顔を上げた。
    「待ってください。じゃあオールマイトは?」
    「既に引退した。……どうやらこの世界では違うようだが」
    「オールマイトが引退!にわかには信じがたい話ですね……こっちじゃオールマイトはいまだに現役ですし……こうして聞くと貴方の世界とこっちじゃ結構違いがありそうですね。オールマイトの引退もそうですが、俺と貴方はヒーローですらない」
    「………」
    「……ヒーロー、かぁ」
    呟くその横顔は静かなもので、どこか遠くを見つめる瞳にはひとかけらの憧憬が見えた。眩しいものを見るような。手の届かない光を見るような。その根底になる諦観に、胸が締め付けられるように痛んだ。
    「お前は、どうしてヒーローにならなかったんだ」
    そんな顔をするくらいなら、どうして。
    思わず口をついて出たその言葉に、ホークスは目を伏せ、それからふっと笑った。
    「貴方の傍にいる俺は、ナンバーワンに惜しんでもらえるほど良いヒーローなんですね」
    電源を入れたテレビからは、オールマイトの活躍について報じるキャスターの声が流れる。平和の象徴。こちらの世界では既に失われたもの。いや、形を変えたというべきか。そのまま流れるニュースを見ていれば、いくつか見知った顔もあった。それと同じくらい、知らないヒーローの姿も流れてくる。疎外感、というのだろうか。当たり前のように自分がいたはずの場所に居場所が存在しないという光景は、あまり長く見ていたいと思えなかった。
    「エンデヴァーさんは、あの中に自分が混ざる光景って想像出来ますか?」
    視線をテレビに向けたままホークスが呟く。
    「いや……奇妙なものだな。知り合いたちの出演している、出来の良いドラマを見ているような気分だ」
    「……俺にとってはずっと、ヒーローはテレビの向こう側の存在でしたから。あそこに混ざりたいなんて、ヒーローになるなんてそんなこと、思い至りもしなかった」
    一瞬、どろりと琥珀色が淀んで見えて息を飲む。だがそれは瞬きの間に消え去り、スイッチを切り替えるように明るく表情を変えた。
    「すみません、雰囲気暗くなっちゃいましたね!まあぶっちゃけ社会のあぶれ者だったってだけの話ですよ。よくある、ありふれた話です」
    そうでしょう?と問われ、エンデヴァーは何も答えられなかった。ヒーローにならなかったのではなく、なれなかった。夢を見るための土台すらも無かったのだと、あの淀んだ瞳が物語っていた。
    腹ァ減ってません?そろそろ飯にしましょうか。そう言って立ち上がったホークスの背を呆然と見送ることしかできない。
    『俺、貴方に救われたんです』
    この世界に、ホークスを照らす光は無かったのだろうか。
    この世界のエンデヴァーは、ホークスにとってどういう存在なのだろう。
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    🙏☺💖💖💖💖💖💖💖💖🙏🙏🙏💖💖💖☺☺☺☺
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    torimune2_9_

    DOODLE非常事態の中で共依存じみた関係を築いていた炎ホが全て終わった後すれ違って後悔してまたくっつく話……にしたい。ホ視点だと炎が割と酷いかも。一応この後事件を絡めつつなんやかんや起こる予定。相変わらずホが可哀想な目にあう
    愛の在処「エンデヴァーさーん。入れてくださーい」
    分厚い防弾ガラス越しに、書類を眺めるエンデヴァーに向けて声を掛ける。きっとこれが敵や敵の攻撃だったら、少なくとも数秒前には立ち上がり迎撃姿勢に入るだろう。だが、ホークスに対してはそうではない。呆れたようにこちらを見て、それから仕方ないといった様子で窓を開けてくれるのだ。
    「玄関から来いと何度言ったら分かる」
    「だってこっちの方が速いんですもん。それに、そんなこと言いながらちゃんと開けてくれるじゃないですか」
    「貴様が懲りずに来るからだろう!」
    エンデヴァー事務所の窓から入る人間なんて最初から最後まできっとホークスだけだ。敵はそもそも立ち入る前にエンデヴァーが撃ち落とすだろうし、他の飛行系ヒーローは思いつきもしないだろう。そんなちょっとした、きっとホークス以外にとってはくだらないオンリーワンのために態々空から飛んできていると知ったらエンデヴァーはどんな顔をするだろうか。
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    torimune2_9_

    DONE①名前を呼んでほしい坊ちゃん
    ②坊ちゃんと特別授業
    ③坊ちゃんと激おこ執事
    ④坊ちゃんと悪天候
    ⑤風邪ひき坊ちゃん
    SSまとめ◆名前を呼んでほしい坊ちゃん
    「坊ちゃん、起きてください」
    聞こえてきた声に、ふわふわとぬるま湯の中に浸かっていた意識が浮上する。瞼越しに柔らかい光が差し込んで、遠くからいつも窓際にいる小鳥たちの鳴き声がした。柔らかい布団の中良好な睡眠をとったお陰で頭はすっきり冴えている。いつもの自分ならすぐにでも起きておはようと返事をするだろう。
    「……坊ちゃん?」
    けれど今日は違う。寝返りを打って、枕に顔を埋めて、聞こえていないふりをする。下手な演技だろうが、そこは問題ない。寝たふりも、その意図も、彼は正しく理解してくれるはずだ。
    (――今日こそ名前で呼んでもらうまで起きん)
    彼、炎司が執事となってから短くない時間が経ったが、生真面目な彼は啓悟のことを頑なに「坊ちゃん」と呼ぶ。それが嫌と言うわけではないが、折角なら名前で呼んでほしい。だって以前は名前で呼んでくれていたのだ。それが主従関係になったからダメだなんて。『前みたいに呼んでほしい』。ある時ぽろりと零したそんな些細なお願いに、炎司の解答は無情にもNOだった。
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