千年の青 夏夏のバイクを借りて阿翔が天宇を乗せて連れてきたのは、鬱蒼とした森の中にある──長年この場所にひっそりと佇んでいたのだろうと思わせる──朽ちた建物だった。
天井はとうに崩れ落ち、青々とした緑が空を覆っている。
眩しい太陽の光は、深緑の梢の間からこぼれ落ちる過程で眩しさをなくし、柔らかい光となって森の中を照らしている。
ところどころ淡い光が当たる古びた建物は、神聖で厳かな雰囲気を湛えていた。
天宇は、はぁと自然にこぼれ落ちた感嘆の溜息をつきながら、蔦が這う壁を仰ぎ見る。
じっと黙って後ろに立っていた阿翔が天宇の肩越しに話しかけてきた。
「天宇。目、瞑って」
「?……なぜ?」
「いいから!見せたいものがあるんだ」
一体、何を考えているのやら…と天宇は思いながらも、阿翔の望み通りにしてやる。
「……ん、ほら、瞑ったぞ」
「俺がいいって言うまで絶対、目を開けるなよ」
そう言いながら、そっと肩に阿翔の掌が天宇の肩に乗る。
「こっち。気をつけて歩いて。目は瞑ったままだぞ」
「わかったよ」
後ろにいる阿翔がそっと前へ進むように優しく力を入れてくる。その力に合わせてゆっくりと右足を踏み出すと、柔らかい土の上を踏みしめた。そっと慎重に、一歩ずつ一歩ずつ足を前へ出していく。
「よし。ここで止まって」
「うん」
阿翔はカサッと音を立てて何かを取り出すと、指をパチンっと鳴らす。
「いいよ。目を開けてみて」
閉じていた瞼をゆっくりと開くと、白く柔らかな光に包まれていた。
阿翔の掌の上には、青空や光を反射した海面を閉じ込めたような──マリンブルーの石が、きらきらと輝いていた。
「……これは?」
天宇が問うと、阿翔は少し肩をすくめて言った。
「“千年かけて、運命の相手と出会う”って言われてる石なんだってさ」
「運命……?」
天宇は指先でそっとその石に触れる。青空の欠片を閉じ込めたようなそれは、太陽の淡い光を受けてきらきらと輝いている。
美しいのに、同時に強く握ったら壊れてしまいそうな儚さもあって──そのまま、天宇は言葉を失った。
「“我が家”のじいちゃんがさ、あ、じいちゃんってのは“我が家”の館長な。あの人がさ、台北に行くときに俺にくれたんだよ。“特別な石なんだぞ、千年かけて運命の相手と出会えるんだ”って、子どもみたいな顔で言っててさ。……千年とか、運命とか、子どもでも信じないだろ」
阿翔が苦笑いしながら言う。
「でも、まあ……こういうの、ずっと持ってたら──」
阿翔の声がふと止まる。
天宇が顔を上げると、阿翔は石を見つめたまま、優しい顔で微笑んでいた。
その顔を、天宇は阿翔と過ごすうちに、何度も目にしていた。
「……何度でも、また天宇に会えるとかさ。……あ、いや、そんなの、あるわけねぇんだけど」
急に投げ出すようにそう言って、笑いながら石を握りしめる。
「今まで誰にも見せたことなかったんだけどさ。急に天宇には見せたくなったんだ。」
冗談めかして肩をすくめたその姿は、いつもよりずっと無防備だった。
天宇は、阿翔のその手を、そっと見つめる。
「……君が持っててよ。ちゃんと。ずっと」
阿翔は、しばらく黙ったまま天宇を見つめていた。その瞳に、声にできない想いが、静かに滲んでいる。
そして──ふっと唇を緩め、小さく、確かにうなずいた。