天狗と牛と怠惰な町①「……さて、貴様らに今回集まってもらったのは他でもない」
傲慢城にある“会議の間”。黄金と宝石で飾られた仰々しい玉座に座りふんぞり返っている小男……傲慢の王・オゴリーは、集まった面々を見渡す。
「もはや言うまでもないだろうが……我々が人間界に悪魔を送り込み、人間と契約を交わし“負の感情”を集める理由はわかっているな?」
すると、一人が気怠そうに手を挙げる。
「いや〜、簡単すぎる質問っすわww人間の“負の感情”はボクたち悪魔を強める……けど、それだけじゃなくて、ボクたちが生活するのに必要なエネルギー源にもなるから……だよね?」
「そう、その通り。貴様にしては完璧な答えだ、序列4位」
アイマスクをつけた太った男……怠惰の王・レムは、会議中にも関わらず堂々とゲームをしている。それをわざわざ指摘する者がいないということは、寛容なのか、もしくは諦められているのか……おそらく後者だろう。
「そう、我々が治めている王国をさらに豊かにするためにはより多くの”負の感情“を集める必要がある。訓練された悪魔をセールスマンとして人間界へ送り、契約した人間から”負の感情”を吸収する。そして、吸収した”負の感情“をエネルギーへと変換し、車の燃料、暖房、電力などなど国全体に商業的に供給する……というのが、概ねの流れだ。しかし……」
ここでオゴリーは言葉を切ると、大型モニターに棒グラフの図面を移す。
「この図面を見て分かるように、人間との契約数が年々減少していっている。契約数が減少しているということは、”負の感情”の吸収量もまた減少している現状だ。これが何を意味するのか……貴様らにわかるな?」
ドンッ、とオゴリーはテーブルに拳を叩きつける。
「つまり、だ。近い将来……地獄の人口増加に伴い、1000年後には深刻なエネルギー不足問題に直面する可能性が高いということだ!余が抱えている研究チームがそう結論づけているから間違いない!だから、今のうちになんとかしなければならない!」
オゴリーはそう言って、腕組みをして高い玉座から見下ろす。
「その為に……余は貴様らの知恵を借りてやってもいいという考えに至り、この場に呼んでやったというわけだ。貴様らの身に余る光栄だぞ、感謝するがいい」
「ムッ……到底人にモノを頼む態度とは思えないな」
少し苛ついたような顔で、炎の髪を持つ少女……憤怒の王・ゲキリンはそう言ってオゴリーを睨みつける。そんなゲキリンに、オゴリーはフッと鼻で笑う。
「案ずるな、序列3位。余は貴様には何の期待もしていない。今回呼んでやったのは、仲間はずれにしては可哀想だと思いやってのことだ」
「なんだと???」
ガタンッと椅子から立ち上がり、ゲキリンの頭の炎がボワッと激しく燃え上がる。
「ちょっとぉ、やめなさいよぉ。ただでさえ暑いのにこれ以上暑くなったら困るわぁ」
女性的な格好をしたド派手な男……色欲の王・ユルールはそう言って、ポンポンと化粧直しをしている。
「フッ、こいつごときの炎なぞ余の吹雪でいつでも吹き消せる」
「貴様ッ……そこまで言うなら試してみるか!?!?!?」
「あぁんっ!もうっ!話が脱線するじゃない!ほら、ハーブティーでも飲んで落ち着いて!」
「フーッ……フーッ……」
ゲキリンはまだオゴリーを睨みつつも、大人しく座るとユルールから受け取った紅茶をゴクゴクと飲む。
「フンッ……ときに貴様ら、年々契約者数が減少していっている原因は何かわかるか?」
オゴリーからの問いかけに、今度は元気よく手が上がる。
「はーい!それは、人間の教育が行き届いていっとるのが原因やと思うで!」
金ピカのサングラスをかけたスーツの男……強欲の王ガッポリーは、肩をすくめて言葉を続ける。
「ガキのうちから「上手い話には気をつけましょう」だの「会ったばかりの人の話は信じないこと」だの刷り込まれてなぁ!警察も「訪問販売や特殊詐欺に気をつけて」ってしつこく注意喚起しようるし!……ったく、何してくれとんねん人間!おかげでこっちは商売あがったりや!」
そう言って、「ムキーッ!」と髪をグシャグシャに掻き回して悔しがるガッポリー。
すると、今度はスッと手……ではなく、包丁が上がる。
「あと、さとり世代とか。。。ね。。。身の丈以上の幸せを求めない無欲な子供が増えていってるよね。。。それも原因のひとつだと思うょ。。。」
黒マスクをつけたうさぎパーカーの少女?……嫉妬の王・ジェラシーヌはスマホをいじりながらそう答える。
「……序列2位。意見を述べるのはいいが、会議中にスマホを触るのはどうかと」
「え。。。?忙しいから無理。。。」
「スマホを触るだけで何が忙しいと」
「推しピがSNSに他撮り写真投稿したから、彩度を上げて拡大して瞳や窓ガラスに何か映りこんでないかチェックしてるの。。。。あと、目障りな同担をた◯きに晒したりレスバしたり。。。。」
「何言っているのか全然わからんが、ろくなことじゃないのはよくわかる」
すると、ここでオゴリーは何やら肉が焼けるような音と匂いがすることに気づく。
「それに加えて、昔と比べて人間と契約が取りづらくなったから積極的に契約を取る悪魔が年々減少していっているのもありますぞ。これぞ負のループですな。……うむ、この肉の柔らかさといい味付けといい完璧ですぞ。流石は5つ星フランス料理人・エスカル」
『フフッ、お褒めに頂き光栄だよ……ハラン様』
エスカルと呼ばれた料理人のゾンビは、鉄板でステーキを焼いている。シルクハットを被った骸骨……暴食の王・ハランは、焼きたての分厚いステーキを頬張りご満悦そうだ。
「まったく……序列2位といい序列4位といい貴様といい、真面目に会議する気はあるのか?」
「そうですな……1000年後なんてまだまだ先のことだというのに、今大真面目に議論するのは馬鹿らしいと思いますぞ」
「……なに?」
部屋の温度が急激に下がり、オゴリーの隣にいるガッポリーはあわあわと慌て出す。ハランはそんなこともお構いなしに、エスカルに注いでもらったワインを悠長に味わっている。
「吾輩は、今安定していればそれでいいですぞ。別に、深刻なエネルギー不足に今なっているわけじゃなし……その時はその時に考えればいいんですぞ」
「そうね、アタシもハランと同意見だわ」
ここで、ユルールが手を挙げる。
「先のことを心配するより、今目の前に転がっている問題を処理する方がよくない?色々あるじゃない、亡者間での縄張り争い激化問題とか天使対策とか……あら♡アンタよ〜く見ればイケメンね♡このあと空いてる?♡」
言っているそばからエスカルにハートマークを飛ばしているユルールに、オゴリーはピキピキと額に青筋を立てる。
「”暴食”と”色欲”、目先の快楽に囚われた刹那的快楽主義者はこれだから……こいつらに真っ当な意見を期待した余の方が馬鹿であったな」
「まあまあ、所詮は下位やからオゴリー様の先見の明と高尚な精神は理解でけへんって〜!そんなんほっといて話進めまひょ?」
「……フッ、貴様の言うことはごもっともだ。ほれ、釣りはよい……取っておけ」
「うっひょ〜!別にそんなつもりなかったんに、オゴリー様は太っ腹でんなぁ〜!」
ガッポリーは「そんなつもりはない」と言いながらも、オゴリーから渡された袋を受け取りぎらついた目で金貨を一枚一枚数える。
「高尚な精神、か……」
「下卑た精神しかないアンタがよく言うわね」
「6位と最下位は黙ってくれへん?少なくともワイはあんさんらより稼いで経済ブン回しとんねん。ちったぁ目上のモンを敬いやぁ?」
輝く金貨を指でピンッとはじいてキャッチし、ガッポリーはせせら笑う。ガッポリーのごますりによってオゴリーの機嫌が直ったからだろうか、冷え切っていた部屋の温度が一気に元に戻る。
「では、気を取り直して……エネルギー不足を改善する何か良い案はないか?」
「単純な話だ!要は、今の悪魔たちが貧弱すぎるのがいけないんだろう!」
ガタンッ、とまたもやゲキリンは勇んで椅子から立ち上がる。
「ならば、私に預けてみろ!憤怒の国サタンに古来より伝わる鍛錬法”アングリーズ・ヒートキャンプ”によって貧弱な悪魔をたちまち屈強に」
「貴様に言われずとも、悪魔を強化する試みは何度も行ってきた。それでも大して効果は得られなかったから、こうして貴様らを集めているんだろうが。まったく、脳みそが筋肉でできている猿はこれだから……」
「貴様!!!!またもや私を侮辱してくれたな!!!!」
ガンッとテーブルに片足を乗せ、ゲキリンは今にもオゴリーに殴りかかりそうな勢いだ。またもや一触即発の険悪な雰囲気……だが、それを止めたのは意外な人物だった。
「はいはい、タイムタイム。これ以上無駄に会議が長引いたら面倒いし怠いから、単刀直入に言うけど……あるよ、エネルギー不足を解決するための最善の方法は」
あくび混じりにそう言い放ったレムに、視線が一斉に集まる。
「……何?それはまことか?序列4位よ」
「うん。というか、ただ今とある町を使って絶賛実験中だよ。ちょいと時間はかかるけどさぁ、成功すれば莫大な”負の感情”が回収できる見込みだね」
ピコピコとゲームをしながらそう言うレムに、ほほうとオゴリーは感嘆の声を上げる。
「そうか……確かに貴様は我々七つの大罪で一番の怠け者であるが、それと同時に一番に効率を重視している。そんな貴様が言うことだから、期待してもいいのだな?」
「もっっっちろん♪誰より楽したがるボクだからこそ、今よりずっと楽になるためなら努力は惜しまないし手は抜かないよ」
レムは、ゲームをやる手を止めてニヤリと笑う。
「上手くいけば、1000年後のエネルギー不足問題を解決できるどころか……今の生活がもっともっと豊かになり、もっともっと便利になるよ。このまま何の支障もなく、何の邪魔も無ければ………ねっ♪」
✴︎
その頃、とある田舎町にバスが到着していた。
「ついに着きましたわ!厄守町!」
金髪の女子高生のような出で立ちをした少女が、隣で寝ているほっそりとした黒髪の美女を起こす。
「ミンミン!着きましたわよ!早く起きなさい!」
「……ふわぁ、まだ寝足りないネ……あと5分……」
「そう言ってあなたが起きた試しはありませんわよ!もうっ!」
少女……マツリは、バッグからチケットを2枚取り出す。
「せっかく福引で当てた”厄守町二泊三日温泉旅行無料券”ですもの……これを活用する手はありませんわ!これを機に普段の疲れを一気に癒し、満喫しまくりますわ!」
そして、マツリはこの旅行でこれから長い付き合いとなる悪魔と出会うことになるとは……この時、夢にも思わなかっただろう。
つづく