茹「あ〜暑かったぁ、ただいまぁ」
「おかえり、乱数くん」
玄関で靴を脱ぎ捨てて、冷えているだろうリビングへと飛び込む。案の定そこは天国だった。近くまでタクシーで帰ってきたというのに、数分で汗でびちゃびちゃになっちゃうから、ほんとやだよねぇ。そのまま手を洗って首に張り付いた髪の毛を直して、ソファへとダイブする。クーラーに冷やされた皮の感触が気持ちよかった。
「まずは水分補給をしようね」
「うん」
そういえば冷蔵庫に幻太郎からもらった梅シロップがあるはず。それを炭酸にして飲もうかなぁ。シュワシュワしてスッキリしそう。そう思って、立ちあがろうと思った時だった。ピンクのグラスが目の前に置かれる。なんとなんと梅サイダーが並々に注がれている。
「え、なんでわかったの?」
「ふふ、なんとなくかな」
「寂雷すっごいね」
そのままボクの隣へと腰掛けて、全体的に汗でしっとりとしているボクの横髪を耳へとかけてくれる。口に入らないようにという寂雷の優しさだろう。ありがと、と伝えてからグラスに口をつける。冷たくて、さっぱりしてて、気持ちい。一気に三分の一を飲み干して、息を吐く。そうしてちょっと気を緩めていると、冷たい指先が頬へと触れた。
「ん〜?」
「いや、頬が赤いなと思って」
「もうね、とけちゃうくらい暑かったの」
「家の前までタクシーでも構わないんだよ」
「駄目だよぉ、万が一家の場所がバレたら大変でしょう?」
「ならやはり私が家にいるときは送り迎えをさせてもらえないだろうか」
「あは、過保護だ」
ボクの頬を撫でていた指先がゆっくりと下がってくる。そのまま腰に手を回した寂雷は迷いなくボクを引き寄せる。そうされればボクの体はあっという間に寂雷の方へと傾くのだ。こればっかりはどうしようもない。空調で冷えた寂雷の腕に頬を預けて、ふとテーブルの上の違和感に気がつく。いつもだったら自分の飲み物も持ってきて隣に座るのに、今日はどこにもマグカップがなかった。それどころかコーヒーの匂いもしない。寂雷、何も飲まないの?そう言おうと思って顔をあげて、気がついてしまった。寂雷の瞳がじっとりとした熱をはらんでいる。何を望んでいるのかくらい、ボクにはすぐわかってしまった。
「ねぇ、ボク汗まみれだよ?」
「そう、だね」
「……汗くさくない?」
「ちっとも」
どう考えても汗くさいよ。だってほら、きてる服も汗で濡れてるレベルだよ。そう言い返すけれども寂雷はどこ吹く風だった。ボクの許可も取らずに、無駄に高い鼻をボクの頭へと押し付けてゆっくり息を吸うのだ。思わず、頬が赤くなる。ねぇちょっとやめてよぉ。なんとか距離を取ろうと思って、寂雷のお腹を痛くない程度に足で押し返すけれど悪手だった。寂雷の大きな手がボクの足首に絡んで、そのままゆっくりとソファに押し返される。見上げた先にある瞳は、もう隠し切れないほど熱を抱えていた。こんな表情、ボク以外誰も見ることがないだろう。そう思うとちょっとだけ、嬉しくなってしまうボクは一体どうしてしまったのだろうか。
「……どこでスイッチ入ってんの、寂雷」
「ごめんね、君のいい匂いがするから」
「ボクのせいにするなんて、わぁるい子ぉ」
ごめんね、とだけ言い残して寂雷がボクの唇を塞ぐ。思っているよりも余裕なんてものはないのかもしれなかった。いつもは最初に触れるだけのキスを繰り返すくせに、薄くて長い舌がにゅるりと入ってきた。そのまま好き勝手暴れ回る。余裕がない寂雷なんて本当に珍しい。どこでスイッチが入ったのかは知らないけれど、これはこれで可愛いなぁなんて思いながら、薄くて、でもしっかりとした腰に足を回す。
「ねぇ、ベッドいこ」
「……そうだね」
「ここじゃできないもん、知ってるくせにぃ」
きっと今日は寂雷のものをボクの中に入れるだろう。触り合いっこじゃ多分満足はできない。そうなったらボクの体は途中でいうことを聞かなくなって、びちょびちょになってしまうかもしれない。そうなるとソファでは絶対だめで、ベッドでちゃんとタオルとか……その、ペットシーツとか、ないと駄目だからね。このソファ、お気に入りだから駄目にしたくないし。
「ね、連れて」
足に力をこめて体を密着させる。そうすれば寂雷の喉仏が静かに上下するのが見えた。なんか、今から体の隅々まで食べ尽くされるような気分。まぁでも、それも悪くないかなぁ。素直にボクを抱えて立ち上がる寂雷の頭を撫でながら、ボクは楽しくなって大きく口をあけて喉仏を甘噛みする。すると寂雷はスタスタと歩きながら、ボクの顎の骨に指先を引っ掛けて上を向かせて、容赦のないキスをする。このまま真っ逆さまに落とされたらどうしよう。落とされるわけなんてないけど。落とされるとしてもベッドの上だろう。そんなことを思って、笑いが込み上げてくる。けれどもその声さえも寂雷に飲み込まれるのだ。あぁ、カミサマ。いるのかいないのか知らないし、信じたこともないけど。ねぇ、カミサマ、見てよ。他人から神様のように崇められる男が、こんなにも欲に塗れている姿はどう?眉を顰めるのかな?でもさぁ、ほら、見てよ。綺麗でしょう。すっごく綺麗でしょう。ボクだけがみれる、この表情。これは堕落なの?だとしたら最高だね。寂雷だってボクの前ではただの人でしかない。心にそんな優越感が広がる。
ボクを抱っこしたまま、寂雷がベッドへと乗り上げる。これから与えられるであろう快楽という最高のご馳走を目の前に、ボクはゆるりと表情を緩めて、寂雷の薄い唇を吸った。