call コール:勝負に乗ること
show down ショーダウン:手札をオープンすること
Bet ベット: 新たにチップを賭けること
BB ビービー : 徴収されるゲームの参加費
Ante アンティ :追加で徴収されるゲームの参加費
「125点」
「Call」
夜も更けたカフェテリアの一角。そこに人だかりがある。ご丁寧にカフェテーブルの上に滑り防止のマットを引いて、簡易的なトランプテーブルをこさえている。そしてそのテーブルを囲むのは、ネオジオンの制服を着た軍人たちと、アムロだ。カラン、というおもちゃのチップの音がこだまする。それぞれの手札には2枚、そしてテーブルに開かれた5枚のトランプ。旧世紀のラスベガスで産まれ、世界でもっとも親しまれたポーカーゲームが、時も距離も遠く離れたここ宇宙コロニーで行われている。
最後の勝負まで残ったアムロとギュネイが手札と互いを見つめている。他の面々はこの勝負の行方に興味津々だ。アムロから仕掛けられた125点分のチップが場に出される。ディーラー役のガンターが、ショーダウンの号令をかけた。
「Show down、アムロからだ」
「ツーペア」
「フラッシュ!」
両者手札が開かれる。それすなわち、後攻のギュネイの勝利を意味する。見守っていた周りが各々に感嘆の声をあげる。アムロの手札はAと5のツーペア。ギュネイはクラブのフラッシュだ。かき集められたチップが、ガンターの手によって無情にもギュネイのもとへ。アムロは次の勝負のためにシャッフルされるトランプを憎らしそうに眺めた。
「最初からフラッシュだぞ。ハメるなんて性格悪い」
「あぁ。性格だけ悪い」
「よく言う」
アムロの負け惜しみも、勝者のギュネイにはなんのその。軽く受け流し、目の前に置かれたチップの山を種類ごとに積み直している。
そしてまた、綺麗にシャッフルされたカードが一人一人のもとへ配られる。アムロとギュネイを含め、6人が参加中だ。このやりとりを、もう2時間は続けている。ゲームスタート時では同じだった各々のチップは、増減を繰り返している。カフェテリア前を通り過ぎる女性たちの、よくそんなに飽きずにできる、というため息混じりの視線には誰1人気づくことはなく。
「悪いアムロ、チップ割ってくれ」
「あぁ、もちろん」
隣に座る戦艦オペレーターのベンが100点のチップを差し出す。アムロはそれを受け取り、代わりに5点チップと25点チップを100点分両替して渡す。そのコミュニケーションはスムーズだ。ネオジオンに来たばかりのアムロは、その肩書きも相まって、既存の軍人たちとは大きな隔たりがあった。互いにどう話しかけていいか、どう接するべきか、わからなかったからだ。それが、ギュネイの誘いでこのポーカーに参加するようになり、すっかり打ち解けたのだ。
次々に勝負が続く。ギュネイが、そのベンとひと勝負だ。額の大きいBetを受けて、ギュネイは自分の手札を中央に投げ捨てる。つまり降参だ。アムロから搾り取ったチップは、巡り巡って今度はベンのもとへ。思い思いの文句や喜びを口にしながら、また次の勝負へと続く。すると、カフェテリアの入り口が勢いよく開いた。
「おい!やばいぞ!」
飛び込んできたのは、MSパイロットのジョーイだ。仕事がまだあるから、と途中から参戦する予定であった。その彼が駆け足で飛び込んできた。そして息を切らしてそう言う。一体何がやばいのか。全員手を止め、なんだ、どうした、とジョーイへ返す。
「大佐がここに来る!」
全員の頭に、あの赤い制服を着た、この組織のトップの人間の姿が浮かぶ。シャアが、ポーカーを楽しむ自分たちの元へ来る。それだけのことをこの場の人間が理解するため、カフェテリアの時はビキ、と音を立てて止まった。
「今廊下で大佐に会ったんだ、今夜は君たちはポーカーなのかって。そうです、って言ったら、あとで行くから混ぜてくれって言われた!」
「マジかよ」
ギュネイがわかりやすく口をへの字に曲げる。他の面々も口々に言葉を吐く。全ていい反応ではない。決してシャアが煙たがれてるわけではないだろう。しかしながら彼は仮にも上司でしかも組織のトップである。だからそんな人間と真剣勝負なんてしにくくて仕方ない、という事だ。一応アムロは、彼らとは一線を画した立場であるため、なるべく静かにしてよう、と口をつぐむ。皆、適当に勝たせて帰らせよう、とか、そもそも大佐はポーカー強いのか、など、これから起こる非日常について思い思いを口にしている。
するとおもむろにギュネイが椅子をアムロの方に向け、その姿を上から下まで眺める。
「ヨシ」
そして何かに納得したような表情をすると、ガシッとアムロの着ているスーツのジャケットを引き寄せ、素早く前ボタンを外す。そしてネクタイを緩めると、きっちり止められていたシャツのボタンを乱暴に外した。
「なにするんだ!」
突然服を脱がされそうになったアムロは当たり前にも抵抗する。ギュネイの手をはたき落として、乱されたスーツのジャケットを両手で合わせ、背を丸めて防御の姿勢をとる。当のギュネイは、何か悪いことをしたか?といわんばかりに、両手を広げしれっとした顔をしている。
「大佐が来たら色々めんどくさいだろ!?お前、服はだけさせてドアのところ立ってろよ。そんで、大佐が来たらここじゃなくてベッドに連れてけ!」
「はぁ!?」
「ケチくさいこと言うなよ、俺たち助けると思って!脱ぐの上じゃなくて下か?」
「どっちも嫌だよ!それじゃ俺もできないじゃないか!あとちょっとでさっきの負け、回収できそうなのに!」
問題はそこなのだろうか、という周りの疑問に気づくことなく2人はギャアギャアと声をあげて言い合う。それを嗜める者、もはやシャアから搾り取ってやると息巻く者、飲み物くらい用意しないと、と気を回す者。各々がバタバタと動き回って、場はちょっとしたカオス空間と化す。すると、ドアの音と共に、その騒ぎの中でも凛と響くバリトンボイスがカフェテリアに響いた。
「やぁ諸君、随分と盛り上がってるね」
全員がドアの方向を向く。赤い軍服に身を包んだシャアがそこにいた。部屋の隅で誰かがつぶやく。やっぱはやいな、と。
「大佐、こちらに」
「ありがとう……あぁ、安心してくれ。手加減してくれなくていいよ。と言っても、私がいては気を使うだろうから、小1時間もしたら抜けるよ。君達と親睦を深めたいだけなんだ」
シャアがカフェテリアの椅子、もとい簡易的なカジノテーブルもどきに着席する。高級感も何もない緑のマットと、目の前に置かれたおもちゃのチップがなんともアンバランスだ。半円を描くように席が作られているテーブルなので、ちょうどアムロの対面あたりに座る。アムロがいるのは知っていたのだろう。シャアは驚く様子もなくニコリと笑顔を向け、ヒラヒラと片手を振った。そして笑顔のまま、その手を胸元のあたりにやる。そしてぎゅっと掴むようなジェスチャーをした。つまり、アムロに胸元がはだけているから直せ、と言いたいのだ。誰のせいでこうなってると思ってる、という文句は飲み込み、ギリギリの精神のもと、軽くうなづき、ボタンとネクタイを乱暴に締め直した。
「ガンター、君がディーラーか。えっと、このゲームは……」
「5-10です、大佐。Anteは無し」
「ありがとう。あぁ、ちょうどBBだね」
シャアがその長い指で5点チップを2枚、前に出す。早速ゲームが再開される合図だ。バタバタと皆席に着き、先ほどとは全く違う緊張感でゲームが進む。8人の男たちが、配られたトランプに手をやって、皆その背を丸くして手札を確認する。戦いの火蓋は、たった今、切って落とされた。