生まれてきてくれて、「もう少しで簓、誕生日やんなあ」
壁かけカレンダーを見ていた彼女はそう言った。忙しくて気付いていなかった、とは言えないほどに、俺の誕生日は毎年世界で何かしらイベントが発生する有名な日だ。
「あ〜、せやなぁ……」
「今年はどうする?」
ギクリ、としてしもたのは、今年の誕生日もといハロウィン当日はガッツリ終日テーマパークでのロケが入ってしまっているからやった。自分で言うのもなんやけど俺もかなり有名になってきて、白膠木簓×ハロウィン×テーマパークの経済効果をテレビは分かっているんや。まあ、嬉しいことなんやけど……🌸と過ごせないことだけが気がかりやった。んでもって、今の今まで仕事が入ってることを言えてへんかったっちゅーことや。
「ご、ごめん。実は今年は終日ガッツリ仕事入ってしもてて……!一緒に過ごせなさそうなんや。ほんまにごめん!」
「あ、そうなんや。別に大丈夫やで、しゃあないやん。てか簓の誕生日なんやから、簓が謝ることちゃうよ。ほんなら、別の日に祝おな」
「ほ、ほんま?良かった〜…………なんやかんや、今までは当日の空いた時間には過ごせてきてたから、言いづらくてなぁ。ありがとな、🌸」
「私と簓の仲やろ〜?何気にしてんねん。大丈夫に決まっとるやろ!」
彼女は笑顔でそう言い切ると、俺の背中をバシッと叩いた。気にしてた自分がアホらしくなるくらい、彼女は気丈に振る舞った。ほんまに彼女のこういうところに助けてもらっとるなぁ、とつくづく思う。
「🌸、大好きやでっっ!」
「うわあっ、も〜なんやねん急に。わかっとるわ!」
彼女が愛おしくて、思わず抱き着いた。まあいつものことなんやけど。そんな俺に引くこともなく、彼女は俺の頭をぽんぽんと撫でてくれる。ほんまは逆やない?彼氏と彼女って。まあ、これが俺たちの関係なんかな。
***
ロケ当日。ハロウィン色で染まったテーマパークの特番収録を一通り終え、休憩に入っていいとスタッフに言われたので俺は近くのベンチに腰掛けた。ハロウィンということもあって、なんやようわからんけど狼男の衣装を着て、1日中遊び尽くして(仕事やけどな)もうヘロヘロや。もうすっかり暗くなって夜。眼の前に見える人工物の海に反射する光を眺めながら、彼女は今頃何してるんやろか、とぼんやり考えていたとき。
「🌸……」
「なに?」
「うえっ!?」
独り言のように彼女の名前を呼ぶと、返事が返ってきた。声の方を振り返ると、物陰から現れたのは、ボロボロのウエディングドレスを着たゾンビのような装いの、彼女にそっくりな女性やった。
「あ、あかん…………俺はついに幻覚まで見てしもてるんか……」
ゴシゴシと目を擦って、もう一度見る。ほんまに彼女そっくりや。疲れすぎてるんやな、と一言呟くと彼女は笑った。
「あははっ、ほんまに幽霊かなんやかと思ってるん?」
「えっ、喋った……!?」
「冗談よしてや、私や私!じゃーん、サプライズで来たんやで〜!びっくりしたやろ!どうや?本格的な仮装やろ?」
彼女は得意げにドレスをひらりとひるがえして、その完璧なハロウィンの花嫁姿を魅せつけた。俺はしばらくぽかんとした後、彼女にバシッと肩を叩かれようやく現実を理解した。
「いや、ほんまに可愛すぎんねんけど、……って、それは置いといてやな、なんでおるん?!」
「あんな、簓がここで仕事ってのは知ってたから、会えんくてもええから一般客として遊んでよー思って来たんやけどな、」
「おん」
「入場口付近で私んこと知ってるスタッフさんに声掛けてもらって。仮装して参加しませんか〜って」
「おん………………って、え?」
「やから、私ずっと近くにおったんやで」
「えええっ!?」
俺が驚くと、彼女はしてやったり顔でニシシと笑った。いやいや、そんなサプライズ分かるわけ無いやん!ずっとおったって、何してるんやろって思てたときも近くにおったってこと?うわ、何で俺気付けへんかったんや……!
「かーーっ、やられたわぁ。ほんま、🌸には叶わんなあ」
「はは、嬉しい?迷惑やなかった?」
「迷惑なわけ!ないやろ!嬉しすぎてホンモノん狼男になりそうやわ!」
「わーーっ、やめてやめて〜!あはははは!」
年甲斐もなくはしゃいで、俺は彼女にガバっと抱き着いた。コショコショと脇をくすぐると、彼女は大きく口を開けて笑った。
「簓、狼男似合っとるで」
「ほんま?あんま簓さんっぽくないかなて思ってたんやけど」
「ううん、そんなことない。むっちゃかっこいい。大好き」
「うっ……!ちょ、不意打ちやめや!可愛すぎて心臓止まるやろ!」
またまたやられた。彼女は再びニシシと笑ってる。ほんまに俺はこの子に弱い。弱点やな。あ、と良いことを思い出して、俺も彼女をからかってみようと試みる。
「トリック・オア・トリート!」
「わ、びっくりした」
「へっへーん。お菓子くれなきゃイタズラするで〜。さすがに用意してへんやろ!どや?!」
イタズラをする構えで勝ち誇ったように彼女を見ると、彼女はごそごそと後ろに隠してあったカバンの中から何かを取り出した。
「……っはい!お菓子やないけど、これでイタズラ免除できる?」
「えっ……!な、なに?貰てええんか?」
「うん!ハロウィンのお菓子として、そして何より簓の誕生日プレゼントとして!受け取ってや」
またまた驚かされた。そんなん用意してると思わへんやろ?見て見て、と彼女が催促するので、受け取った箱の綺麗なラッピングを剥がして中身を取り出した。
「…………これ、欲しかったやつや!高かったんやない?ほんまにええの?」
「うん。喜んで使てくれたらそれでええねん。誕生日おめでとう、簓。生まれてきてくれて、ありがとう」
「め、め、……めーっっちゃ嬉しい……!!ありがとう、🌸!俺は幸せもんやな、くぅ〜泣けるで!」
俺は改めて、生まれてきてよかったと誕生日に痛感した。そんな想いをさせてくれる人と出会えて良かったと、大袈裟やけど涙ぐみさえした。
「にしても、ここに二人で来るのは何年ぶりかなぁ。高校生ぶりとかかもわからんな?」
「む、せやな……確かにそうかもな。閉園時間まであとちょっとやけど、久しぶりに回らへん?花嫁さん」
「ふふ、もちろんやで。狼男さん。あ。簓、実はな、」
「なに?」
「コレずっと撮影されとんねん」
「なっ、なんやて!?」
周りを見渡すと、撮影陣が慌てて木陰に隠れていくのが見えた。さっきのロケチームやった。なるほどなぁ、🌸を入れたんはこれを撮影したかったからやな?……全く、芸人にプライバシーっちゅーもんはないんか!まあ、ええわ。折角与えてくれたデートの機会、たっぷり楽しんだるわ!
「よし、ズラかるで!🌸!」
「ふふっ、うん!」
「あと、イタズラは免除せえへんからな!」
「ええっ、何で!?」
「さっきの、お菓子やなかったからや〜!へっへ〜、プレゼントとイタズラ、両方貰うで!」
「え〜〜〜っ!?それは卑怯やって!」
今度こそ彼女を驚かせて満足した俺は、彼女をお姫様抱っこして魔法の城に向かって走った。俺の首にしがみつく彼女の手のぬくもりにくすぐられて、カメラなんて気にせずにちゅーしたろ!と思て唇を近付けたが、恥ずかしがり屋の彼女に頰をギュッと摘まれ阻まれた。まあええか。今やなくても、俺たちはいつでもちゅーくらいできるからな!誕生日おめでとう、俺。生まれてきてよかった、出会ってくれてありがとう。🌸。