石かしゅのデートの話「相変わらずこの時代は人が多いね…」
「そーね」
俺と石切丸は現代に来ていた。二人きりのデートのために。…そう、デートだよ、現代の!
現代に行くのはかなり難しい。政府の許可を取らなきゃいけないし、戦うとなると動きに制限がかかる。まぁこうして一般人に紛れてこの時代を楽しむ分にはあんまり問題はないらしいんだけど。
「本当に人多い…うわっ!?」
急に石切丸に右腕を引っ張られて、そのまま抱き寄せられる。…近い、本当に近い。付き合ってそれなりに時間が経ってるけど、やっぱり近いのはまだ慣れない。俺だってドキドキくらいするの。それに、今日は見慣れない洋装姿だから、尚更。…まぁ、顔には出てない、と思うし、なんなら多分今のは…
「ぶつかりそうだったから引っ張ったのだけれど…強く引っ張りすぎたかな?痛くはないかい?」
ほらね。石切丸がこんなことするのは何かある時だけだから、何となく察してた。そんな石切丸は引っ張った俺の腕を優しく擦りながら大丈夫かい?なんていつもの笑顔で聞いてくる。こんなに身長デカいくせしてその顔なのズルくない?オレに身長わけてくれてもいい気がする。
「痛くはないけど……急に引っ張られてびっくりした」
「声をかけても良かったんだけれど、間に合わないと思って…」
「まぁ、そうだとしたら引っ張るよね。…ありがと」
「…ふふ、どういたしまして」
なんだか照れくさくて小さくなった感謝の言葉が聞こえたのか石切丸はどこか嬉しそうだった。
目的地に向かうにはここからちょっと歩かなきゃいけない。とは言っても、そこまで距離があるわけしゃないから別に平気だけどね。歩き出して、一番最初の信号で待っていると石切丸が声をかけてきた。
「そういえば、どこに向かってるんだい?私は主の護衛の時ぐらいしかこの時代に来たことがなくて…」
あれ、行く場所言わなかったっけ?…言ってないな。確かに石切丸がこの時代にくるのは片手で数えるくらいしかないかも、とぼんやり思い出す。いつも主は俺とか(俺は主の一番最初の刀、初期刀だからね!)、短刀達と行くことが多い。…って言っても、やっぱりこの時代にはあんまり来ないんだけどね。
「俺もあんまりないよ。行くのはね、ショッピングモール」
「しょっぴんぐ…もーる…?」
ショッピングモールが分かってないのか、石切丸は首を少し傾げる。多分漫画だったら石切丸の頭の周りにあのはてなマークが二、三個飛び回ってるんだろうなー、なんて想像をした。
「たくさんのお店がある場所…っていうか建物。一度だけ主に連れて行って貰ったんだけど、色んなお店があって楽しいんだよね。コスメ…化粧品とか、爪紅の種類が万屋よりあるお店もあって」
正直、俺があんまり現代の地理に詳しくないのもあってショッピングモールなんだけど。迷子になったら絶対転送ゲートまで戻ってこれる自信ない。俺一人ならまだしも、石切丸もいるし。
「へぇ。じゃあ、万屋街のお店が一つの建物の中にあるって感じでいいのかな?」
「そう、だいたいそんな感じ。あそこなら本丸のみんなに持って帰るお菓子も買えるし、俺の欲しい物も買えるし」
「楽しそうだねぇ。ここからどのくらいかかるんだい?」
「ここからそんなに遠くはないよ。全然歩いてける」
あっち、と指さして石切丸の背中を押しながら進む。石切丸、足遅いんだもん。早く行きたいならこうするか、引っ張ってくのが一番。
「ここが…しょっぴんぐもーる…」
「結構広いしデカいしで最初来た時ビックリするよね」
中に入るとたくさんのお店と人で溢れていた。主の言ってた平日休日関係なしに混んでるって言葉は間違いじゃないみたいだ。これは色々見て回りたくなるね、なんて言う石切丸を見れば、その顔はキラキラしていて、初めて人の身を得た時の短刀の顔に似ていた。…俺より背が高いくせして可愛いとかなに?ズルくない?そんな石切丸は俺が見ていたことに気づいたのか、こっちを向いて、手を握ってきた。
「…ん!?」
思わず変な声が出たけど、石切丸はあんまり気にしてない。
「清光、手を繋いでいこう。こんなに広くて人も多いと迷子になってしまうよ」
そう言い切ると同時に握られた手をさらに強く握られる。手とか滅多に繋がないから、大勢が見ていようがいまいが恥ずかしい気がする。でも、迷子になるよりはいいか、と自分を無理やり納得させて頷いた。
「時間的に…まずは買い物かな?」
ショッピングモールの大通りを進みながら、壁に取り付けられた時計を見る。時計は11時を指していた。確かにお昼にはちょっと早いかもしれない。
「…先にお昼ご飯食べよ」
「お昼が先なのかい?」
不思議そうに首を傾げる石切丸の言葉にうん、と頷き返した。
「この人混みだよ?どこのお店もお昼時にぜったい混むよ」
そう言うと石切丸は確かにそうだね、と返してきた。いくら平日とはいえ、混む時は混むんだってのは主から散々聞いた。それは俺も経験済み。だから、お昼はさっさと食べておきたかった。
「石切丸は何か食べたいのとかある?」
どうせなら石切丸の食べたいものを、と思って聞いてみると、石切丸は立ち止まって考え始める。
「そうだねぇ…。…あ、ねぇ、清光」
「何か思いついた?」
石切丸の顔は正直今まで見たことのないほどキラキラしている。そんなに食べたいものがあるの?
「私、一度食べてみたいものがあるのだけれど、それでもいいかな?」
「いいよ、俺から聞いてるんだし。…それで?何が食べたいの?」
「はんはーがー、というものをね、食べてみたくて…」
「はんばーがー……これが…」
注文したものを自分たちの席の所へ持っていく。席に着いた石切丸はずっとハンバーガーを眺めている。ほんとにずっと。下手すると五分は見つめてるかも。目をキラキラさせながらね。
どうやら石切丸はけっこう前に今剣から現代で食べたハンバーガーについて自慢されたんだって。その日から石切丸はハンバーガーという食べ物に興味が出たけど…現代なんか滅多に来れない。それで現代に来たら絶対食べてやるんだって思ってたんだ、と石切丸本人が待っている間に教えてくれた。
「…いただきます」
ハンバーガーを手に持った石切丸は小さく呟くと、そのまま恐る恐る一口食べる。
「…どう?」
俺が聞くと石切丸の顔が驚いたような表情から目がキラキラして来てもういかにも好きです美味しいです!ってのが伝わってくる表情に変わっていく。本丸でも見たことない顔だ。
「…清光」
「な、なに?」
最初のひと口を飲み込んだ石切丸が俺に声をかける。
「…これ、すごく美味しいよ…?」
こんなに美味しいものがあるんだね…。とハンバーガーを見つめながら言う石切丸を見て、今度主が現代に行く予定ができたら石切丸のお土産はハンバーガーにして貰おうと思いながら、俺は一緒に頼んだポテトに手を伸ばした。
「また食べに来たいなぁ」
「美味しかったもんね」
店から出て、俺の行きたい店に行くことになった。もちろん手を繋がれて。時間はもうすぐで1時になろうとしていた。そこでも石切丸はさっきのハンバーガーの話をしている。
「…でも」
「?」
なんだ、と思って顔を覗くと少ししょんぼりした顔で
「あと、2つくらいあってもよかったのだけれど」
と小さく呟いた。…石切丸が食べたハンバーガー、一応あの店で一番サイズがデカいやつなんだけど…。確かに石切丸はたくさん食べるけど、そこまで…?ポテトも一番デカいサイズ一人で全部食べといて…?
「…そう」
正直返事を返しただけでも褒めて欲しい。俺はあれでも結構お腹いっぱいなんだけども…。俺の返事の仕方に何か察したのか、石切丸が話題を変える。
「…えっと、それで、清光の行きたいお店はどこにあるのかな?」
「俺が行きたい店は上の階だから、とりあえず上に上がろっか」
近くにあったエスカレーターを指差して石切丸に乗ることを促す。ちなみに石切丸はエスカレーターに乗るのが苦手なのか必ず少し止まってる。
「…ねぇ清光」
「ん?」
上の階に来て、すぐ目の前。そこはいわゆるゲームセンターだった。エスカレーターを降りたのと同時に石切丸が俺に声をかけてきた。
「あれはなんだい?」
「あれ?…あ、クレーンゲーム?」
石切丸が指差したところにあったのはゲームセンターには必ず置いてあるクレーンゲームだ。ここはかなり大規模で、大小様々なサイズのクレーンゲームが並んでいる。主も俺も頑張って取ってたのを思い出す。…まぁ最終的に主は散財して終わったけど。
「くれぇんげぇむ?私の知ってるげぇむとはまた違うみたいだけれど」
石切丸の言うゲームは多分家庭用ゲーム機のことだろうな。うちの本丸には主が皆の交流が上手くいくように、とゲームが置かれている。それがきっかけで本丸の皆と打ち解けた、なんて言う男士は多い。主の考えが上手くいってる数少ない例の一つだ。
石切丸と俺がなんとなく眺めていると、主より少し若いくらいの男二人がクレーンゲームで遊び始めた。操作している方をもう片方が冷やかしている。それが原因かどうかはわかんないけど、景品が取れなかったのを冷やかした方の責任にしていた。その二人はクレーンゲームから離れて別のゲームのエリアへと歩いていった。
「…ふむ、ああやって遊ぶのか」
その一部始終を見ていた石切丸はあれの遊び方がわかったらしい。
「うん。俺も主とやったことあるけど、本当に難しいんだよね。…何か欲しいのでもあるの?」
「実は、あの黒猫さんが欲しくてね」
そう言って石切丸が指差したのは遠目でも分かるほどふわふわしてて、かなり大きめな黒猫のぬいぐるみ。首には色々な色のリボンが付いていた。
「あの結構おっきいやつ?」
俺が聞くと石切丸はコク、と頷いた。
「ふわふわして可愛らしいから連れて帰りたかったのだけれど…。いや、ちょっとだけ挑戦してみるよ」
「…マジ?」
石切丸の顔を見ればその顔はどこか本気なのが分かった。
「まじ、だよ」
せっかく来たのだから、ね?と黒猫の入ったクレーンゲームへ向かう石切丸。その後すぐに百円玉がない、と言われすぐに両替機に連れていった。
「なかなか、取れないんだね…」
「惜しいところまではいってたよ」
石切丸はもう十回以上挑戦して持ち上がっても落ちたり、ちょっとズレて終わったり…と中々取り出し口に持って行けなくて、流石に諦めたみたいだった。しょんぼりした石切丸を横目にさっきの台の前に立つ。
「…俺もやってみよっかな」
「え」
石切丸の言葉と俺の百円を入れるタイミングは同じだった。
位置の確認をしながらクレーンゲームのアームを動かす。多分いい感じ。そのままアームを降ろすボタンを押した。アームは真っ直ぐあのぬいぐるみへ伸びていく。
「…あ」
ぬいぐるみは持ち上がって、落ちることなく取り出し口に落とされた。
「取れた」
正直取れると思ってなくて、思わずぽかんとしていると石切丸が
「清光!!取れた!!」
と凄い勢いで言ってきた。
「凄いよ清光!!」
「うん、褒めてくれるのすっごい嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい…」
「あ、ごめん…」
このままだとずっと言ってる気がするし、気持ち声が段々大きくなってる気がして、とりあえずストップをかけた。そして、取り出し口に置きっぱなしのさっきのぬいぐるみを取り出した。
「思ったよりふわふわしてる」
ぬいぐるみを抱き上げてみると思ってたより大きい。そしてふわふわだ。石切丸もぬいぐるみを撫でながら
「ふわふわしてるねぇ」
と呟いた。そんな石切丸にぬいぐるみを差し出す。
「はい、石切丸」
「え」
驚いた顔の石切丸に少し無理やりだけど押し付けた。
「これ、石切丸欲しかったんでしょ。いいよ、俺やってみよっかなーって思ってやったんだし。部屋に置いてもちょっと狭くなるし…」
部屋は今のところ安定と同じ部屋だ。もう少し刀剣が増えて部屋割りを考える時に俺と石切丸を同じ部屋にするから、と主には言われている。だから、部屋はかなり狭くなる。
石切丸はぬいぐるみを抱きしめて、ありがとう、と微笑んだ。
その後、ゲームセンターのスタッフさんが景品を入れる袋をくれ、あの大きなぬいぐるみは袋の中に入っている。
ゲームセンターを出て、少し歩いたところ。俺の目的地に着いた。
「はい、俺の目的地はここ」
「他のお店に比べて広いんだね」
そう、ここは現代では有名なお店で、文具やら俺の買う予定のコスメやら、美容グッズやら、様々なものが置かれている。
「色んな商品扱ってるからね」
俺の目的のものは奥にあるから奥に進んでいく。俺に着いてくる石切丸はキョロキョロと辺りを見渡していた。
「おぉ…本当にたくさんあるんだね」
「でしょ?…石切丸はどうする?俺ここで色々見て買うからかなり時間かかるし、多分見ててつまんないと思うんだけど」
石切丸と見てもいいけど、コスメとかにあんまり詳しくない石切丸はこういうのは退屈かもしれない。
石切丸は少し考え込んでから、口を開いた。
「いや…さっきの猫さんのお礼、ではないのだけれど。爪紅を一色、君に贈らせてほしいんだ」
「石切丸が…俺に?」
石切丸が俺にプレゼント、なんて初めてでは無いけど、爪紅とか、メイク関係を贈られたことは一度もなかった。
「あぁ。…あ、嫌なら嫌って言ってもらって構わないよ!清光なりのこだわりがあるだろうから」
俺がずっと黙り込んで嫌がったのかと勘違いした石切丸は慌てながらそう言ってきた。せっかく石切丸が俺に爪紅を選んでくれるっていうチャンスを逃す訳にはいかなくて、食い気味に否定した。
「ううん、すっごい嬉しい!…いい色、選んでね」
「もちろん。君に合う色を選ばせてもらうよ」
「あ、石切丸」
少なくとも石切丸よりたくさん見てたくさん買ったはずなのに、会計をしたのは石切丸より先だった。石切丸の背が高いのもあって、遠くからでも石切丸が凄く悩んでいるのが見えていた。
「お待たせしたね。かなり迷ってしまって…」
君に爪紅の置いてある場所を聞けば良かったね、と笑いながら石切丸はこっちに歩いてきた。
「いいよ、そんなに待ってないし」
「そうかい?…清光。改めて、これを受け取ってくれるかな」
そう言って手渡されたのは小さな袋。きっと会計の時に贈るもの、とでも言ったのか丁寧にラッピングされている。ありがと、と返して受け取る。
「見てもいい?」
どんな色を選んだのか凄く気になる。似合う色…やっぱ戦装束に合わせて赤とか…黒かな?でも石切丸の前で赤以外の色も付けたことあるし…。
「いや…見てもらいたいんだけど…帰ってからにしてもらえるかな?今ここで見られたら少し照れてしまいそうで…」
そう石切丸は言うと少し顔を赤くして頭を搔いた。目線は明後日の方へ向いている。…そんな照れることある?てか照れる前に照れてんじゃん。そう思っていると石切丸が思い出したような顔をした。
「…あぁ、そうだ。次に逢引する時にそれを塗ってきてくれるかい?…いや、その色は、私と二人きりの時だけ、塗って欲しい」
「?…まぁいいよ。分かった、帰ってからのお楽しみにしておくし、これは石切丸と二人っきりの時だけ、ね?」
二人きりの時だけ…?本当に石切丸なんの色買ったんだ…?
「さて、清光。今度はどこに行く?」
「んーと…あ、そうだ、みんなにお土産!お土産のお菓子!」
「あぁ、すっかり忘れてたねえ。それじゃあ買いに行こうか」
「うん、ほら石切丸!急ぐ!たくさん買うんだから!」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ清光。私は、そんなに足が速くないんだけどっ!!なっ!!」
石切丸の腕を掴んですぐ近くの下りのエスカレーターに乗った。石切丸が乗る時転けそうになった?…知らなーい。
それから、みんなへのお土産を買って、色んなお店を見てまわって。帰る予定だった時間が来て、転送ゲートを通って本丸に帰ってきた。
帰ってきて早々短刀達が「お土産!あるの!?」と群がってきた。買ってきたお菓子を見せればみんな大喜びで廊下を走っていって歌仙に怒られていた。
今は石切丸とは別れて自分の部屋にいる。
ふと、石切丸から貰った爪紅を思い出した。あの後はみんなのお菓子を買うのに意識がいっててすっかり忘れていた。
爪紅の入った袋を鞄から取り出して、そのまま袋から爪紅の入った瓶を取り出す。
その色は、石切丸の戦装束の色によく似た、優しい若草色の爪紅だった。紅、じゃないけど。
「…あー。うん。これ、は…」
…良かった、安定が出陣中で。なるほど、確かにこれは、照れる。俺も、顔が赤くなる。今、現在進行形で、顔が熱い。これは、石切丸と二人きりになる時だけ使おう。
…次に顔を合わせるのは夕餉だな。どうしよう、どんな顔すればいいのか分からない。
「おお、石切丸、帰ったのか」
「ただいま。三日月さん」
「確か加州との逢引だったな。どうだった、現代は?楽しめたか?」
「もちろん、楽しんできたよ。噂のはんばーがーも食べてきたよ」
「今剣が言っていたやつか。それは良かった。…お、その大きい袋は?」
「ん?…あぁ、これは清光がくれぇんげぇむという物で取ってくれたんだよ」
「ほお、黒猫か。…確か、りぼん、だったか。その赤色も相まって加州のようだな」
「ふふ、そうだろう?だから、どうしてもこの子が欲しかったんだ」