Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    血圧/memo

    ラブコメハピエン
    解釈に拘りのある方は自衛お願いします

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 🌟 🎉 🍌
    POIPOI 29

    血圧/memo

    ☆quiet follow

    真珠採り1

    2023.7.19 任務完了。インカムの声に降谷は違和感を覚えた。あちらの部隊は赤井秀一が指揮を執る手筈となっている。なのに声は別の者であった。赤井秀一ならば、無事任務を達成した旨を無駄に気障な言い回しで告げそうなものだ。
     己が公安の部隊に後始末の指示を出す降谷は、気配に振り返る。アンドレ・キャメルが何とも言えない顔で走ってきた。あちらの、FBIのチームで赤井と共に動いていた筈。
     不測の事態。
     それもリーダーの赤井秀一に。
     出来ればFBIだけで始末をつけたかったがそうも言っていられず公安に、降谷に助けを求めて来た。
     そんなところだろうか。
     降谷はすぐに判断しキャメルのほうへ向かった。キャメルはあからさまにほっとした顔をした。並んで廃墟ビル内を走りながら説明を促す。
    「作戦は無事に遂行されたんですよね」
    「ええ。ただ、赤井さんが」
    「負傷ですか」
    「恐らく薬物かと」
    「赤井は動けないんですか」
    「いえ、逆です」
     廃墟ビルの屋上、逆と言った意味はすぐに分かった。
     赤井秀一は殺気を立ち昇らせていた。
     截拳道の構え。本気の殺意。FBIの者たちが呼び掛けても赤井は反応しなかった。誰かが動けば赤井は即座に攻撃へと移るだろう。無駄なく相手を制圧すべく、たった数秒で。
     あんなの誰も近付けやしない。
    「視覚がやられてるのか」
     降谷の問いにキャメルが「聴覚もだと思います」と答えた。
     何と厄介なことになっているのだろう。視覚と聴覚を奪われた赤井は敵と味方の区別がつかない。だから殺気を解けない。
     今回の作戦は廃墟ビルに立て籠もる組織の末端の一掃で、赤井秀一は先に囮として入り込んでいた。突入時刻が定められていなかったのも赤井から判断材料を奪った要因だろう。赤井は今現在周囲を囲んでいるであろう人間が敵か味方か、判断に窮している。
    「麻酔銃しかないんじゃないですか」
     まるで野生動物だ。
     今ばかりは降谷の悪態にも誰も何も反論しなかった。
     一旦引けば赤井はこちらに敵意がないと判断するだろう。けれどそこからどうする。赤井の自然治癒を待つしかない。もし毒性の高い薬物ならば放置は悪手だ。
    「赤井に嗅覚はあるんですか」
    「あると思います。他の捜査官の煙草の匂いに反応しました」
    「あー、でも判断材料にはなり得ませんか」
    「残念ながら。珍しくもない銘柄なので判別には役立たないかと」
    「触覚は」
    「どうでしょう。誰も近付けないので」
    「でしょうね。僕だって近付きたくないですよ」
    「えっ」
     えっじゃない。なんでだ。
    「こんな赤井秀一に近付いたら確実に殺されるでしょ」
    「降谷捜査官でも、ですか?」
    「そりゃ僕だって怖いですよ。赤井秀一」
     こんな緊急事態に周囲の者たちが降谷を振り返った。なんでだ。
    「いや普通に怖いでしょ。あの赤井秀一ですよ? 普段から愛想はないし容赦もないし口も目付きも態度も悪い。自分の懐に入れた人間には甘いところもあるみたいですけど、対象外には大概ですよ」
     そして降谷は対象外だ。
     赤井秀一は迫力があり過ぎるのだ。カリスマ、崇拝の対象、信念の象徴、揺るがない銀の弾丸。生まれ持った性質なのだろうし、それを赤井は利用しているのだろうが、それにしたって赤井は迫力過多だ。特に降谷の部下たちが怯えて可哀想ではないか。
     こんな緊急事態に周囲の者たちは気の抜けた顔をした。彼らからしたらおかしいのかもしれない。降谷は赤井秀一を散々憎み恨み、執念を以て追い回していた。そんな降谷が赤井を怖いと言うのだから。
     気が抜けた。それを狙った。
     降谷は、確かに赤井も肩の力が若干抜けたのを確認した。
     よし。降谷は頷く。
     今の赤井には視覚と聴覚がない。けれど構えが的確なことから気配は感じ取っている。その気配が緊張感を有していては余計に赤井を警戒させるに決まっている。現にほら。赤井は、周囲の人間から気が抜けたのを感じ取って反応を返した。
     短い時間で降谷は策略を巡らせた。
     仕方ない。これしかない。賭けるしか。
    「骨は拾ってくださいよ」
     降谷の言葉にアメリカ人の彼らは不思議そうな顔をしたので「応援してくださいって意味です」と付け足すと揃って頷いた。
     懐から伊達眼鏡を取り出し装着する。ポケットからは飴玉を一つ。口に放り込むと独特の味が広がり、お陰で己の闘志も呑気な方面に霧散してくれた。
     地を蹴る。
     周囲の者の気配に紛れ後ろへ回る。
     けれど赤井は即座に反応し、後ろから近付いた降谷を振り返ると降谷の踏み出しより早く赤井の左手が飛んできた。伊達眼鏡が吹っ飛んだ。あれがなければ降谷の目玉は潰されていたことだろう。
     降谷は構わずそのまま赤井の間合いへ飛び込む。赤井の膝が降谷の股間目掛けて振り上げられた。見越していた容赦のない攻撃は利き手でガードする。急所を確実に庇うには利き手を使うしかなかった。めきっ。嫌な音が立つ。
     これしかない。頼む分かれ。
     降谷は、左手を伸ばして赤井の頸を引き寄せた。これで駄目なら殺されるしかない。降谷は赤井の唇に嚙みついた。
    「……っ!」
     赤井の手刀が降谷の頸を撥ねたが、若干入っただけで寸止めに終わった。終わってくれた。寸止めでも降谷は喉への衝撃で噎せる。死ぬ。それでも赤井の唇から離れない。
     傍から見ればキスシーンにでも見えるのだろうか。
     果たして赤井の動きは止まった。
    「……赤井、分かるか」
     頼むから分かってくれ。
     死にそうな思いで降谷は赤井を見遣る。
     赤井は、焦点の合わない虹彩を揺らめかせた。視界が効かずともなお赤井の双眸は煌めきを失わない。魔を退けるシルバーも赤井が常に纏う猜疑心や警戒心を削げば、ほら。もっと純粋でいっそ無垢な真珠のようではないか。
     赤井の長い睫毛が一つ、瞬いた。
    「…………ふるやくん……?」
    「正解」
     降谷が赤井の肩を叩くと赤井の殺気は途端に消滅した。
     どっと安堵に脱力する。やっぱり麻酔銃使えば良かった。

     降谷が赤井と会話をすることは殆どない。因縁の解消は赤井への嫌悪から自己への嫌悪を経て、それは少しずつ凪いだものに変質していった。穏やかというよりは無。赤井との距離は遠かった。特に赤井は降谷を不得手にしているようだったので。赤井の対象外という訳だ。
     それについて降谷がどうこう言うつもりはないしそんな資格もない。それでも共に一つの作戦を遂行していれば接触は生まれる。
     ある日の休憩中、降谷と業務上の会話を交わした赤井がふと、呟いた。
    「何か食べているのか」
    「ああ」
     降谷は頷き、ポケットから飴玉を取り出した。
    「黒あめです」
    「くろあめ」
    「黒糖のキャンディですね」
    「奇妙な匂いがする」
    「日本人でも結構好き嫌いが分かれるんですよ」
    「好む日本人がいるのか」
    「僕は好きですよ」
     それだけの会話だった。
     それだけの、それが最初でそれきりだった。降谷が赤井と、何の意味もない雑談を交わしたのは。
     赤井の様子から黒あめの匂いは快くはなかったらしい。任務が絡まなければ赤井は案外と好き嫌いがはっきりしているし隠そうともしない。
     一年ほど前の出来事だった。
     取るに足らない些細な出来事。
     赤井は優秀な頭脳の持ち主だが興味の範疇でなければ記憶しようともしない性質だ。一年も前のたったそれだけのことを赤井が覚えているかどうかは、完全に賭けだった。
     視覚も聴覚も奪われていた赤井は、しかし嗅覚は失ってはいなかった。ならばと黒あめの匂いに繋がる味を叩き込み降谷だということを知らせようとした。
     降谷は賭けに勝った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    recommended works