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    血圧/memo

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    血圧/memo

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    真珠採り4

    2023.7.25 あの赤井秀一だ。一夜限りの女が途切れず酒を食事代わりと言いそうなイメージの赤井秀一だ。ごく普通の健全な日々を営んでいるとは誰も思うまい。
     車は降谷がよく利用するスーパーに立ち寄った。何も言ってないのにこのスーパーを選ぶ辺り、風見辺りから聴取済みだったのかもしれない。こんなメンドクサイのラスボスみたいな赤井秀一が出てくるのなら礼でも詫びでももっと受け取っておくんだった。
    「リクエストは」
    「赤井にお任せします。好き嫌いないんで」
    「ほう」
    「出来れば箸を使わないメニューにして貰えると助かります」
    「了解した。米はあるか」
    「冷凍したのがたくさんある」
    「使っていいか」
    「ええ。調味料の類も一通りあります。結構変わったのもあるから割と対応できると思う」
    「そうか。では食材だけ調達しよう」
     感心したように赤井は頷き、財布片手に店内へ。降谷は赤井の後ろ姿を車内から見送った。スーパーの入り口では買い物中の女性たちがポカンと口を開けて赤井を見ていた。そりゃそうだ。あんなハリウッドスターみたいなオーラダダ漏れの男が庶民的スーパーに来店したらそうなる。
     降谷が端末から「覚えてろよ風見」とメッセージを送ったりしている内、赤井は早々に戻って来た。手にはシンプルな黒のエコバッグ。赤井秀一とエコバッグのインパクトよ。
    「待たせたな」
    「いえ、めちゃくちゃ早いですよ。慣れてるんですね」
    「ほぼ日課だからな」
    「それって赤井のエコバッグですか」
    「そうだが」
    「健全性が意外すぎません?」
     赤井は眉間に皺を寄せながらペットボトルを寄越してきた。
    「水分補給したほうがいい」
    「あー、ありがとうございます」
     降谷は有難く受け取った。降谷がよく飲んでいる銘柄なのは偶然じゃない気がする。こいつは一体何の情報収集をしたんだろう。
     やがて到着した降谷の自宅はメゾネットタイプの住宅だ。幸い駐車スペースは余分にある。
    「隣家の駐車スペースじゃないのか」
    「隣住んでないんですよ。管理会社からも好きに使っていいって言って貰ってるんです」
    「それは贅沢だな」
    「ええ。上司に斡旋して貰った家なんですけど、夜のエンジン音とか気にしなくていいんで便利ですよ」
     赤井は周囲を見渡している。程よく離れた周囲の住宅、隣は不在。霞が関から多少距離はあるが、深夜や早朝に出入りすることも多々あるため、騒音に気遣わなくていいのが気に入っていた。
    「防犯面は些か物足りない気がするが」
    「引っ越すときにセキュリティのあるマンションが空いてなかったんです。まあ、今更僕から引き出す情報もないでしょうしね。恨みつらみの襲撃なら有り得るけど」
     鍵を開けて赤井を招く。
     何故か赤井は極悪非道の面だった。
    「えええ……何で怒ってんの」
    「怒ってない」
    「元から?」
    「ああ。お邪魔します」
    「赤井秀一でもお邪魔しますとか言うんですね」
    「君は俺を何だと思ってるんだ」
     適当に間取りの説明をした。一階はLDK、バス洗面台など。二階は寝室と物置にしている部屋だけだ。
    「好きに使ってください。僕は着替えてきます」
     手を洗いながら降谷が言うのに赤井が頷く。
     二階へ上がり、今日は羽織るだけだった上着をハンガーにかけると降谷は溜め息をついた。着替えもせずにと思いつつベッドに腰を下ろしてしまう。やはり馴染んだ自宅は気が抜ける。
     流石に疲れた。
     あと、気疲れ。
     ラスボスを引き当ててしまった面倒さを感じつつも、階下から聞こえる自分以外の生活音が心地良いのも本当だった。

     柔らかな声に呼ばれる。
    「降谷くん」
     声は柔らかい。何処かおっとりしたような、気取った優等生のような。
    「降谷くん」
     目を開くと赤井秀一がいた。
     なんでだろ。
    「降谷くん。寝るなら着替えたほうがいい」
    「…………あー……寝てた……?」
    「熱が出てるんじゃないのか。着替えてから寝ろ」
    「いや……骨折してもあんまり熱出ない……」
     それよりも。
     降谷はふんふんと鼻を蠢かす。
    「いいにおいする……」
     降谷の呟きに赤井が瞬いた。
    「あ。真珠になった」
    「真珠?」
    「赤井の目」
    「は?」
    「……あー、うん。あー、すみません。寝てました」
     起き上がり、降谷は呻く。赤井が居るのに寝落ちてしまった。めちゃくちゃ気持ち良く寝てた。時計を見ると一時間半程度経過しており頭はスッキリしていた。それよりも美味そうな良い匂いがする。
     くう。降谷の腹が鳴った。
     また赤井が瞬いた。
     そんな顔も出来るんじゃないか。あの凶悪面は何処へいった、と不思議なくらい邪気の無い顔だった。黒あめによって赤井が降谷を認識した、あの時みたいな純粋と無垢だ。
    「着替えてから行きます」
     降谷が立ち上がると赤井は「手伝うことはあるか」と問う。
    「いえ、大丈夫」
     首を振って降谷はシャツの釦を外した。するすると全て外して器用にワイシャツから腕を抜く。ワイシャツは腕の部分から脇までが全て釦で開く特殊な造りのもので、ギプスでも着脱可能だ。今日ばかりはノータイだったがもう少し腕が上がるようになればネクタイも結べるだろう。
     まだ立ち去らない赤井は何故か降谷の動作を眺めていた。
    「器用なものだな」
    「今のご時世便利グッズもありますしね」
    「常に用意してあるのか」
    「独り身ですしね。準備はしてありますよ」
     ベルトを外しスラックスを脚から抜いても、赤井は何故か降谷を眺めていた。もうメンドクサイから降谷は何も言わなかった。めっちゃ良い匂いする。腹減った。
    「降谷くんは」
    「はい」
    「独り身なのか」
    「はあ。見ての通り」
    「ふむ」
     何故か赤井は頷いていた。もう降谷は気にしない。部屋着も介護用の便利な代物だ。頭から被って顔を上げれば、何故かまたも降谷の目前に赤井が覗いていた。びびった。
    「うお」
    「ここを留めればいいのか」
     赤井は手を伸ばしてシャツの脇の釦を留めていく。赤井からはスパイシーな良い匂いがした。腹減った。降谷は礼を言ってされるがまま委ねることにした。
     これは。なんだろうな。
     降谷が思うよりずっと。
     果たして階下で待っていたのはガパオライスだった。
    「えっすごい」
    「君の口に合うか分からんが」
    「すごいすごい、めちゃくちゃ美味そう!」
     いただきます! 降谷は手を合わせる代わりに片手で拝むポーズをした。
     ちゃんと片手とスプーンだけで完結するメニューだ。パプリカと目玉焼きの彩りが目でも楽しめるガパオライスにスプーンを入れ、掬う。半熟卵とひき肉が最高の組み合わせだ。バジルの風味とナンプラーの甘辛さが口の中で絶妙に混じる。
    「んんんん……っ」
     美味い。めちゃくちゃ美味い。
     降谷がもぐもぐ咀嚼し飲み込むまでをも赤井はじっと見ていた。猛禽類みたいな視線だ。
    「んーっ……うっまー……!」
    「……口に合うか」
    「すごい、マジでめちゃくちゃ美味い」
    「そうか」
     赤井は、ほっとしたような顔をした。
     びっくりした。赤井の安堵が、降谷にあるとは思わなかった。
    「ほんっとに美味い。赤井、すごすぎない?」
     副菜もスプーンで掬って食べられるものばかりだった。トマトと豆のサラダはほんのりエスニック。アボカドと合わせているのはモッツアレラチーズ、わさび醤油のドレッシングが美味しい。海老と茄子の和え物もレモンが効いて、さっぱりした口当たりが好みだ。
     ホントにすごい。めちゃくちゃ美味しい。
    「んー、ぜんぶ美味しい……」
    「なら良かった」
    「で、赤井のは?」
    「、 」
     食卓には降谷の分しか用意されていなかった。赤井は椅子に座りもせず降谷をじっと窺っている。
    「赤井の分もあるんだろ?」
    「俺は」
    「一人で食うの嫌なんだけど。こういう時は一緒に食うもんだろ」
    「……」
     どうも赤井は降谷を観察? 監視? 目を離さず見張っていなければ気が済まないらしいのだが、食事くらい一緒に摂りたい。買い物が早かったのも降谷から目を離したくないからだ、きっと。
     降谷が睨むと赤井は観念したようだった。キッチンカウンターで何やら作業をし、降谷の分よりもやや小盛りの献立を持ってやってきた。
    「え。それで足りるの?」
    「十分すぎるだろう」
    「赤井って少食だなあ」
    「普通だと思うんだが……」
     無心で食べ進める降谷の向かいで赤井もちまちまとスプーンを口に運ぶ。赤井が食事を摂る姿をまともに見るのは初めてだった。綺麗な所作だ。ちゃんと美味そうに食べる。けれど口が小さいのか、ちまちまといった表現が合う。
    「赤井秀一も普通にごはん食べるんですね」
    「君は一体俺を何だと思ってるんだ?」
    「誰かと食卓囲むのなんて久々だ」
    「連れ込まないのか」
    「連れ込みませんよ。この家に人を上げたのだって初めてなんだから」
    「貴重な初訪問を俺が貰って良かったのか」
    「押しかけヘルパーが何人も来るよりいい。それに、こんな美味い飯食えるなら歓迎です」
     ラスボスを引き当ててめんどくせえなあと思っていたけれど、ここまで美味い食事ならば話は別だ。降谷の第一優先は基本的に食である。
    「君が気に入ったのなら良かった」
    「うん。このひき肉、鶏なんだ」
    「豚のほうが良かったか」
    「半熟卵と食べるなら鶏のほうが好きかも。美味しい」
    「そうか」
    「赤井ってこの美味い料理、一人で作って一人で食ってるの?」
    「特に振る舞う相手も居ないからな」
    「ふうん。赤井の貴重な初めて、俺で良かったの?」
    「、 」
     ぱちん。赤井が瞬いた。
    「なしたの」
    「いや」
     赤井は首を振る。それから「おかわりもあるが」と呟いた。
    「えっおかわりあるの?」
    「副菜だが」
    「食べる食べる!」
     スープの具はみじん切りのセロリとベーコンだけなのも赤井の気遣いを感じた。これならスプーンで掬わずとも、片手でカップを持って飲むだけでいい。
    「あー美味いー……」
    「君は随分と健啖家なんだな」
    「そ? 赤井が食わな過ぎなんだよ」
     きっと作り置きのつもりだったのだろう、副菜のおかわりを降谷はモリモリと頬張った。食後にはアイスミルクティまで振る舞われ、ちょっと甘めなのがスパイシーな料理を緩和した。
     至れり尽くせりだ。有難く後片付けも全て赤井に任せた。
     降谷はリビングのソファで新聞を読もうと思って、しかしウトウトしてしまう。この生活音がいけない。誰かが家にいる音がこんなに心地良いとは。
    「降谷くん」
     そして赤井秀一の気配も、不思議と心地良いのだ。
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