2023.12.2 全く結び付かなかった。
だって赤井秀一だぞ。
けれど今なら、すとんと腑に落ちた。
降谷の何かが赤井を不安にさせた。もしくは懸念、憂慮、恐怖かもしれない。安堵の真逆にある感情だ。それを解決するために、赤井は降谷に執着している。
何って降谷の満身創痍であろう。理由はどうであれ降谷のこの負傷は赤井によってもたらされたものだ。過去にバーボンがライに撃たれた時と明確に違うのはバーボンとライにまだ面識がなかったことと、赤井自身の殺意の有無。狙撃は「誰かからの指令」であって「赤井自身が下した殺意」ではなかったから。
赤井は赤井の意思で降谷を殺そうとした。
その殺意が赤井に影を落としている。
「……はー……」
降谷は息を殺しながら静かに吐いた。
赤井秀一は目的のためなら人の生死も利用することが出来るし本心はどうであれ平気な顔も出来る。
けれど、赤井はそれが出来なかった。
「えええ……ナニコレどうしたらいいの?」
ゴールは一体何処なんだろう。
赤井自身で解決出来るなら降谷に接触する訳がない。エージェントとして弱味とか失敗に繋がるような要素なのだから、寧ろ解決するまで徹底的に降谷を避けるだろう。
それでも赤井が降谷に接触したのは、赤井の中では解決には降谷との接触が不可欠でそれしか方法がなかったからだ。
「……わかんねぇ……」
降谷にはゴールが見えてこない。
降谷が完治し五体満足を取り戻したら赤井は安心するのだろうか? 特に危機もなく順調に回復に向かっている降谷を朝から晩まで見張っても、それでも安心できないのに?
赤井にもゴールは見えてない?
「んー……」
それならどうしてやったらいいだろう。
困った。
それから胸が痛んだ。
降谷は赤井に好意を抱き始めている。
だって、支配者のように振る舞う赤井秀一しか知らなかった。だけど本当の赤井は丁寧な気遣いが出来て意外と普通に真面目で、悲観的なところも柔いところもある、可愛いひとだった。
そんなの好きになっちゃうだろ。
あの鋼鉄のハンサムがマシュマロみたいにふにゃんと笑うんだぞ。
ソワソワキュンキュンしちゃうだろ。
二度寝に入った赤井の寝顔に降谷の気持ちは揺れる。赤井のあんな顔を初めて見て嬉しいのに、理由が理由だけに素直に喜べないなんて。
「はー…………」
降谷もころんとベッドに転がる。
赤井は朝の光の中で気持ち良さそうな寝息を立てていた。
元々赤井は、お高く止まって可愛げのない降谷のようなタイプは好かない様子であったし、因縁が解消された際にこれ以上赤井に迷惑はかけられないと降谷も適切な距離を心掛けていた。
これからも戒めは続行だ。降谷は肝に銘じた。
今の赤井秀一は正常ではないのだから、付け入るような真似はしたくない。
ピピピピピピ。
「あ」
スヌーズ機能を切り損ねたアラームが鳴ってしまった。すぐに止めたが、赤井は小さく愚図って身動ぎする。朝弱いんだな。愚図るの可愛いな。
三度寝しそうな赤井は、しかしすごい勢いで身を起こした。
「うわびびった」
「っ、…………、」
「……おはよ。あかい」
「…………」
「まだ寝てる?」
「…………」
赤井は、呆然とした様子でぎこちなく降谷のほうを見た。
黒髪が跳ねているのは癖っ毛だけでなく寝癖だろう。子供みたいに無防備な顔だった。こうして見るとやっぱり結構童顔だ。双眸がだんだんと光を取り戻し、赤井が覚醒したと知らせている。
真珠が瞬いた。
「…………ふるやくん……?」
「うん。おはよ」
「…………、……びっくりした……」
「へ」
「寝てた、のか、おれは」
「ぐっすりだったね」
「…………」
「?」
「……おれが……」
「あかい?」
赤井は何故か頭を抱えた。
「その、ふるやくんをみてたら、すぐに眠くなって」
もにゃもにゃと赤井は呟いた。
決定事項か皮肉な遠回りしか口にしない赤井の曖昧な言葉は珍しい。
「こんなに寝るつもりじゃなかったのに」
「ゆっくり寝れた?」
「うん、ふるやくんのおやすみを聞いたら眠くなって」
「そっか」
うんって可愛いな!
もにゃもにゃと言っていた赤井は、また頭を抱えた。
「赤井?」
「…………わすれてくれ」
「へ?」
「なにを言ってるんだろうな、おれは、」
「どしたの」
「ちょっと、まってくれ、いまおきるから」
「……まだ寝てる?」
「おきる、おきてる、」
「ふ」
どうやら赤井は完全に覚醒し切っていないらしい。半分寝惚けて自覚のないまま言葉を垂れ流してしまっているようだ。
えーもー。
可愛いなあ、もー。
降谷は笑ってしまった。
項垂れる赤井の癖っ毛が寝癖でもさもさで、少しだけ覗く耳が真っ赤になっていた。恥ずかしがってるの可愛いな。こんな赤井に出会えると思わなかった。付け入る真似はしたくないのにやっぱり嬉しい。
「赤井って寝起き悪い?」
「…………得意ではない」
「そっか」
知らなかった。いつも起きてる赤井しか見たことがなかったから。
「たまにはゆっくり寝てていいよ?」
「いや、すまん、十分だ」
そう言って顔を上げた赤井の顔は、泣きそうなのと恥ずかしそうな感情が混じったみたいな色で、眉は垂れ下がり唇をきゅっと引き結び、いつも青白い頬がほんのりピンク色に染まっていて、降谷は叫びたいのを必死に堪えた。
かっわいいなあ……!
「…………すまん。見苦しいものを見せた」
「ふふ。赤井秀一の貴重な姿だな」
「忘れてくれ」
「えーもったいない」
「意味がわからん」
「あはは」
「職務ならばどうにでもなるんだが……どうにもプライベートは気が抜けて……」
「……」
気が抜けて?
プライベート?
破壊だなんて嘯いた赤井は、リラックスしても問題ないと判断してくれたのだろうか? 赤井が作った家で、降谷がすぐ側に居ても?
ああ。
ごめんね赤井。やっぱり嬉しいよ。
嬉しくて胸が痛い。
「あ。…………おはよう降谷くん」
「おはよ赤井」
降谷は笑った。案外と普通に挨拶を欠かさない赤井も好きだなあ。